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ゴブリン退治

 雑草の中を足を進める。


(どうするつもりじゃ)


 突然頭の中で声が響いて、朽木刃は驚く。


(レフティアか?)


 試しにこちらも脳内で言葉を返してみると、


(うむ)


(こんな芸当ができるのか)


(いや、妾もさっき知った。どうも剣に戻っていないとできぬようじゃが)


「便利だな」


 口に出して呟く。


 既に朽木刃からは、姫も親衛隊も見えない位置に来ている。木々の生い茂る山中、動物の気配と蟲の息遣い、鳥の鳴き声。


(どうするかは決めていない。どうなるか楽しみなんだ)


(うむ?)


(魔法やモンスター相手に、俺がどこまで通用するのか)


 次の瞬間、朽木刃は意識することなく、反射的に剣を抜いていた。


(後ろ)


 そして、少し遅れて断片的にそれだけ思う。

 思った時には、既に剣を振りながら後ろに振り返っていた。


「ぎっ」


 そこにいたのはまさしく子鬼。

 成人男性の半分くらいの背丈。大きな頭。そこから生えている一本の角。鋭い目と牙。浅黒い肌。動物の革らしきものを体に巻きつけるようにしている。これは鎧のつもりか。


 だが、その鎧は用を成さなかった。


 後ろから斧を持って飛びかかろうとしたそのゴブリンの額と瞼の間には、既に朽木刃の刀身が深く突き刺さっていた。


「ぐぃ」


 黒目をぐるんと回転させ、ゴブリンの目鼻口からだらだらと濁った血が流れ出す。


 まず一人。

 カウントしながら剣を抜き取ろうとする朽木刃に、炎の矢が斜め上方から降ってくる。


「おっと」


 剣を抜きながら、ゴブリンの死体を蹴り上げて盾にする。

 炎の矢を受けた死体は、焦げるような音を立てて穴が開く。


 なるほど、火のついた矢じゃあない。火を矢のようにして飛ばしている。これが魔術か。

 朽木刃は冷静に判断しながら、それを撃ったゴブリンを木の上に発見する。

 その時には、既に手には手ごろな大きさの石が握られている。


 そう言えば、殺してしまったというのに、何も感じていないな。

 ふと、そんなことを朽木刃は思う。

 生物、それも人型の生物を殺したというのに、動揺をしていない自分に気付いて、そのことに動揺する。

 だが、心を揺らさないのは武術の基本中の基本。

 その動揺を鉄の心で押さえつけ、手首のスナップだけで石を投げつける。


「ぎゃっ」


 こめかみの辺りに石が命中したゴブリンが、そのまま木から落ちてくる。


 その落下を見届けることなく、朽木刃は後ろに振り返る。

 既に剣を構えているゴブリンが三体。おそらく、これで全部だ。


「ぐあっ」


 素早い動きで一体が剣を振るってくる。

 それを朽木刃はかわす。


 風魔一刀流では敵の攻撃はかわすのが基本だ。決して剣を剣で受けたりはしない。何故ならば、稽古では木刀を使うが、本来は日本刀同士の戦いを想定しているからだ。

 刀は、容易く折れ、刃こぼれする。

 攻撃はかわすことを考える。それが、まず基本だ。


 だが、一体の攻撃をかわした瞬間、朽木刃に残る二体が一斉に攻撃してくる。


 なるほど、よくできたコンビネーションだ。

 感心しながら一方の攻撃は更に避けるが、もう一方は仕方なく剣で受ける。


「ぐうっ」


 そして、受けて驚く。その矮躯からは想像もできない攻撃の重さに。体が衝撃で浮き上がりそうになる。

 これが、強化魔術というやつの威力か。これほどの効果があれば、なるほど、魔術が使えないことがイコール戦力にならないとみなされるのも分かる。


(大丈夫か、レフティア)


(これしきで壊れるほど妾はやわではない)


「よし」


 するり、と朽木刃の剣が、ゴブリンの指を切り落としていた。


「ぎ?」


 痛みよりも、何が起きたのか分からないのか、ゴブリンが呆然とする。


 いくら強化魔術を使っても、握っている十本の指のうち四本が切り落とされれば。


「ふっ」


 大きく息を吸って、受けていた剣を弾き飛ばす。


「ぎぃあ」


 指を切り落とされていたゴブリンが剣を取り落とした瞬間、そのゴブリンの首筋は切り裂かれていた。


「ぐぃや」


 残る二体のゴブリンは、攻撃をした一体が妙な技を使って殺されたことに警戒したらしく、どちらも飛び退いて距離をとる。小柄なだけあって素早く、あっという間に50メートルは離れる。


 風魔一刀流、浪打。

 刀を刀で受けた場合、受けた側が不利になることが多い。刀が折れたり欠けたりも当然予想される。だから、受けた瞬間に、刀身を滑らせると同時にくねらせることで、相手の刀を持つ指を切断することで次の攻防で優位に立つという技だ。

 そもそも刀を刀で受けること自体、未熟な証とされているのであまり流派では重要視されていない技である。


「ぐるう」


 一体のゴブリンが唸りながら手を空に向ける。

 と、同時に火の玉がいくつもこちらにむかって落ちてくる。


「おいおい」


 朽木刃はおろか、周辺を全て焼き尽くすような規模の火の玉だ。俺の背後には石を喰らって気絶している仲間がいるはずだが、おかまいなしらしい。


(あんな魔術、ゴブリンなんて低級モンスターがしてきていいのか?)


(んむ? あの程度、ごくごく初歩の魔術じゃぞ)


(ジュガンが、魔力がない俺を戦力にならないと断じたわけ、ようやく感覚的に理解できた)


 朽木刃は駆ける。

 上から振る火の玉。ならば、避ける。かなり広範囲のものだが、絶対に安全な場所があるから、そこまで全力で駆ければいい。


 術者の立つ場所だ。


「ぐぃ」


 全く怯まず、一気に自分達への距離を詰めてくる男にゴブリン達は戸惑う。その戸惑いが、一瞬だけゴブリンの動作を遅らせる。


 その一瞬のうちに、ゴブリンの一体の首が胴から離れていた。


 背後で火の玉が草木を焼き尽くす音を聞きながら、朽木刃は次の標的に剣を向ける。だが。


「ぎっひぃ」


 最後のゴブリンは、接近戦は不利だと悟ったのか、既に跳ねて逃げている。そして、逃げながら火の矢を撃つ。


 焦って撃ったためか、火の矢は精度、速度共にさっきよりも劣っている。


「矢切の太刀としゃれ込むか」


 呟きながら、朽木刃はゴブリンを追う。そして、追いながら火の矢を剣で斬りつける。


 何の抵抗もなく、剣に触れた途端に火の矢は消え去った。


(おお、魔法を斬れるとはこういうことか、面白い)


(ふふん、どうじゃ主様、妾の力なかなかのものじゃろう)


 得意げなレフティアに苦笑しながら、朽木刃は最後の一体のゴブリンを難なく袈裟に斬って捨てる。


「これで最後か」


(そのようじゃの)


 ふと気付けば、聖剣の美しい刃はゴブリンの濁った血に塗れている。


「汚れたな、レフティア」


「お互い様じゃ」


 ふっと隣に真っ白いワンピース姿で現れるレフティア。


 その言葉に、朽木刃が自分の顔に手を触れてみると、べっとりと返り血で汚れている。

 なるほど。

 不思議に納得しながら、顔の血を手で拭う。


「一つ、分かったことがある、レフティア」


「ん?」


「俺は、元の場所より、この世界の方が向いているらしい」


 その言葉に、レフティアはにっこりと笑う。


「当然じゃ。主様は、妾の遣い手として選ばれて呼ばれたんじゃからな」


 来た道を戻り、「片付いた」と朽木刃がライネに報告すると、すぐに親衛隊が入れ違いで確認するために山に入っていった。

 やがて戻ってきた親衛隊は確かにゴブリンが全滅しているのを報告した。


 魔力を持っていないのに、ゴブリンのグループを全滅させた朽木刃に対して、親衛隊の面々は畏怖の感情を抱いたようだ。

 だが、それも朽木刃には関係ない。


 これで、朽木刃は充分な戦力を持っていると証明されたことになり、ライネは正式に親衛隊の一人として抱えることをライドンに打診すると説明した。


「ああ、ありがとう」


 事務的なまでの無味乾燥した立ち振る舞いで、朽木刃は頭を下げる。


「いえ、これからも力を貸してもらえると期待します」


 優しく微笑むライネ。

 その微笑んだ瞳を、静かな目でしばらくの間見返してから、朽木刃はもう一度頭を下げた。





「あっ、ちょっと、主様、乱暴じゃぞ、あ、ああっ、そんな」


 王城の近くにある上級兵士宿舎、その一室で朽木刃は布を使って聖剣を磨いていた。

 布が優しく刃を滑るたびに、横で立っているレフティアが身もだえする。


「妙な声を出すなよ。血と油で汚れているんだ。しっかり手入れしないと」


「妾はただの鉄の剣ではないぞ。聖剣じゃ。それくらいで錆びたり切れ味が落ちたりせん」


「そうなのか? じゃあ、手入れはこれくらいでいいか」


「あっ、いやっ、でも、もうちょっと綺麗にしてもらいたかったりするかのぉ」


「じゃあ、続けよう」


 朽木刃は再び刃を布で磨く。


「うむ、そうして、うあっ」


 びくん、とレフティアが飛び跳ねる。


「とっ、ところで、主様っ、あっ」


「ん?」


「さっさっきから、何か、考え、込んでいる、みたいじゃがっ、んっ」


「ああ」


 顔を上げて、朽木刃は手を止める。


「何かを磨いたり、鉛筆を削ったり、筋力トレーニングをしたり、そういう単純作業をしながら考えをまとめるのが、癖なんだ」


「んっ、それで、何を、考えておるんじゃ?」


 頬を上気させたレフティアは、息を整えながら質問する。


「自分の器についてだ」


 目の前の少女の艶かしさを気にかけることもなく、朽木刃は遠くを見るような目をする。


「さっきも言ったけど、俺は鉛筆を刃で鋭く削るのが好きだった。学校の休憩時間、そんなことをして時間を潰していた。刃物を持ってくるのは禁じられていたから、彫刻刀を使ってな。意味、分かるか?」


「ん? うむ、何となく、大体の意味くらいは分かるぞ」


「何かを削って鋭く尖らせるっていうのは、象徴的だ。刃を磨くのも鍛錬するのも、結局本質は同じだ。そう思わないか?」


「んむ?」


 意味が分からずレフティアは眉を寄せるが、もう朽木刃は独り言でも喋っているかのように、返事を待たずレフティアを見ることすらせずに言葉を続ける。


「結局、俺はそういう男なのかもしれない。尖らせるのが好きで、そして尖らせてしまったから、それを刺してみたくなってしまった。下らない人間だ、心からそう思う」


「主様?」


「そんな下らない人間が、果たして何を成し遂げることができる? 何かを成し遂げる人間の、駒に使われて本望と思うべきじゃないのか?」


「主様!」


 レフティアの大声で、朽木刃ははっと焦点をレフティアに当てる。


「あ、ああ、悪い」


「疲れておるんじゃないかのお、主様。もう寝たらどうじゃ?」


「かもな」


 苦笑してから、朽木刃はふっと表情を真顔に戻して、


「お前、ジュガンという男をどう思う?」


「ん? あの、王の横にいた魔術師か? 相当なものじゃと見たが、それが?」


「同族嫌悪という奴だ」


「んむ?」


「下らない人間は、下らない人間が分かる。真逆の、素晴らしい人間のこともよく分かるけど」


 それだけ言うと、朽木刃は剣を鞘に戻し、ランプを消してからベッドに横になる。


「戻れ、レフティア。俺ももう寝る」


「うむ」


 目を閉じた朽木刃にそう言われ、素直にレフティアは剣に戻る。


「おやすみ」


 暗闇の中で、朽木刃はそう言う。声は寂しげだった。

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