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決闘

「終わりましたよ」


 日が沈む前に、ジュガンはその報告をした。


「おお、そうか、さすがだ」


 飛び上がらんばかりに喜ぶライドンを、ジュガンは侮蔑の笑みで見下す。

 あれはただの威力偵察。向こうがこちらの戦力、つまりジュガンを確認しただけであって、終わったというのはこちらが勝ったわけでもなんでもなく、ただ単に向こうが偵察し終わっただけだ。

 それを理解せず、一喜一憂する目の前の愚かな王を、ジュガンは心底侮蔑していた。

 しかし、その愚かさを利用して、贅沢三昧をさせてもらっているから、そういう愚かさからの間違いを訂正するつもりもなかった。


「それでは」


 部屋に戻ろうとくるりとライドンに背を向けたジュガンは、不意に動きを止めて顔を強張らせた。


 直感だ。

 直感が、猛烈に不吉な予感を叫んでいる。このまま部屋に帰り、眠ってしまえば、何か取り返しのつかないことが起こるような。

 そして、そんなことが起こるとしたら、その原因は分かりきっている。あの二人、ライネと朽木刃だ。


「失礼、お頼みしたいことがあるのですが」


 もう一度ライドンに体を向けて、ジュガンはにっこりと笑顔を作る。


「ん? 何だ、どうした?」


 ガの国との小競り合いが終わり、すっかり安心しきっているライドンは弛緩した顔をしている。


「ライネ様に少しお聞きしたいことが」


 もう、多少ではなく、完全に強引な方法でもいい。ライネを痛めつけてでも、早急に朽木刃の現在地を聞き出し、抹殺する。

 今すぐそれをしなければ。


 ジュガンは自らの直感を信仰していた。

 だからこそ、この嫌な予感に猛烈な危機感を覚えていた。




 馬車に揺られながらも、油断なく辺りを見回していた朽木刃の体がびくりと痙攣した。


「どうした、主殿」


 対照的に座席に寝そべるようにしてリラックスしていたレフティアがそれに気づいて怪訝な顔をする。


「ああ」


 朽木刃の目は遠く小さく見える王城を睨んでいた。

 丘から馬車に揺られること数時間、ようやく見えてきた王城だ。


「城から、影が飛ぶのが見えた」


「む?」


「巨大な鳥ってことはないよな」


 強張った顔を歪めるようにして無理矢理笑い、


「レフティア、戻れ」


 とだけ朽木刃は言った。


「承知」


 一瞬で表情を引き締めたレフティアが剣に戻ると、


「悪いがここで降りる」


「へっ、だ、旦那?」


 いきなりのことに混乱する馭者に金貨一枚を放り投げて、朽木刃はまだ止まっていない馬車から飛び降りた。


「ぐっ」


 地面を転がりながら勢いを殺し、すぐに立ち上がると道を外れて全力疾走をする。

 時間との闘いだった。


 道を外れ、森の中へと全力で突っ込んでいく。


 森は木々で視界が悪く、おまけに腰の辺りまで雑草が伸びて足がとられる。

 何度も躓きそうになりながら、それでも朽木刃は全力で走り続ける。


(主様、そんな全力で走っては、モンスターが出てきた時に対処できんぞ)


 心配するレフティアの声が頭に響くが、


(それよりも、今はあいつに俺の姿を見失わせることだけを考えるべきだ。姿を捉えられたらアウトだ)


(む、しかし、主様の見間違いや気のせいということはないか? それに、本当にジュガンがまた城から出てきたとしても、主様を狙うとは限らんじゃろ。いや、狙う理由こそない)


(だとしたらそれでもいい。このまま、道ではなく森を突っ切って王城に近づくだけだ。あの男との戦いを請け負った以上、慎重に慎重を重ね)


 脳内で言葉を返し終わる直前、朽木刃の体が一気に重くなって全力疾走していた勢いそのままに、バランスを失って地面に倒れこむ。


 地面に頭を激突させる。痛みと衝撃、視界が歪み耳がひどく鳴る。だが、朽木刃は噛み殺すようにして声を抑える。


 朽木刃だけではない。周囲の雑草も地面に張り付き、木々もぎしぎしと音を立てて揺れ、木の葉はぼたぼたと地面に落下する。


(主殿っ!)


 悲鳴に近い叫びをレフティアがあげるが、


(適当に広範囲に力をかけているだけだ。俺の姿は捉えられていない。落ち着け)


 朽木刃はあくまで冷静に分析して、もがくことなくただ激突の衝撃から感覚を回復させることに集中する。

 狙い通り、すぐに朽木刃の周辺を押さえていた力は消え、今度はその横一帯の雑草が押さえつけられ、木々が軋む。


 地面に伏せたまま剣を抜き放った朽木刃は、目だけをぎょろぎょろと動かし、周囲の様子を探る。


「どうした、聖剣の遣い手」


 声が聞こえる。

 おびき出そうとするつもりか、大声でジュガンが喋っていた。


「逃げ足だけは褒めてやるが、このまま逃げるだけか。出てこい、ライネはすぐにお前の居場所を教えたぞ。俺が殺すつもりだと察知していながらな。お前は売られたんだ。もう、逃げる場所はない。潔くさっさと出てこい」


 ジュガンの声のする方向に、匍匐前進のようにして朽木刃は近づく。

 やがて、森の真ん中に無防備に立ったまま、手当たり次第に草木を押し潰そうとしてるジュガンを見つける。


「どうした、聖剣なんて持っているのに恥ずかしくないのか、逃げ回るだけで、ああ!?」


 どんどん言葉遣いが悪くなっていく。いや、こちらがジュガンの素なのだろう。


(さて、行くぞ)


 レフティアに声をかけて、ジュガンが真逆の方向を押し潰そうと目を向けた瞬間、朽木刃は立ち上がって走り出す。


「お」


 ジュガンが気づいた時には、既に剣の間合いにあった。


 走りながら、刃をぶつけるようにしてジュガンに剣を振るう。

 だが、その状態でもまだジュガンの顔に恐れはない。


「ぬっ」


「うっ」


 動揺したのは二人同時。

 どちらが予測した結果とも違っていた。


 朽木刃の振った剣は、ジュガンに当たる前に何か柔らかいものを斬るような感触と共に軌道が逸れていった。その刃は、ジュガンの頬を浅く斬るだけだった。


(主様っ、壁じゃ)


(くそ、厄介な)


 舌打ちしながら朽木刃が二撃目を繰り出そうとするが、それよりも先にジュガンの灰色の瞳がしっかりと朽木刃を捉える。


「ぎっ」


 瞬間、朽木刃は真上からプレス機に圧されたように全身が地面に向けて押し潰されていく。


「ずあっ」


 理屈抜きで、ほとんど反射的に頭上に向かって朽木刃は剣を振り上げた。


 その時には既にジュガンは距離をとっている。


 今にもばらばらになりそうな体を酷使して、朽木刃は草の中を転がるようにして移動し、木の間に隠れる。


「ふん、逃げ足の速い」


 呆れたようなジュガンの声。

 どうやら、また朽木刃の姿を見失なったらしい。


 一方の朽木刃は、木にもたれかかりながら、必死に激痛で途切れそうな意識をつなぎとめていた。

 荒い息、呻き、その全てを飲み込む。今、音を立ててジュガンに場所を特定されては死ぬしかない。

 体が自分の体ではないようだった。息をするたびに全身が痛む。もう動ける気がしない。


(主様っ、ダメージは深刻じゃ。妾の再生能力でも、完全回復させるまでは時間がかかるぞ)


 レフティアの叫びに返す気力もなく、ただ朽木刃は木に体重を預けて体力を回復させる。あと一撃でも何か食らえば、それで体が四散しそうだった。


「忘れていた。その聖剣、魔術を斬ることができたんだったな。危うく両断されるところだった」


 喋りながら、手当たり次第に押し潰していく。まぐれ当たりでも命中すれば、今の朽木刃なら致命的になることを見越してのことだろう。


 ごぽり、と口の端から血が流れるのを朽木刃は感じる。

 ダメージは深刻だ。だが、そこまで圧倒的に不利だとも思っていなかった。


「どうした、聖剣遣い」


 大声で威嚇するジュガンの声が上ずっているのに気づいていた。

 さっき、一歩間違えば両断されていたことは、無意識のうちにジュガンの心に恐怖を刻んでいる。まだ、動揺からは立ち直れていない。

 今のジュガンは恐怖している。


 なら、今のうちに仕掛けるべきだ。奴の恐れを突く。

 決心した時には、既に無意識のうちに朽木刃は片手に石を握っていた。


 千切れそうな全身のばねをつかって、石を投げつける。

 ジュガンにはなく、その背後の木の幹に向かって。


「くっ」


 背後で石が木にぶつかる音に、ジュガンは瞬間的に反応して全身で振り向く。


 その瞬間、壊れかけの肉体を酷使して、朽木刃は剣を振り上げ、ジュガンに飛びかかっていた。


「朽木っ!」


 すぐに罠など気づいたジュガンが顔を戻す時には、既に剣を最上段に振り上げた朽木刃が、剣で斬るというより体当たりでもするかのような勢いで迫っていた。


 一刀両断。

 全力で、真上から、根本で斬るくらいの感覚で剣を振り下ろす。

 壁で多少軌道をずらそうとも、絶対に致命傷になるように。


 勝利を確信していた朽木刃の一撃は、しかし。


「なっ」


 その剣が振り下ろすよりも前に衝撃と共にぶつかって止まった。


(そんなっ、どうして)


 レフティアの悲鳴。


 当然、当人である朽木刃は瞬間的に何故止められたか理解していた。

 剣を止めたのではなく、朽木刃の腕や手首を壁に当てるようにして止めたのだ。


 渾身の一撃が止められた。

 次の瞬間、潰されるかと朽木刃は覚悟を決めたが。


「貴様」


 ジュガンの動きが止まる。


 朽木刃の体ごとぶつけるような一撃のために、二人は既に密着した状態だった。

 この状況で朽木刃を潰せば、ジュガンも潰れる。


「どうして、俺の邪魔をする」


 至近距離で視線を絡ませたまま、ジュガンが言う。


 今にも崩れ落ちそうな体を必死に支えながら、朽木刃は黙って睨み返す。もう、喋る力もないのだ。


「朽木刃、お前は」


 喋りながら、不意を突くタイミングでジュガンがナイフを突き出した。


 当たらない。

 それくらいはジュガンも予測していた。

 密着した状態からのナイフ、動きが伝わるから避けられる。それでいい。

 避けた先で、潰してしまえば。


 だが、そのジュガンの計画は潰れる。


「は?」


 避けた朽木刃が、ジュガンの視界から消えていた。


 そして、朽木刃はジュガンの背後で剣を最上段に構え直していた。

 密着した状態から、膝を抜きつつ片足を軸に回転することで、一挙動で相手の背後に回ったのだ。

 風魔一刀流、独楽。


 見失って、一瞬だけでも混乱すれば、それでおしまいだった。

 既に、剣は振り下ろされている。

 今度こそ、朽木刃は勝利を確信した。だが。


 ジュガンは視界に朽木刃がいないのを認識した瞬間、考えるよりも先に背後に振り向いていた。

 野生動物のような直感が、混乱するよりも先に体を動かしていた。

 そして、振り下ろされる剣が目に入った。どうすればいいのかは、もう分かっていた。


 朽木刃の全力の一撃、それが止められた。


(ああ)


 頭の中に、レフティアの絶望の声が響く。


 先程と違って、距離はある程度離れている。朽木刃だけを潰すことができる程度の距離は。


 だが、顔を凍り付かせているのはジュガンの方だった。

 ジュガンは、自らが止めた剣を見ていた。正確にはその剣を握っている朽木刃の手を。


 振り上げる時は確かに両手で振り上げていたというのに、今、振り下ろしを止められた剣を握っているのは、左手一本だった。


 ならば、右手はどこに行ったのか?


「お」


 ジュガンが、何かを言おうとした。口を動かしながら、剣に向けられていた視線を下げていく。

 だがそれが下がりきるよりも先に、何かを言うよりも先に、アッパーカットのように下から突き上げられた朽木刃の右の手刀がジュガンの右目周辺に命中した。


「ぎあっ」


 悲鳴を上げのけ反るジュガン。


 そのまま、朽木刃はジュガンの右目に人差し指と中指を突っ込み、そして、


「くあぁあ」


 雄叫びをあげ、壊れそうな全身に鞭打って、眼窩に指をひっかけてから、思い切りジュガンの体を振る。


「ぎぃやっ」


 悲鳴と一緒にジュガンの体が宙を舞い、そして後頭部が凄まじい勢いで木の幹に激突した。


「ぐぶっ」


 耳と鼻から血を吹き出して、ジュガンは左目を白目を剥いて気を失った。そのまま、地面に転がる。


「うっあ」


 苦悶の叫びと共に体をずるずると崩すようにして地面にしゃがみ込みながらも、朽木刃はジュガンの右目から指を抜く。そして、剣を構える。もう下半身は完全に動きそうもないが、上半身だけで構えをとる。


 そうして、森にはただ朽木刃の今にも死にそうな荒い息だけが響く。


 風魔一刀流、神手。

 神とは噛みであり、噛みつくように上下からほとんど同時に攻撃することを言う。二刀流で行うもの、暗器を使うものとバリエーションは無数にあり、剣と素手という組み合わせもその一つだった。


「あ、主様」


 もう大丈夫だと判断したのか、レフティアが現れる。


 だが、朽木刃はそれに反応する余力すらなく、ただ荒い息をつきながら、倒れたジュガンに向かって残心の構えをとりつづける。


「主様っ」


 もう一度レフティアが叫び、朽木刃はようやくそれが耳に入って驚いて剣を落とす。


 そして、落ちた剣と倒れたままのジュガンを見比べて、


「勝った、か」


 と、ようやくそれだけ言った。

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