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久しぶりの新連載です。こちらは週に1話UPを目標に書き進めていきますので、そんなに長くはかからないと思います。まだまだ拙い文章力ですが、少しでも読者の皆様のお心を楽しませることができれば幸いです。
閑静な住宅街。真昼の晴れ間には綺麗な青が広がっていて、まるで一枚の絵画のよう。微かに辺りに響き渡る透き通ったピアノの音色が、景色により美しい色味を与えていた。物悲しくも美しい色を――――。
住宅街に佇む一軒の家。その部屋の中でも白を基調とした部屋の道路側に面した壁は全てガラス窓が設置され、部屋の中央には純白の大きなグランドピアノが置かれている。ピアノと同じ純白のピアノチェアには長い黒髪を背中に流し、歌う様に繊細な指使いで鍵盤をすべり美しい音色を奏でている女性奏者が微笑みを浮かべながら座っていた。その近くの二人掛けの白いソファには、目を閉じて音色に聴き惚れる男性が座っている。
音色が終局に近づき、最後の余韻も空間に吸い込まれ静寂が部屋を包み込む。
「――やはり、いいな」
男性が感嘆の息とともに、そう言葉をもらした。
「……」
しかし女性は虚ろな目でガラス窓から見える外に視線を移したまま、微動だにしない。
「どうかしたか?」
「ううん、なんでもない……」
そんな女性を変に思ったのか、男性は問いかける。その問いにやっと女性はハッと覚醒し、慌てて返事する。
「次は何を弾こうか?」
「ショパンならなんでも」
「わかった」
そう返事したあと、ゆっくりと一回深呼吸をして再び鍵盤に指を滑らせる。弾くのは子犬のワルツ。さっきまでの落ち着いた、美しくも物悲しいメロディーのシシリエンヌとは真逆な軽快なもの。ちらっと伺った先では男性が満足そうに、嬉しそうに、穏やかに微笑んでいた。そんな姿をみて、女性も静かに微笑う。
「やっぱりいいな、お前の音色は」
弾き終われば優しい声と笑顔。
「――ありがとう」
男性からの賞賛に、女性はお礼を返すが心の内では全く違うことを思っていた。
(嬉しいけれど、それが胸に鋭い刃となって深く突き刺すなんて。あなたは知らないんでしょうね……)
「ああ、えっと……」
「お茶ね。ちょっと待ってて」
何を求めているのか素早く察し、一言そう言い置いてから女性はキッチンへと向かった。あらかじめ沸かしておいた魔法瓶からポットとカップにお湯を注ぎ、ポットとカップが温まったところでお湯を捨て。ポットには茶葉を入れた後に新たにお湯をゆっくりと注いでいく。そして温めて置いたカップと一緒に、トレイにポットとカップそれぞれ専用の女性手製のコースターを敷いた上に順番に置いてから元の部屋へ戻る。
「……今日はダージリンか?」
「そう。好きでしょう」
「ああ。良い、香りだ」
注がれながら漂う香りにそう感想を漏らすのを横目に、紅茶を注ぎ終わったカップをゆっくりと差し出せば優しい手つきで受け取る。
「……」
一口含むと、満足げに微笑む。その様子に女性も目尻を提げて微笑んでいる。
「今日はもう帰るわね」
「ああ。明日も来るんだろう?」
「時間があれば、になるけど……」
困ったように微笑みながらそういうけれど、男性は有無をいわせない響きをもって言い切る。
「――こい」
「わかったわ」
女性は目尻を下げて微笑んでいるようはずなのに、今にも泣き出しそうな、泣き顔に見えてしまうのは何故なのだろうか……。
彼の家からスーパーで夕食の買い出しをしただけで、家に真っ直ぐ帰った。
「ふぅ……」
黒く艶やかに長く伸びた髪を頭上で一つにくくりながら、重いため息が自然と口から漏れる。
(――明日も、かぁ)
明日は朝から夕方まで仕事をした後、帰宅せずにショッピングをする予定だったけれど。夕方以降の予定はキャンセルしなければいけなくなってしまった。
(断れれば一番なのだろうけれど……)
そうわかっているのに、思うとおりに行動できない。言葉を発せられない。その理由もわかっている。理由は単純。だって――
だって、好きになってしまったから……。
付き合っていても、あなたが好きだと言ってくれても。その言葉は。君が紡ぐ優しい、甘い言葉は私の心に深く鋭い刃で傷つけるだけ。私が君を好きであればあるほど深く……。
次の日。
私は今日もあなたに昨日言われた通り、あなたの家にいる。望むままにピアノを弾き、お茶を淹れて、あなたが思い描く時間を作り上げる。それが私にあなたから求められているものだから。それが、私があなたの隣にいられる条件。
変わらず望まれた日本茶を淹れて、互いに何も話さずお茶をすする音さえも殆ど響かない。
「うん……。やっぱりいい」
満足気に呟かれる言葉は嬉しいけれど……。
「……」
「どうかしたか?」
「ううん、なんでもないわ……」
何も言わない私を変に思ったのか、一度あなたは問いかけたけれどその返答を聞いて安心した。
(――泣いてもいい、かな……? あなたに涙は見えないから。でも、声は殺さないと……。どんなに小さくても、あなたは聞き届けるから……)
小さな変化にも気付いてくれることが、本当だったら嬉しいはずなのに。
「……お前は。ずっと俺の傍にいてくれよ――」
「うん」
努めて平静を装って、そう返す。
心とは裏腹な答えを。
でも。私の気持ちでもある、答えを……。
――ねぇ。あなたが好きになるのは嘘の私ばかり。
「……いつまでも、俺の傍に――」
――本当の私は嫌いですか……?
「好きだ……」
その言葉が。誰よりも好きなあなたからなのに。本当なら嬉しいはずの言葉も。今はただ。苦しいだけ。流す涙は嬉し涙じゃない。哀しい、切ない、苦しい……涙。
「ん……」
重なり合う唇。
触れ合う温もりと甘く苦い味がする。
抵抗なんてできない。嬉しいから。
でも、私の喜びと比例して悲しみも湧き上がる。
あなたが私に「あの人」の面影を重ねて視ているということを知ったのはいつだっただろう。
あなたが私に優しくするほど、愛を向けるほど、私は幸せと悲しみに押しつぶされる。
――私はあなたの想う、あの人じゃない。
「愛してる」
「私も……あいしてる」
あなたを初めて目にしたあの日、私は一目であなたに恋に落ちたのに……
恋しい悲しい想いは、まるで楔のように私を締めつけ飛び立つ自由があることすら気づかせない。
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文法上誤用となる3点リーダ、会話分1マス空けについては私独自の見解と作風で使用しております。