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偽りの音  作者: 葡萄鼠
3/10

03:

 回想から戻れば、私はあなたの腕の中。窓から差し込む日差しは赤く染まり、真っ白なこの部屋を赤く染め上げている。深く眠るあなたの寝顔はとても綺麗で、愛おしさがこみ上げる。

「――ねえ、どうして私だったの」

 よく眠っているあなたには届かないから、思わずいつもなら心で呟いて終わりの想いを声に出していた。

「嬉しかった。あれが運命であればいいと、私は願っていたのに。そのカタチはあまりにもひどかった……」

 柔らかな髪をそっとなでると、僅かにあなたが身じろいだ。その表情は不快に眉間にシワを寄せているのではなく、猫が撫でられ気持ちよさそうにノドを鳴らす時のように穏やかだ。そんなあなたの可愛らしい様子に思わず笑みがこぼれてしまうけれど、心の中は深い靄が覆っている。

「あなたのこと、好きよ。愛してる。それは変わらぬ真実(ほんとう)の想い。でも……」

 こみ上げる涙を押さえつけ、表にでないように我慢するのにも、もう慣れてしまった。慣れてしまわなければ、とても耐えられないから。

「想えば遠ざかる人が傍にいることは幸せなの? どうしてこんなにもあなたを恋い慕う私を見つけたの?」


 ただ一方的に想うだけなら、憧れで終われたのに……。


 けっして返らぬ答えを求めてはいても、答えがないことに深く安堵する。

 そして再び温もりに誘われて戻ってきた睡魔に身を任せ、マットも敷いていないフローリングの床の上で眠りについた。

 みたくもない、思い出したくもない夢をみると、どこかで理解しながら。


        ❀


 その日は週に一度の、ピアノ&弦楽器教室を営んでいる知り合いの教室で手伝いをする日だった。知り合いの教室の先生である因幡颯音いなばはやとは昔、有名な世界音楽コンクールピアノ部門で優勝した実績も持っている。さらには弦楽器も一通り扱えることができ、その腕前も中々のものという多才な人なのだ。が、ピアノ部門で優勝した後五年間はコンクールやコンサートなど様々な活動をしていたが、その後はぱったりと活動をやめてしまった。そして活動をしなくなってからは昔からの夢だった自分のピアノ教室開き、希望があれば弦楽器の指導もしている。教室は幼稚園から小学生の子どもたちを中心に教えている。教室は自宅ではなく、ビルのテナントの一つを借りて教えている。先生は一人で、子どもたちの発表会やミニコンサートを開くときなどは知人の手を借りている。私は子どもが好きということと、学生で比較的時間に融通がきくということで進んで手伝いを買って出ているのだ。

「いつもありがとう。助かるよ」

「好きでしていることですから。私のほうこそ、色々経験を積ませて頂けて感謝しています」

「そう言ってもらえると、私も嬉しいよ」

 ふんわりと微笑む彼の笑顔に私もつい、つられて頬が緩む。先生とは休日に訪れた公園で偶然知り合った。その公園は歩いて十分ほど離れた場所に新しくできた、広い芝生広場や遊具広場、噴水、など大きな公園に人が集まるようになってから淋しくなってしまった場所だった。人がいなくなっても手入れが怠ることはなく、綺麗な状態を保たれていて静かな時間を過ごしたい時には最適な秘密の場所になっている。その日は偶然、公園でヴィオラの練習をしていた先生と出会いそこから交流が始まった。それが約半年前の出来事。教室を開いていることを知ってから、「先生」と呼ぶのが定着してしまった。

 一通り片付けが終わり、一息ついているときに先生が懐から何かを取り出した。

「あ、そうだ。今度プロアマア問わず、ここの子どもたちも参加する小規模だけどコンサートを開くことになったんだ。これ、そのチケット。よかったら、時間の都合がついたら紗佳さんも来てくれると嬉しいな」

 そう言って渡されたのは白い封筒に入った普通の水色のチケット。そのチケットにはコンサート名や日時時間、座席などの記載と一緒に拙いながらも綺麗な花や星たちが描かれている。きっと、参加する子どもたちが手書きしたものを印刷しているのだろう。

「ぜひ、伺わせていただきます。ちょうどまだ予定がはいっていませんし、空けておきます」

 子どもたちの無邪気で真剣な音色は聴いていて心地いい。完成度はプロのソレに及ばずとも、十分素敵な音色を奏でている。もちろんプロの音色も楽しみだし、アマチュアといえどもかなり高い技術や表現力をもっている人もいる。ましてや先生の知人ともなれば、アマチュア、本人にとっては趣味の範囲でも名の知れた人も多い。音楽を学んでいる者としては教養や見聞を深め、様々な感受性に触れることはとても重要で必要としているからこの誘いはとても嬉しい。有意義な時間を過ごせるだろうと、想像できる。

「あ、もしよければ簡単な雑用とか手伝えることがあればお手伝いさせてください。先生がよければ、ですけれど……」

 私ばかりが与えられるだけなのは心苦しい。そんな気持ちからそう言葉にしていた。

「ありがとう。でも、これはいつも手伝ってくれている紗佳さんへのお礼も兼ねているから当日は来て演奏を楽しんでくれれば十分だよ」

「わかりました」

 そう言われてしまえば、しつこく食い下がるわけにもいかない。折角の好意を無下になんてできない。でも、手伝えないのは残念だと思ってしまった。その気持ちが表に出てしまっていたのだろう、先生が何かを思い出したというようにこう言った。

「そうだな……。一つ我が儘を言ってしまえば、何か子どもたちに差し入れを持ってきてくれると嬉しいな。子どもたちも緊張しているだろうし、演奏が終わればとても疲れるだろうから何か甘い物とか」

「はい! じゃあ少し早目に行って何か差し入れしますね」

「うん。よろしくね」

 嬉しくなってついつい無邪気に声をあげて返事をしてしまった。喜色満面がぴったりな喜びようの私を見て、先生もまるで幼子に向けるような自愛に満ちたまなざしを向けてくる。口元は苦笑を浮かべているけれど、決してその笑みは小馬鹿にしたものではない。そう確信できるのは、私の頭を撫でる手つきがとても優しくて温かいから。

 ウキウキと心弾ませて、帰宅してからは約一か月後のコンサートのことで頭がいっぱいだった。


 ――このコンサートが、出会いの場になるとも知らず。



閲覧ありがとうございます。


誤字・脱字・アドバイス・感想など、何かしら頂ける場合にはぜひとも感想フォームにてお願いいたします。

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文法上誤用となる3点リーダ、会話分1マス空けについては私独自の見解と作風で使用しております。

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