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前回の前書きにて、週に1話のUPを目標にします。と書きましたが、7月中には書き上げたいと思い、週に2話更新することにしました。当初と色々話の流れを変えた結果、長い回と短い回ができています。今、私にできる精一杯の力で書き進めておりますが。何となく自分としても、ちょっと違和感があるような……?という箇所があり。一応最後まで書き上げた後に、書き直して行こうと思っております。
とある音楽科のある高校に通っていた、十七歳になる誕生日がまだ来る前の十六歳の夏。激しい雨の中、私、河原紗佳は中学校時代からの友人と待ち合わせをしていた音学館ホールの前で立ち尽くす。音楽界では著名な人たちばかりが集まる今回のコンサートを、数ヶ月前からずっと心待ちにしていた。でも、よりにもよってこんな日に限っての大雨……。自分は雨女なのだと、嫌でも再認識してしまう。いつもこうだ。記念日や旅行、といった特別な日に限って雨が必ず降る。小学校からずっと宿泊合宿も修学旅行も雨。はぁ……と、ため息をついたところで友人が到着した。連れだってホールの中へと入って行く。お目当てのコンサートが開かれる会場の座席は一階の中央。そこそこ良い席で、気分がちょっとずつ高揚してくる。
「楽しみね」
「本当。チケットが無事にとれて良かった」
友人とコンサートが始まるまで談笑をしつつ、今か今かと開始を待つ。
そして、とうとう幕が上がった――。
次々紡がれては、流れて体と心に浸透してゆく美しく綺麗な音色が心地いい。
――ああ、満たされてゆく……。
美しい音色は聴くだけで心を癒してゆく。けれど、私にとって特別な響きを持つ音色は癒すだけでなく、充足感を与えてくれる。残りの演奏者は三人。二番目に演奏するヴァイオリニストの音色は私に特別な癒しと充足感を与えてくれる弾き手で、今回のコンサートの弾き手の中で一番聴きたかった人。
(――あと、一人)
プログラムを見てみると、今から始まるのはピアニストの演奏。世界各国で活躍しており、最近は欧州コンサートを終えたばかり。
(この人の演奏も嫌いじゃないんだけど、強すぎて受け止めきれないから……)
そんなことを考えていると、突然アナウンスが会場に響いた。
≪――大変申し訳ありませんが、当初予定しておりました演奏者を急遽変更することとなり。変わって同じピアニストが演奏させて頂きます。突然の……≫
「変更……?」
「どうしたんだろう」
突然の演奏者変更のアナウンスに会場がざわめき出す。私も隣に座っている友人と小さな声で言葉を交わす。
そしてざわめきが収まらぬまま、プログラムは進行し交代となった演奏者がステージに現れる。予定されていた演奏者・倉沢皐月に代わり演奏することとなった京田渉はグレーのタキシードを着用し、容姿だけを見るならば年齢は二十代半ばぐらい。後ろに綺麗に撫でつけられた黒髪に、このざわめきに揺るぐことのない強い意志を秘めた黒曜石の瞳。会場中の観客がステージに訪れた知名度の低い、ほぼ無いと言っていい若い演奏者に注目するも、その意識はまだ混乱しステージに集中しきれていない。けれど、不思議と私には彼がピアノチェアに座りピアノを弾く前に吐いた小さな吐息が聴こえた気がした。そして彼の指が鍵盤に触れた……と、思ったら。
「!!」
ホール全体に響き渡る音色に、私は息をのんだ。――いや。会場中が息をのんだ音が、小さく深く響いた。
紡がれた伸びやかに響く音色、繊細に美しく、甘く静やかに、ゆるやかに力強く、脳も心も心臓も全てが鷲掴みにされる。色んな感情が湧きあがって心の許容量を超えたのか、自然と泪が溢れて止まらない。
「……」
(すごい……)
このなんとも言えぬ湧き上がる感情を、言葉にしたくてたまらないのに。何かを発してしまいこの音色に水をさしてしまうことも怖く、何も言えなくなってしまい、ただただ涙だけが溢れだす。感動なんて、一言では全然足りない程、表すことができない程の強い感情が私を支配する。感情が落ち着くことなく彼の演奏が終わったことは、視界では捉えていた。けれども、それはただ視界に映ったというだけで脳において認識して処理するには至らなかった。なぜならば、余韻などではなく、まだ演奏が脳に響き脳機能だけでなく心も体も全てが支配され麻痺しているかのような状態に陥っているためだ。
続いて今日のお目当てだったヴァイオリニストがステージに現れ、演奏が始まったが。いつもなら湧き上がる歓びも、今ばかりは心ここにあらずという状態で全く届かない。何も響かない。圧倒的な「音」が支配する。
波瀾と混乱に満ちたコンサートは人々の脳裏に深く、一人の演奏者の名と演奏を刻んで閉幕した――。
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強い衝撃は何日経っても薄れることはなく、今もなお私の心に深く刻み込まれている。
コンサートのあった日から約一か月後。私は学校から帰宅し、手洗いうがいをしただけで部屋に直行し制服のままベッドに倒れこんだ。ここ何日、何週間、何もしていないのに力が吸い取られているかのようにやる気が半減し、疲労感が体と意識を包んでいる。そのせいでいつもならちゃんと帰宅後制服から部屋着に着替え、予習復習、家事手伝いなどをするけれど。まったくする気…というか、実行できるような体力がなくベッドに直行するという日々だ。
「――すごい」
授業中も、食事中も、移動中も、あの音色と光景が過っては意識をいともたやすく奪ってゆく。
熱く激しく苦しく心地よく、まるで燃え盛る恋のように滾る想いは冷えることなく私を翻弄する。心ここにあらずの状態で、学校にいる間は友人知人クラスメートにからかわれてしまった。けれどもそれを否定することもできず、ただ苦笑を浮かべ何となくやり過ごしている。今まで生まれたことのない感情に翻弄されつつも、ある一言がきっかけで私は核心した。
“――そんな恋する乙女の瞳をして”
周囲からみれば、私は「恋」をしているように見えるらしい。ううん、らしいではなく。きっとそうなのだろうと私自身思う。今まで、この約十七年間、誰にも感じることのなかった狂おしいほどの熱情が湧きあがる。
あの、たった一度の音色に私は恋をした――。
そう自覚すれば今まで重苦しく自分を戸惑わせる感情でしかなかったものが途端、心地よいものに変わった。
(――そう、これが「恋」っていうのね)
心と体が充足間に満ち、この日はぐっすり眠ることができた。夕飯は食べ逃したけれど……。
それからの日々は足取りが重くなることも、自然と頬が紅潮することもなく、穏やかで爽やかな時間を過ごすことができた。もう一度、あの音色にいつか出会えることを夢みながら。
そしてその夢が、そう遠くない未来に訪れていることなど。今この時の私の知るところではない――。
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文法上誤用となる3点リーダ、会話分1マス空けについては私独自の見解と作風で使用しております。