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嵐の前

 夜、豪奢な一室で、クリスタルグラスに入ったワインを傾けながら、ジュガンは物思いに沈んでいた。


 魔術師、と呼ばれる存在には誰もがなれるわけではない。

 誰しもが魔術を使えるのだからなおさら、その専門家になるためには魔術を極める才能と努力が要求される。


 魔術師と呼ばれるまでに魔術を極めることができるのは、一万人に一人と言われている。

 だが、魔術師と呼ばれればそれで成功が約束されるわけではない。特に今の戦乱の中では。


 研究者タイプであろうと実践者タイプであろうと、国にとって使える魔術師は重宝され崇められ、使えない魔術師はあっさりと見限られていく。


 その中で、ジュガンは小国サイに身を置き、考えうる限り最上級の待遇を受け続けてきた。他の国ではありえない待遇だ。

 これは、ジュガンがサイにとって、周囲の国への戦争抑止力になるため、何としても去られては困るというのも要因の一つではあるだろう。

 だが、主な要因は、ライドンの愚鈍さゆえだった。

 ライドンは人に依存する傾向があり、優柔不断だった。

 だから、強く、そして自分に助言という名の指示を出してくれるジュガンにどっぷりと依存してしまったのだ。結果として、ありえない高待遇を続けている。


「もう、終わりか」


 ジュガンは呟く。


 最初から、終わりは見えていた。いくら自分がいようとも、サイの国がライドンという王の元にある限り、未来はない。この戦乱の世で潰されていく。

 だからジュガンはサイの国費を浪費して贅沢三昧をしつつ、ぎりぎりまで滅びないようにバランスをとっていた。サイが潰れるのを遅らせて、自分が面白おかしく過ごす日々を少しでも長引かせようと。そして、いよいよ駄目になったら、他の国にでも雇われようと。ジュガンほどの魔術師ならば欲しがる国はいくらでもある。サイほどの贅沢はできないにしても、それなりの待遇は受けられるはずだった。


 だが、サイの滅びにはまだ少し猶予があるはずだった。

 それが、どうしてジュガンは終わりを予感しているのか。


 ジュガンは生まれつき魔術の才能があった。人格的にも俗人で、魔術や自分の力にもそこまで興味は持てなかったが、才能だけはった。正確には、ジュガンには生まれつき動物的な直感があった。その優れた直感で、何となく魔術のスキルを上げていった。ただそれだけのことだった。

 その直感が、あの朽木刃を見た時から、滅びの予感を叫んでいた。このサイという国が、いや、自分のサイでのこれまでの暮らしが滅んでいく予感。


「やはり、先に狩るべきか」


 ジュガンは検討する。

 いくら聖剣の遣い手とはいえ、ジュガンが殺しても誰もそれに異を唱えれない。ライドンはもちろん、聡明なあの娘も、表立って逆らうことはできない。ジュガンがこの国の生命線である以上。


 最近は、ずっとそのことばかり考えている。いつ、朽木刃を殺すのかを。


「魔術の使えない剣士一人、簡単に捻り潰せるはずだ」


 ライネの擁護がうっとおしいとはいえ、強引にでも殺さなければいけない気がしてきた。直感が、奴はさっさと殺すべきだと叫んでいる。


「ふん」


 目を閉じて何やら思案していたジュガンは、やがてグラスを置くと立ち上がって部屋を出て行った。





「ぐっ……ふうっ」


 同じ夜、誰もが寝静まった深夜、あてがわれた宿舎の一室、レフティアが退屈そうに見守る中、上半身裸の朽木刃が拳立て伏せをしている。


「主様、よく毎晩毎晩同じことをやって飽きんのお」


「単純作業を、ふっ、延々と、して、むっ、しまうんだ。創造性のない、証拠かもな」


 自嘲しながら鍛錬を続けていると、ドアがノックされる。


「どう、ぞっ」


 最後に勢いをつけて体を跳ね起こすと、朽木刃は手早く汗をぬぐいシャツを着る。

 ちなみに、今着ているのは召喚した時に着用していたものではなく、ライネに与えられた絹製のものだ。


「失礼します」


「あれっ、お主は」


 藍色の地味な、しかし一目で高級品だと分かるシャツとスカートという姿で部屋に入ってきたのはライネだ。


 一国の姫が夜、男の部屋を訪ねてくるということにレフティアは驚いている。


「ようこそ」


 一方の朽木刃は動揺を見せない。

 ただ、鉛のように感情の見えない目で部屋に入ってきたライネを見ている。


「遣い手様、実は、お願いがあって参りました」


「使者でもよこせばよかったのに」


「なるべく、誰にも知られずにお話したかったので」


「信頼できる人間にすら、ということか。しかし、俺一人だけに伝えたい話があるとしても、夜更けに忍び込むか。行動的な姫君だな」


 全くの無感情な声で言って、


「で、話というのは?」


 静かな目をしたライネは、しっかりと朽木刃を見据える。


「この国の現状を、どう思われますか?」


「別の世界から来て間もない、俺にそれを聞かれてもな」


「だからこそです。この世界の住人ではないあなたの目から見て、サイの現状がどうなのかを教えてほしいのです」


 困ったように頬をかいて、朽木刃はレフティアに目をやる。


「お前はどうだ?」


「んむ? 妾もずっと眠っておったからのお。詳しい情勢も何も分からんが、直感でいいなら、この国はもう末期じゃろう」


「ああ、それは俺も同感かな。王城に富が集中し、民は飢えている。他の国に攻め込まれたら、兵はまともに戦う気にもならないだろう」


 この数日、ライネの側について国を周った朽木刃には、そのことがよく分かっていた。民衆の間に深く根付いている国への不信、怨恨、嫉妬。よく見えた。

 それを自覚しているからこそ、ライネが積極的に民衆と関わって、自らが国と民衆の架け橋のシンボルとして機能しようとしているのも理解していた。


「ただ、俺にとってはジュガンの力が未知数だ。あの魔術師が、巷で噂されているように、一騎当千の力を持っているなら、それでもこの国をしばらくもたせることはできるかもしれないが」


「けれど、そのジュガンこそが、この国を腐らせているのです」


 静かにライネが答える。


「それも、お二方なら気付いていらっしゃるはずです」


「まあのお。噂に聞くだけでも、国を傾かせる酒池肉林の日々をおくっておるらしいからのお」


 嫌悪に顔を歪めて同意するレフティア。


 一方の朽木刃は、


「どうかな」


 と小さな声で呟き、その口の端を吊り上げるようにして皮肉な笑いを浮かべる。


「私の目で、遣い手様のお力を確かめされていただきました。遣い手様、そして聖剣様のお力ならジュガンにも勝てる。そう、確信しております」


「よくわかっとるのお」


 ふんぞり返るレフティアが満足そうに言う。


「殺せということか、ジュガンを」


 朽木刃は簡潔に質問する。


「受けていただきませんか? この国のために」


「この国のために、か」


 笑いを消して、朽木刃は鉛の目でライネをじっと見て、


「条件がある。報酬だ」


「もちろん、遣い手様はこの国の英雄として扱わせていただきます。それに」


「いや、地位や名誉は必要ない。金だ。それも、半分を前金としてもらいたい」


 余程意外な要求だったのか、ライネの目が見開かれる。


 それは横にいたレフティアも同じだったようで、口をぽかんと開けて呆然としている。


「五百ゴールドだ。前金として、二百五十ゴールドもらいたい」


 ゴールドとは金貨のことだ。大体二十ゴールドで普通の四人家族が一年間楽に暮らすことができる。


「わ、分かりました。国費を湯水のように使っているジュガンを除けるなら、それくらい何のこともありません」


 承諾したライネからもう用はないとばかりに視線を外し、朽木刃は大きく背を伸ばす。


「前金を受け取り次第、俺は仕事にとりかかる。ああ、それと、近々隣国との小競り合いがあるという話を聞いた」


「え? ええ、確かに、隣国のガとそろそろ衝突するだろうとは言われています。けれど、これはガの国が頻繁にする威力偵察です。つまり、まだ我が国にジュガンがいるかどうかを確かめるための」


「じゃあ、やるのはそれが済んでからでいいか。ああ、それと俺もそれを見たいな。ジュガンがどんな魔術師なのか、実際に目で見て確かめたい」


「それは……」


 一瞬躊躇した後、


「分かりました。そちらの準備もしておきます」


 はっきりと答えて、ライネは頭を下げると部屋を出て行く。最後に一度だけ振り向いて、悲しそうな顔をして何かを言おうとしたようだが、結局その言葉を飲み込んで無言のまま去って言った。


「主様。何か、その、妙な気がするんじゃが」


 ライネが去ってしばらくしてから、レフティアが口を開く。


「ああ、最後の反応か? 大方、ジュガンの実力を実際に目で見たら俺が怖気付いてしまうと危惧したんだろう」


「いや、それもそうなんじゃが」


「そうか、確かにこの依頼を俺みたいな知り合って間もない人間に依頼すること自体おかしいといえばおかしいな。まあ、俺が力試しをしてみたい馬鹿だということくらいは分かっているだろうから、ジュガンと戦う機会を作ったらすぐに飛びつくとでも思ったんじゃないか?」


「いや、だから、ライネではなく」


「ん?」


「主様が、あんな高額な報酬を要求したことに違和感があっての。金銭に拘るような性格ではなかろ?」


 それはレフティアが短い間とはいえ、自らの遣い手とずっと一緒にいるうちに分かった朽木刃の性質のひとつだった。


「確かに、別に贅沢がしたいとは思えないが」


 目を細めて、朽木刃は続ける、


「生きていくのに金は必要だよ。特に、根無し草だとな」


「この国に根を張ればよかろう。この国の聖剣じゃしな、妾は」


「ふふん、愛国心でもあるのか?」


「そう言われると別にないがの。しかし、王やジュガンはむかつくがライネはよくしてくれておるし、別にこの国を嫌う必要もなかろう。この小国のために戦乱の世の中で剣を振るうというのは、主様には気が進まないかの?」


「いや、いいと思う」


 憧れるように、朽木刃は天井を見上げてから目を閉じる。


「そういう風に生きられれば、いいと思う。本当にな。けど、レフティア」


 そこで朽木刃は一気に声を落とし、


「下らない人間には、どうやらそんな素晴らしい道は歩けないようになっているらしい」


 そんなことを言って、少しだけ笑った。


 意味が分からず、レフティアは、ただ首を傾げる。

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