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偽りの音  作者: 葡萄鼠
5/10

05:

 私は相変わらず時間がある時には因幡先生の元に顔を出し、ちょくちょくコンサートの裏方も手伝わせてもらっていたある日。コンサートの裏方……といっても、主に雑務を手伝っていると因幡先生に呼ばれて先生の控え室に出向いた。扉をノックすると、向こう側から先生の「どうぞ」という声が聞こえ、扉を開けて中に入る。するとそこには、京田さんと因幡先生がなにやら見知らぬ女性の三人で話をしていた。

「失礼します」

「紗佳さん、来てくれてありがとう」

 中に入ると、因幡先生が出迎えに入り口まで近寄ってきてくれた。

「ちょうどいいから紹介しておくよ、彼女は」

 そう先生が京田さんと女性に紹介してくれようとした時、京田さんがぽそっと呟いた。

「あれ、君は……」

 そう言った京田さんの視線は真っ直ぐ私に向けられていた。

「お、お久しぶりです」

 なんと返事をしようか、あの日のできごとはもしかしから同姓同名の別人だった可能性も全くないわけではない。でも、京田さんの様子から十中八九間違いなくあの時の「京田渉」は彼なのだと予想がつき。とりあえず「お久しぶりです」と口にしていた。

「ああ、やっぱり」

 私の挨拶から、京田さんも確信をもったのか、微かだが笑みを浮かべてくれた。

「あれ、渉君と紗佳さん知り合いだったの?」

 私と京田さんのやりとりに、先生と女性がびっくり眼でこちらの様子を窺う。そして先生が当たり前の疑問を口にした。それに京田さんが答える。

「以前、コンサートで偶々席が隣だったんです」

「その時に私が席に忘れ物をしてしまって……。京田さんが態々追いかけて渡して下さって」

「へえー、さすが渉君。紳士だね」

「ちょ、よして下さいよ。先輩にそんなこと言われると、体が痒くなる……」

「し、失礼な! 拒否反応なんて酷いよ、渉君!!」

 気安いやりとりにどうしたらいいのかおろおろしていたが、ふと京田さんと目が合い思い切ってお辞儀をしお礼を言った。

「本当に、あの時はありがとうございました」

「いや。大したことはしてないから」

 私のお礼に対して京田さんがそう言葉を返すと、因幡先生が楽しそうに瞳を輝かせながら京田さんに向ってこんなことを言った。

「ああ~あ、こんなに可愛い年下の女の子に何度もにお礼を言わせるなんて紳士じゃないんだ~~」

「ちょっと、先輩!?」

 さっきとはまるで逆の発言に、焦った京田さんは逃げ出した因幡先生を追いかけまわす。

「全く。ごめんなさいね? びっくりしたでしょう?」

 そんな二人の様子に呆気にとられていると、小鳥遊さんが声をかけてくれた。

「初めまして、小鳥遊花織(たかなしかおり)です。因幡さんと会うたびに彼から貴女のお話し聞いていて。想像していた通り可愛くてびっくりしちゃった」

「そ、そんな。小鳥遊さんこそとても綺麗で、素敵な大人の女性って感じです」

「あら、ありがとう」

 男性陣二人が追いかけっこをしている横で、私は小鳥遊さんと女子トークを楽しんでいた。胸に芽生えた小さなシコリには目をつむって。


 数分ほどたった頃だろうか、さすがに追いかけっこをやめた二人。息を乱しながらこちらに歩み寄ってきた京田さんが、思いもよらぬことを聞いてきた。

「それに、因幡先輩がいうにはピアノの腕前も中々のものなんだって?」

「え、そ、そんなことないです。ただの下手の横好きで……」

 憧れの京田さんにそんなことを言われて舞い上がりつつも、京田さんや因幡先生に比べたらまだまだひよっこの自分の演奏なんてとてもじゃないが聞かせることなんてできない。そう思いながら断るも、小鳥遊さんも話に乗って来た。

「あら、私も聞きたいわ。機会があったら是非とも貴女のピアノ、聞かせてくれないかしら」

「そんな……。私の演奏なんて、お耳汚しもいいところで」

 と、丁重に断りを入れている横で突然先生がさらに飛んでもないことを言い出した。

「そうだ! それならいっそのこと、次のコンサートの時に紗佳さんも一緒にでない?」

「へっ!?」

 あまりに突拍子のない発言に、奇声をあげてしまったが。周りの大人三人はそんなことなど聞こえていないのか、大いに盛り上がっていた。

「それはいい考えですね」

「確かに。先輩も偶にもいいこといいますね」

「ちょ、偶にって。それは酷いよ、渉君」

 私そっちのけで盛り上がる大人三人に呆気にとられるも、そのとんでもない言葉を思い出し慌ててその輪の中に入る。

「い、いやいや。ちょっと待って下さい。私、コンサートになんて……!」

 慌てて断りをいれる私に、因幡先生が振り返ってコテンと小首を傾げて見つめてくる。

「ええー、どうしても駄目?」

(――くっ。その顔と仕草は反則です、先生っ!)

 何がどうして、いい年した男性がこんな可愛らしい仕草が似合うのだろうか。身長なんて十五cmも私より高い、立派な成人男性なのに私より可愛いんじゃないだろうか。

 あれよあれよと話しは進み、結局三人に押し切られる形でコンサートにでることになってしまった。

(――はあ、コンサートなんて初めてだし。そもそも大会や発表会自体でたこともないのに……)

 自分の不甲斐なさに落ちこんでいると、先生があったかい紅茶をさし出してくれた。それを椅子に座りながら飲んでいると、京田さんと小鳥遊さんが仲良く何か打ち合わせをしている様子が目に入った。その光景はどう見ても恋人同士のもので、その雰囲気にとてもじゃないが私が入れる隙なんてないと思った。想像が真実だと疑っていなかったが、思い切って先生に訊いてみた。

「あの……因幡先生。もしかして京田さんと小鳥遊さんは、」

「うん。あの二人は学生の頃付き合い始めたんだ。お似合いでしょう? 絵になるよね」

「そう、ですね……」

 やはり、思っていた通りの回答が返ってきた。

(こんなにもお似合いなんだもの。付き合ってない、って言われたほうが嘘っぽい)

 自分でもわかっていたことだったけれど、初めて恋と自覚した想いを相手に伝えることもできないままに諦めなければならない悲しみはどうしたって私の心を揺さぶる。

(初恋は叶わないって、そんなジンクスがあるのも知っていたけれど。何もできないまま失恋なんて……)

 かと言って、あの二人の仲に割り入ってまで想いを伝える勇気は今の私にはまだない。

 短い間に幾度も「失恋」を味わい、それでもあきらめきれない想いに私は戸惑い悲しみ勇気をもらった。私にも、ここまで誰かを想うことができるんだと。誰の言葉も行動も関係なくあり続ける、私だけの想い。実る可能性がゼロでもいい。この想いが思い出に変わるまで、胸を張って好きでいよう。伝えることもできない想いだけど、想うだけならば……。

「どうしたの、紗佳さん?」

「え、あ、なんでもないです。ごめんなさい」

 どれほどトリップしていたのだろう。先生に声をかけられて初めて自分が物思いに耽っていたのに気がつき、慌てて返事する。

「ううん、大丈夫だよ。じゃあ、コンサート用の服とかは一緒に見に行こうね」

「わかりまし……え?」

「ん? だから、コンサート用のドレスとかアクセサリーとか必要でしょう? 折角だから一緒に行こうね、って」

 ニコニコと、笑みを浮かべて言った先生の小さめの爆弾に、我が耳を疑った。

「わざわざ先生に付き合ってもらうほどのものでもありませんので……」

「いや~~女性の服を選べるなんて楽しみだな。紗佳さん若いし、何でも似合いそうだよね」

「――先生、聞いてます?」

「パステル系もいいけど、少し落ち着いた色合いもいいよね。ドレスの形も色々あるし、髪飾りも選ぶの楽しそうだね」

 私そっちのけで一人の世界にはいり、楽しそうに顔を緩ませ暴走する先生に呆気にとられながらもこれは手におえないとあきらめて先生と一緒に服などを見に行くことにした。



 そしてコンサートまでの期間は、冬の太陽が沈むよりも早く訪れた。

「次が出番だね、紗佳さん。大丈夫、いつも通りに弾けば大丈夫だよ」

「そ、そそ、そんなことを言われても。わ、私。とてもいつも通りなんて弾けそうにないです―――」

 緊張で震える体。その震えに合わせて髪を飾っているコサージュについている銀鎖がシャララ……と細かな音を立てている。

「大丈夫。ちゃんとお守りも持ったでしょう?」

「そ、それはちゃんと持ってますけど……っ!」

 先生に言われ、ぎゅっと胸元に光るネックレスに着いた石を握りしめた。私の誕生石でもあり、「成功」「不屈」の意味を持つ、「トルコ石」。先生に贈られた時、宝石なんて見る機会もなければ素人も思わなかった私にはとても輝いて見えた。

「大丈夫。いつも通りの笑顔で、楽しい事を思い浮かべて弾けば大丈夫。ステージは私の教室で、観客は子どもたち」

 先生のその言葉に、私はいつも楽しい笑顔で溢れる先生の教室を思い浮かべた。すると無意識に微笑みを浮かべ、肩から力が抜けて震えも止まっていた。

「ね? 大丈夫でしょう?」

「――はい」

 先生の笑顔に見送られつつ、震えは治まったものの未だ残る緊張のまま、先生がプレゼントしてくれたドレスに身を包んでステージへ向かう。



        ❀



side:因幡


 彼女が奏でるのは、ショパンの幻想即興曲。

「すごいな……」

「言った通りでしょう?」

 舞台袖で彼女の演奏を聞いていると、隣で聞いていた渉君が思わず零れたのか感嘆の言葉を漏らしていた。それに何だか自分が褒められているような嬉しさと誇らしさがこみ上げ、彼の独り言だろう言葉にそう言葉を返していた。

「因幡先輩の言葉を疑っていたわけじゃないですけれど、ここまでとは思いませんでした」

「紗佳さんは腕前だけじゃなくて音楽センスも中々のものだし、本当に将来有望なピアニストの卵だよ」

「ええ、本当に。まだまだ伸びしろを感じさせられますし、これからももっと彼女らしさをもった音を美しく響かせるでしょうね」


 そして彼女の演奏は一つのミスもなく、大成功のうちに終わった。



side:紗佳


 演奏を終えて舞台袖に引っ込むと、因幡先生が満面の笑みを浮かべて出迎えくれた。

「お疲れ様、紗佳さん。とっても良かったよ」

「本当ですか? 緊張して全然覚えていなくて……」

 褒めてくれる言葉がとても嬉しいけれど、まだまだ緊張は解けず

「ミスもなく、何より音色がとても綺麗だった。素晴らしい演奏がきけて、とても嬉しいよ」

「あ、ありがとうございます」

 憧れの、恋しい相手から自分の能力を誉められて嬉しいのに。胸はきつく締め上げられるかのように、痛くて苦しい……。


 コンサートも終わり、身支度を整え他の片付けを手伝っていた。その時京田さんに因幡先輩から楽譜をもらってきてほしいと頼まれ、因幡先生のところに行って楽譜をもらい京田さんのいる控え室に向かった。

 コンコンっと、軽くノックをしてから扉を開けて中に入る。

「頼まれていた楽譜、持ってきました」

「ありがとう、花織」

 京田さんのその返事に驚いたが、お礼を言いながら振り向いた京田さんも驚いたように目を見開いた。

「あ、ああ。君か」

 彼にしては珍しく、動揺を隠せていなかった。

「すまない。どうも花織の声と君の声は似ているようで、ついつい聞き間違えてしまう」

「そんなに小鳥遊さんと似ていますか?」

 いくら似ているとはいえ、私は京田さんには敬語で話しかけている。先ほどもそうだし、絶対に小鳥遊さんはあんな風に京田さんには話しかけないのに。それでも、その違和感さえも気にならなくしてしまうほど私の声は小鳥遊さんに似ているのだろうか?

「そう、だね。良く聞けばもちろん違うんだが、響きとか色とか不思議と『同じ』に聞こえるんだ」

 その言葉は私の胸に、もどかしい想いを植えつけた。



閲覧ありがとうございます。


誤字・脱字・アドバイス・感想など、何かしら頂ける場合にはぜひとも感想フォームにてお願いいたします。

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文法上誤用となる3点リーダ、会話分1マス空けについては私独自の見解と作風で使用しております。

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