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小さな村

「じゃあ、主様の両親はどんな人間じゃ?」


 サイの国を抜けて、朽木刃とレフティアは道なき道を進みながらガの国に到達した。といっても、当人にその認識はない。国境線が引いてあるわけでもないので、「そろそろサイは抜けたかな」と何となく思っているだけだ。


 長い金髪に純白のワンピース姿、裸足の少女であるレフティアが森の中を突き進んでいる光景は異常以外の何物でもないが、彼女の本体が聖剣である以上、少女の姿は幻、草も木の根も彼女の白い肌を傷つけることはできない。


 せっかく二人いるのだから無言で歩くはずもなく、会話しながら歩いていたのだが、レフティアが記憶を失っているため、結局ほとんどがレフティアから朽木刃への一方的な質問になっていた。


「母親は知らない。俺は片親だ。父親は、何というか、反社会的勢力の構成員だ。分かるか、意味?」


「盗賊ギルドとか暗殺ギルドとか、そういうことかのお?」


「ああ、いいね、近い。というか、この世界にもやっぱりそういうのがあるのか?」


「んむ、まあ、盗賊団とかはあるし、そういう闇のギルドもある、と、思うんじゃが」


「はっきりしないな」


「記憶がないからのお。常識としてそういう組織があるとは何となく分かるが、その常識も今の時代の常識かどうかは分からん」


 ふわふわと月面でスキップしているようにレフティアの足取りは軽やかだ。


「それで、父君はどんなお人じゃ?」


「何というか、怖い人だよ」


「怖い?」


 きょとんとレフティアが目を丸くする。


「ああ、実の父親だが、怖かったな。案外、父親に殺されないために剣術を始めたというところが無意識にあるかもしれない」


「そんな乱暴なお人じゃったのか?」


「酷いもんだ、粗野で、乱暴で、冷酷で、そして頭が切れた。知恵のついた、腹を減らした獣だよ。思えば、子どもの頃に死ななかったのが不思議なくらいだ」


 言っているうちに、森を抜ける。


「お、あれ」


 朽木刃の目が向かったのは、小さな小屋がいくつか立っているだけの、小規模な村だった。


「おお、ようやく村じゃの」


「ああ、けど、小さな村だな。泊めてもらえるかな?」


「金あるから大丈夫じゃろ」


「だな。金で解決だ」


 腰袋を叩いてから、朽木刃とレフティアはその村に向かって行った。





 小さな村にありがちな排他的な空気に苦戦しながらも、朽木刃とレフティアは村をまわった。

 一応、朽木刃は自分の身分を没落貴族、という風に設定していた。口調もそのようにしてみた。そうすれば、世間知らずでも見逃されるかもしれないと思ってのことだった。

 もちろん、自分から設定を話すつもりはなく、聞かれれば答えるくらいの考えだ。さすがに、正直に別の世界から来たといちいち出会う人間全てに説明する気にはなれない。


「お前を聖剣に戻すべきだったな。俺は旅人でいいとしても、明らかにお前はおかしいもんな」


 村人の疑惑の視線を浴びながら、朽木刃は今更ながらの後悔をする。


「金ならある、と見せたら一発なんじゃないかのお」


 これまで村人に宿を頼む時に、朽木刃は自分が大金を持っていることを一切匂わせなかった。

 レフティアはそれを不思議がる。


「襲われたらどうするんだよ」


 さらり、とドライな言葉を返す。


 大金欲しさに村が旅人狩りをするかもしれない。

 朽木刃はそれを警戒していた。


「返り討ちにできるじゃろ。現に、ここに来るまでに森であった狼くらいなら返り討ちにしておったじゃないか」


「狼と人間は違う。それに、襲われる危険を少しでも減らすように気を遣うのは当然の話だ」


 こそこそとそんな話をしながらも、朽木刃とレフティアは宿を頼んで回る。


「悪いが、ベッドがないんだ」


「うちは、人を泊めたりはしないんでね」


「よそいっとくれ」


 こんな風に言葉を返してくれるのはまだましで、酷いのになると完全に無視をする村人もいた。


「排他的だろうと覚悟はしていたが、これほどまでとはな」


 村の人間の警戒を隠そうとしない視線を受けることに疲れて、いったん朽木刃とレフティアは村から離れる。


「まだ日が沈むまでは時間がある。もう道を歩いても問題ないだろうから、この村はやめておいてもうちょっと大きな町を探すか」


「それがいいかものお。ああ、でもどっちに言ったら大きな町があるかは教えてもらわんとの」


「だな、サイに戻ることになってもまずい。それくらいは教えてもらおう」


 話が終わって、村に戻ると一番愛想の良かった、というよりマシだった農作業中の恰幅のいい中年の女に近くにある町までの道を訊く。


「ああ、それならここを西に行く道をまっすぐ行けば、夜までには着くからよ」


 素朴な印象の女は、愛想はないが特に邪険にすることもなく答えてくれる。


「そうか、ありがとう」


「いや、すまねえな、村がこんな感じでよ」


「いやいや、怪しい男が来たらこんなもんだよ」


 朽木刃がそう答えると、


「いつもは、ここまででもねえんだけどな」


「うん? いつもは違うのかのお?」


 レフティアが口を出す。


「つい一週間前くらいに、よそ者が一人、村の娘を連れ去っていったんだよ」


「そりゃあ、よそ者への目が厳しくなるはずだな」


 朽木刃は納得する。むしろ、この程度の対応で済んで幸運だったくらいかもしれない。


「もともと、この村がよそ者を嫌うのはそうだったがよ」


 そして、女は暗い目をして自分の耳に手を当てる。


「獣混じりって噂があるもんでな」


 その言葉に、朽木刃とレフティアは思わず顔を合わせる。


 獣混じり。

 この世界で差別されている獣人との混血を表す俗語だ。差別用語と言ってもいい。


 耳が犬のものだったり、牙が生えていたりと、この世界には獣人と呼ばれる獣の特徴を持った人間型の種族が存在する。だが、その個体数は少なく、それゆえに人間からは差別の対象となっている。

 獣人と人間は子をなすことが可能だ。が、もしも獣人と契った人間がいれば、往々にしてその人間はコミュニティから追い出される。それだけではなく、その一族までも穢れたものとして追い出されることが多い。

 獣人側も大抵は同じような目にあって、こうしてその一族と親族は野垂れ死にと背中合わせの暮らしを送ることになる。当然、その二人のせいでそんな目にあっているのだから、一族は彼らを憎む。また人間側と獣人側もお互いを憎む。だから、大抵はお互いに争って全滅する。


 獣混じりとは、獣人と人間の間の子どもだけを指す言葉ではない。そうやってコミュニティーを追い出された人間全て、そしてその子孫までもを包括した言葉であり、そう呼ばれる人間は問答無用で差別の対象となるのだ。獣混じりと呼ばれる人々の中には、遠い祖先が獣人と契ったという信憑性のない昔話だけが原因でそう呼ばれている人々すらいる。


 もっとも、それは昔の話で、今ではそこまでの差別はない。

 この戦乱の世で強制的に吹きつつある新しい風で、そんな古い差別や偏見は消えていきつつある。

 とは言うものの、やはり差別の根は深い。表面上は消えつつあっても、奥底ではまだ差別も偏見も消えていないというのが現状だ。


 これらの情報は、朽木刃が本から知識として手に入れたものだ。

 実際には獣人と会ったこともないし、獣混じりと呼ばれる人々と顔を合わせたこともない。


「そうか、この村は……」


「そうよ、この村はな、獣人と交わって追い出された一族が作った村だと言われてる。あたし達はその子孫だとよ。馬鹿馬鹿しい、何の根拠もないのに」


 吐き捨てるように言いながら、女は鍬を畑に振り下ろす。


「よそ者に厳しいわけだ。むしろ、あんたが俺と喋りすぎなんじゃないか?」


「ふん、あたしはこの村の連中も、いや、この村も嫌いだからね。負け犬根性が染み付いてやがる。さあ、あんたらもこんな胸糞悪い村からはさっさと出ていきな」


「そうするよ、これはお礼だ」


 他の村人に見えないように、朽木刃がこっそりと金貨を一枚渡すと、女は目を白黒させた。


「行くか」


 声をかけて、レフティアと一緒に朽木刃がその場を去ろうとすると、


「ま、待ってくれ」


 鍬を置いて、女が走り寄ってきた。


「ん?」


「あ、あんた、本当にこれをわたしに?」


「ああ、有難かったからな。取っといてくれ」


「あんた達!」


 女が大きな声を出す。


 何事かと朽木刃とレフティアが振り返ると、女は何か迷うように視線を揺らした後、


「その、あんた達はいい人みたいだから、言っとくよ。町に向かう道の途中に、古い屋敷がある」


「はあ、古い屋敷」


 話がどう転ぶのか分からず、朽木刃はおうむ返しに返す。


「町は夜になるまでには着くだろうが、日が暮れ始めたらあの辺りは薄暗くて道がよく分からねえし、化け物も出る。本当ならその屋敷で朝を待つのがいい。屋敷の主人とは、あたしは顔見知りだ。東の婆の紹介だって言えば、泊めてくれるはずだ」


「おっ、助かる情報じゃのお、主様」


「ああ、何から何まですまない」


「いやいや」


 頭を振りながら、中年の女は農作業に戻る。


「さて、じゃあ、今度こそ行くか」


「んむ」


 頷きあって、朽木刃とレフティアはその村を後にした。

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