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兄妹

「大体、お前は俺に対して無条件の信頼みたいなものを持っているが、それはどうしてだ?」


 村を出てからの道中、また朽木刃はレフティアと会話をしながら歩く。


「当然じゃろ、主様なんじゃから」


 何を今更、とレフティアは不思議そうな顔をする。


「理由になってないぞ」


「まあ、強いて言うなら妾の能力を信じておるんじゃろうな」


「何、能力って?」


「妾の遣い手としてもっとも相応しい人間を召喚する能力じゃ。その能力で選ばれたんじゃから、主様は妾にとって最高の遣い手ということじゃ」


「なるほど、俺はレフティアにとって、俺の世界の中で一番相応しい遣い手として選ばれたはずだから、信頼するってことか」


「そういうことじゃな。妾の能力に間違いはない」


「要するに自画自賛か」


 言っているうちに日が沈んでいき、道もしっかりとしたものから獣道のようになっていく。


「これはまずいな、あのおばさんの言うとおりだ。このまま薄暗くなると道に迷う」


「うむうむ、早く話に聞いた屋敷を見つけんとな」


「探すまでもない。あれだろう」


 木々の間から、陰鬱な雰囲気の夕闇に溶けかけている屋敷が見えていた。


「おっ、あれか、超怖いのお」


「雰囲気は悪いな、お化け屋敷だ」


「何じゃ、お化け屋敷って」


「いや、そういうアトラクションだ。娯楽施設。元の世界にはあったんだ」


 くだらないことを喋りながら屋敷に近づく。


「妾は剣に戻った方がいいかのお」


「いや、いた方がいいな。剣を持った男一人を泊めるよりも、お前みたいなあどけない少女がいた方が話が通り易いだろうからな」


「うむむ、そうか。確かにのお。主様は前髪で目が隠れていて胡散臭いしのお」


「ほっとけ。これは、相手に目線を読まれないためだ」


 古い木製の扉を、朽木刃がノックした。重く沈んだ音がする。


 しばらくして、軋む音と共に扉がゆっくりとわずかに開く。そうして、その隙間から青年が顔を出した。

 歳の頃は二十二、三と言ったところか。線の細い、暗い目をした青年だった。


「はい?」


「突然申し訳ない。実は、一晩宿を貸してもらいたいんだ。もう日が沈むし、俺一人ならともかく、連れがいるのでな」


 そう言って朽木刃がレフティアに目をやると、つられたように青年も目を向ける。


 真っ白いワンピースという明らかに状況にそぐわない服装に明らかに不審の目をするが、青年はすぐに朽木刃に目を戻す。


「申し訳ありませんが、うちは……」


「実は、この道の先の村にいる村人に紹介されてね」


「紹介?」


 ぴくり、と青年の瞼が痙攣する。


「ああ、ええと、確か、東の婆の紹介だと言えば泊めてくれる、と言われたんだが」


「そうですか」


 青年は目を細め、朽木刃とレフティアの姿を警戒するように睨みつけてから、


「それでは、どうぞお入りください」


 と扉を開けた。





 屋敷の内装は外観の印象と同じく、立派ではあるが古びていた。


「一階の隅に、ほとんど使っていない客室があります。ベッドは一応二つありますが、同じ部屋でよろしいですか?」


「ああ、全然構わない」


 剣に戻せるレフティアについては、ベッドはなくて構わないくらいだ。


「すいませんが、夕食などを出すことはできません。部屋の中でそちらで食べていただいてもよろしいですか」


「もちろん。そこまでずうずうしくない。ベッドを貸してもらえるだけでもありがたいよ」


「スープくらいなら、あとで部屋に運びますから」


「のうのう、主様」


 背伸びをして朽木刃の耳に精一杯口を近づけたレフティアが囁く。


「ん?」


「夕食を一緒に食べる展開にならなくてよかったが、もしも後で誘われても断ってくれよ」


「どうして?」


「妾の分を出されても食べれんからのお」


「ああ、そうか」


 そこで朽木刃は改めてこの少女の姿が幻のようなものだと気が付く。


「じゃあ、俺達は部屋に」


 朽木刃がそう言って部屋に引っ込もうとしたところで、


「お客様?」


 かすれ声と共に、階段の軋む音が聞こえた。

 青年の顔が、びくりと固まる。


「さ、サリー、寝ていなさい」


 目を泳がせながら、階段を降りてくる人間に青年が声をかける。その動揺が見て取れる。


「お兄様、お客様なんでしょう?」


 消え入るような声でそう言った少女が、姿を表す。


 灰色の粗末なローブに全身包んだ、やせ細った少女だ。ローブをすっぽりと被っていて顔と手くらいしか見えないが、それでもこけた顔と手指の細さから異様なくらいに痩せていることは分かる。明らかに健康ではない。


「調子がいいの。お客様がいるなら、一緒に食事にしましょう、お兄様」


「い、いや」


「いいですよね、お客様」


 顔がこけているためか、異様に大きく見える目をサリーと呼ばれた少女は朽木刃に向ける。


「もちろん」


 朽木刃は即答して、目を細める。


「ちょっと主様」


 自分の忠告を無視した朽木刃に文句を言おうとその横顔を伺っていたレフティアは、何かうすら寒いものを感じて言葉を止めて身を強張らせた。

 彼女にとって、未だに自らの遣い手である朽木刃のことはよく分からない。だが、ときおり見せる底知れない冷たさのようなものは感じていた。冷酷というのとも違う、単にリアリストなのとも違う、乾いた冷たさ。

 その冷たさを、目を細めた横顔に見たのだ。


「心配しないでください。私は病ではありませんから。生まれつき、体が弱いのです」


 だから一緒に食事をすることで病が伝染ることはない、と言いたいのか、サリーがそんなことを言う。


「しかし、うちには何も……」


 なおも渋る兄を、


「いいじゃない、パンとスープだけなら、余るくらいあるんだから、それをお客様と一緒に食べましょう。あの広い食卓に二人は、やっぱり寂しいわ」


「ああ、干し肉か何かでよかったら、旅に出る時に準備したものがまだ余っているんだ。よかったら、二人もどうだ?」


 畳み掛けるように朽木刃が言うと、


「あら、素敵」


 とサリーがこけた顔に弱弱しい笑みを浮かべる。


「スープに入れたら、きっとおいしいわ」


「ああ、分かった」


 諦めたように言って軽く頭を振る青年の目が、一層暗くなった。そうして、虚ろな穴のような目で、サリーをじっと見た後、料理の準備に取り掛かった。





 妹はサリー、そして兄はイドと名乗った。

 静かな食卓で、四人は名乗り合って、お互いの話をした。干し肉を入れたスープとパンだけの食事をとりながら。


 朽木刃は自分を没落貴族の朽木だと名乗って、家にいても食えないため、士官の旅に出ているのだと説明した。レフティアは自分の主君筋の娘で、仔細あって途中まで一緒に旅をしていると。


「別にこの食事が気に入らないわけじゃなくて、こいつは生まれつき病弱でな、医者に決められたもの以外食べられないんだ、悪いな」


 食事をとらないレフティアを朽木刃はそう説明した。


「まあ、すいません」


 サリーが申し訳なさそうに頭を下げる。


「よけいなことを言ってしまいましたね」


「き、気にするでない。別に食べられずとも、仲よく食事をしている場にいれるだけで楽しいからのお」


 とレフティアは多少声が上擦りながらも何とか誤魔化した。


 朽木刃は、ごく平然とした顔で固いパンをちぎっては、スープにひたして口に放り込む。


 サリーとイドは兄妹で、昔からこの屋敷で暮らしていたと話した。

 父が資産家で、この屋敷を買い取ったらしいが、その父もなく、母もなく、今は二人で屋敷で暮らしているらしい。サリーの体が生まれつき病弱なので、二人とも外に出ることはあまりないそうだ。


「父が残した財産があるので、それでも何とか生きていけます」


 イドがそう言うのを、頷きながら朽木刃はまたパンを口に放り込んだ。


 サリーは朽木刃とレフティアに外の様子を訊いてきた。他の国に行ったことはあるのか、外にはどんなものが流行っているのか、珍しい食べ物はあるのか。


 四苦八苦するレフティアをよそに、朽木刃はそれに対して簡潔に言葉を返す。どれも、サイの国にいた短い期間に実際に体験したり、あるいは本で読んで仕入れた知識をさも自分のこれまでの人生で見聞きしたことのように喋ったものだ。


「へえ、凄い。そうなんですか」


 だが、疑う様子もなく、サリーは朽木刃が何か言う度に感心し、嬉しそうに顔をほころばせた。


 やがて、夕食が終わる。


「今日は、楽しかったです」


 本当に楽しそうにサリーが言って、よろよろと立ち上がる。


「サリー、肩を貸すから、早くベッドに戻るんだ」


 すぐに寄り添うようにイドが歩み寄り、サリーと一緒に階段を上がっていく。その途中で足を止め、朽木刃達を振り返る。


「食器は後で片付けますので、そのままにしておいてください。食事に付き合っていただいて、ありがとうございます」


 暗い目は相変わらずだが、これまでの展開からは妙なことに、そのイドの言葉には本当の感謝が込められているように聞こえた。





 一階の片隅にある部屋は、全体的に時間がこびりついているような古さを別にすれば、部屋の広さも調度品も並みの宿屋よりもいいくらいで、埃や蜘蛛の巣もない。


「妙な兄妹じゃったな」


 だが、部屋に入ってすぐにレフティアが口にしたのは、部屋の感想ではなかった。


「まあ、そうだな。妙とは、言えるかもな」


 歯切れ悪く朽木刃は答え、ベッドに腰掛ける。古いがしっかりとしたつくりのベッドは、ぎしりと一度だけ軋んだ後は無音で支え続ける。


「主様、何かあるのか?」


「いや」


 頭を振って、


「妹さんの身体、大変そうだな」


 と呟いた。


「んむ? ああ、そうじゃな。わしなら、この屋敷を売り払って町に引っ越すがのお。そっちの方が便利じゃろうし、薬代にもなろ?」


「だな、本当に、そうすればいいのにな」


 言葉少なに朽木刃は答える。


「それより、お前の分のベッドは意味がないな」


「まあの、妾は寝んからの」


「剣に戻るか?」


「じゃのお。妾が剣に戻っておった方が、妾の性能もアップするしの」


「何だそれ?」


「いや、どうも、妾が剣に戻っていたら主様の自己再生能力と剣の対魔術能力が向上するみたいなんじゃ。ジュガンとの戦いで気づいたんじゃがの」


「そういうのは、なるべく早めに言ってくれ、死活問題だから」


 文句を言いながら、朽木刃はベッドに横になる。


「んじゃが、やっぱり中にずっとおったら暇でのお。もうちょっと喋ってくれんかの」


「喋るって、何をだ」


 既に朽木刃は目を閉じている。


「そうじゃなあ、主様の家族の話の続きはどうじゃ?」


「父親の話か。野蛮で頭の切れる人間だ。俺にとっても、未だ恐怖の対象。それじゃまだ説明不足か?」


「それだけじゃあ、よく分からん。主様を愛していなかったということか?」


「愛か」


 呟いて、朽木刃はしばらく黙る。目を閉じたままなので、レフティアがもう寝たのかと思い始めた頃、また口を開いて、


「愛してはいるんだろうと思う。ただ、何というか、数値にしている感じがするな」


「数値?」


「俺への愛は百、だから、百以上の数値を持つもののためには、何のためらいもなく犠牲にするだろうな。金にしろ女にしろ地位にしろ。そういう意味では過剰にドライだ。普通、家族への感情なんて、簡単に数値にできるものじゃないだろ。だが、あの男はしてしまう。だから野蛮なんだ」


 それきり、朽木刃は黙り、


「主様?」


 どうやら、本当に寝てしまったようなので、レフティアも剣に戻った。

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