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威力偵察

「来た、来た、た、頼む、頼むぞ、ジュガン」


 全身を瘧のように震わせて部屋に駆け込んできたのはライドンだ。

 伝書鳩で、ガの国の侵攻を知らされてから、いの一番にジュガンの部屋に駆け込んだ。


 その一国の王とはとても思えない威厳のない姿を灰色の目で冷たく見てから、ジュガンはシルバータイガーの毛皮のソファから立ち上がった。


「どうせ、俺が撫でてやればすぐに退くでしょう。ガの国がちょっかいを出してくるのはいつものことです」


 そうして、部屋を出ると王城の展望台に向かう。


 ガの国との境に近い砦まで、ここから馬車では三時間程度かかる。だが、そんなまだるっこしい手段で砦に向かうつもりはジュガンにはなかった。


「しかし」


 展望台に出て、広がる絶景を見ながら呟く。


「察知されたか?」


 形振り構わず殺そうと決めてから、朽木刃の姿をぱったりと見なくなった。別に死んだわけでもなければ出て行ったわけでもないらしいが、ライネの傍にその姿がなくなったのだ。


 一切出会うことがなければ因縁をつけることもできないし、ライネに朽木刃の居場所を尋ねるのも難しい。あの姫はジュガンがどういう意図で朽木刃の居場所を知りたがっているか見透かすだろう。正直に教えてもらえるとも思えない。大義名分がない。


「ライドンを焚き付けてもいいが、あの阿呆が口でライネを負かせるとも思えないしな」


 ふわり、とジュガンの体が宙に浮いた。


「ともかく、まずは虫を払うとするか」


 宙のジュガンの足が何もない空間を蹴った。その瞬間、ジュガンは遥か前方に吹き飛んだ。その猛烈な勢いが少し弱まってくると、再びジュガンは空間を蹴る。

 その繰り返しで、ジュガンはローブを靡かせながら空を飛ぶように走り抜ける。


 地上の人間の目には止まらない速度で、数分でジュガンはガの国の兵隊が群がる砦に到達した。


 群がった兵達は魔術や攻城兵器で砦の門を突破しようとしているが、それを砦にいる部隊からの魔術や矢で上から邪魔をされている。そして、それを防ごうと下からも砦の部隊に向かって矢や魔術が飛ばされている。


 どこにでもある、典型的な攻城戦の序盤の風景だ。


「ほう、頑張ってはいるようだ。まだ砦の内部に侵入はされていないか」


 そう呟いて、今度はジュガンは空間を蹴りつけて減速していく。そのまま、緩やかな速度で砦の屋上に降り立つ。


「おお、ジュガン殿」


「ジュガン殿だ」


 降り立ったジュガンを見て、緊張していた砦の兵士達の顔に安堵が広がっていく。


「ああ、虫がまた恒例の行事を始めたらしいな。俺が健在だと分かれば退くだろう。どいていろ」


 そう言うと、ジュガンはつかつかと砦の端まで歩くと、下を見下ろす。

 砦に群がっている兵士達がよく見える。


 逆にそれは、兵士達にもジュガンの姿が見えるということだ。


「ジュガンだ、くそっ」


「やっぱりかよ」


「早く逃げるぞっ、おいっ」


 ジュガンらしき人影を見た、というだけなのに敵兵達の間に激しい動揺が広がる。


 混乱の中、それでもジュガンに向かっていくつもの矢や魔術が飛ぶ。


「無駄なことを、毎回やっているのに、飽きないものだな」


 だが、矢も炎も氷の粒も石も何もかも全てジュガンに命中する前に、障害物にぶつかったように弾かれる。


「やっぱりダメか」


 敵兵達から、混乱の中残っていた僅かな戦意までもが見る見るしぼんで消えていく。


「こちらの攻撃だ」


 そうして、ジュガンの灰色の目が敵兵達の一角をじろりと睨む。


「ぐあっ」


「うおっ」


 その瞬間、睨まれた範囲の敵兵達は動きを止め、地面に倒れる。いや、倒れるというよりも、何かに上から押し潰されているかのようだった。


「ぐあああ、あっ」


「ぐぅ」


 みしみしと音を立てて、地面に倒れた兵士達が苦しむ。助けることもできず、周りの兵士達は遠巻きにそれを見ている。

 やがて、苦しみの声も消える。死んでしまったのか、それとも気を失ったのか。


「次」


 そして、ジュガンの目が別の一角を睨む。


「ぐあっ」


 その一帯の兵士達も、やはり地面に倒れて呻く。


「む?」


 だが、その中の一人が、突如として起き上って逃げ出す。


「ほう、ディスペルが使える奴がいたのか。一般兵にしては珍しいな」


 感心するように呟いたジュガンが、まだ呻いている兵士達から目を離して、逃げているその一人の兵士に目を向ける。


 そして、ジュガンの目が大きく見開かれ、灰色の瞳がその一人の兵士を凝視した。

 瞬間。


「ぎっ」


 その兵士が一瞬で消失した。

 いや、消失したのではない。兵士がさっきまでいた場所、その地面に、何か赤黒く平べったいものが広がっていた。文字通り、押し潰されたのだ。


「ひぃいあ」


「うわうわああ」


 もう、砦に群がろうとするものはいなかった。

 誰もが、我先にと逃げ出していく。


「ふん」


 ジュガンはそれを追うことはしない。追って全滅させたところで、所詮雑兵。ガの国の力を削ることにもならないし、そうやってジュガンが出て行ったところで、ガの国の精鋭部隊や魔術師達が待ち構えていて殺されかけたこともあった。


 向こうはジュガンがいることを確認し、こちらは雑兵を数十人殺す。

 ただそれだけのことだ。それでお互いに止めておくのが、暗黙の了解になっている。


 これはつまり、サイにはまだジュガンがいることを確認し、そしてジュガンがいるうちはガがサイに攻め込むことも、その逆もないという、そのことを確認するための恒例行事に過ぎなかった。


「流石です、ジュガン殿」


 行事とは言っても、前線の兵士は死ぬ時は死ぬ。

 だから、死なずに済んだサイの兵士達は皆、ジュガンに感謝の目を向ける。


「ああ、帰る」


 ジュガンはそう言うと、体を宙に浮かせて、来た時と同じように空間を蹴って走り去っていった。目にも見えない速度で。





 その、凄まじい速度のジュガンの移動を、かろうじて目で追った人物がいた。

 朽木刃だ。


 数日前に遂にガの国との衝突が起こることを知らされた朽木刃は、ライネに頼んでその戦場が見渡せる山頂に数日泊まり込んでいた。

 そうして、今、ジュガンの行った恐るべき魔術の数々をその目で見ていた。


「主様」


 後ろに立つ白いワンピース姿の少女、レフティアが少し顔を強張らせながら呻くように言う。


「想像以上じゃぞ、ジュガンは。あれほどの魔術師、そうそうおらぬ」


「ああ」


 目を細めた朽木刃は、噛みしめるように答えた。


「間違いないな。間違いなく、一騎当千の戦力だ。あの男一人で戦局が変わる」


「どうするんじゃ、主殿」


「レフティア、お前、魔術は詳しいか?」


「は?」


 唐突な質問に、不安げだったレフティアはぽかんと口を開ける。


「魔術、俺はまだ勉強中なんだ、どうだ?」


「う、うむ、魔術師ではないから詳しいことは知らぬ。ただ、この世界の一般常識としてくらいなら知っておるが」


「じゃあ、さっきのジュガンの兵士を押し潰した魔術、どんなものか見当がつくか?」


 その質問に、レフティアは残念そうに首を振る。


「全く分からん。力になれずすまんがの」


「あの空中を凄まじい速度で移動したのはどうだ?」


 別に落胆する様子もなく、朽木刃は続ける。


「あれもよく分からん。宙に浮く魔術自体はオーソドックスなものじゃが、あの高速移動は、どうも」


「そうか、ああ、なるほど。見えたか、レフティア?」


「な、何がじゃ?」


「あの男、宙を駆けていた」


 それは、稽古で動体視力を鍛えていた朽木刃でもかろうじて見えたレベルでのジュガンの動きだ。


「宙を、駆けていた?」


「見えなかったか。まあ、遠いし速い。仕方ないか。俺の目には、ジュガンは空中を蹴って進んでいるように見えた」


「はあ、それが、どうかしたかの?」


 言いたいことが分からず、レフティアはおずおずと聞く。


「あれ、透明な足場があったんじゃないか?」


「ほえ?」


「兵士を押し潰したのも、その透明な足場みたいなものを上から落としたとは考えられないか?」


「む、む」


「そんな魔術はありえないか?」


「むう」


 レフティアの顔が引き締まる。


「ありえない、とは言えんのお。透明な何かを出現させる魔術、別にあってもおかしくはない。もっとも、兵士十数人分の範囲を押し潰すような巨大な何がを出現させたとしたらジュガンの魔術の腕はとんでもないぞ」


「その代わり、軽い」


「うん?」


「弱いと表現した方がいいのか、広範囲を押し潰す時は時間がかかったし、あまり力がかかっていないようだった」


「ああ、そうじゃの、確かに最後の逃げ出した一人を潰した時と比べたら」


 ぽん、とレフティアは手を打つ。


「ああ。広範囲に透明な何かで押さえつける場合は弱く、狭い範囲に集中させた場合は強い。そんなところか。まあ、役には立つ情報だ」


 その言葉を聞いて、レフティアが愕然と目を開く。


「ぬ、主様」


「何だ?」


「と、ということは、た、戦うつもりなのか、ジュガンと?」


「そりゃ、そうだろう」


 じゃらり、と金貨の入った腰袋を鳴らしてみせる。


「前金ももらってしまったわけだしな」


「勝てるのか?」


 思わず、といった調子でレフティアがその質問をすると、


「レフティア」


 面白いことを聞いた、とばかりに朽木刃は珍しく破顔する。


「それが知りたいから、戦うんだろう?」


 何言ってるんだよ、と言わんばかりの笑顔に、レフティアは何も返せない。


「さて、帰るか」


 次の瞬間、もう朽木刃の顔から笑顔は消えている。


「馬車で帰って、一晩休んで、明日だな」


「明日?」


「仕掛けるのは、明日だ。もう、これ以上先延ばしにしても意味はない」


「主様」


 レフティアは、思わず声をかける。

 朽木刃の目に、明らかな喜びと、そして何に対してなのか分からない、猛烈な怒りを見たからだ。


「ん、どうした?」


 次の瞬間、朽木刃の目からは喜びも怒りも消え、感情の読めない鉛のような目に戻っていた。


「い、いや、何でもない」


「そうか」


 大して興味もないのか、朽木刃はすぐに話を打ち切ると、手早くその山頂を引き上げる準備を始める。


 それを手伝いながら、レフティアは自分の手が小さく震えていることに気づく。だが、それが恐怖のためであることは分かっても、ジュガンに対してなのか朽木刃に対してなのかまではどうしても分からなかった。

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