後始末
びくりびくりと、目鼻口から血を流しながら痙攣するジュガンをしばらく見ていたが、やがてそれが何とかできる程度に回復した朽木刃は剣を拾って立ち上がる。
「大したもんだな。普通、半年は動けないだろうに」
自分の肉体の回復速度に朽木刃が驚くと、
「む、主様の世界ではそうなのか? あの程度のダメージなら、こちらでは回復魔法を使えばここまで早くはないが、二週間程度で立って歩けるようにはなると思うぞ」
「マジかよ、凄いな」
感心しながら、朽木刃は剣を鞘に納める。
「ところで、お前はぼろぼろの俺を助け起こしたりしないのか?」
「は、何を言っておるんじゃ、妾のこの姿は幻みたいなものじゃぞ、本体はその剣なのじゃからのお。妾は何にも触れられないし、逆に何からも触れられぬ」
「あ、そうなのか」
「話してなかったかの」
「全然聞いてない。お前のサポートあてにした作戦組んでなくてよかったよ、ほんと」
立ち上がった朽木刃は木にもたれかかる。
「さて、と」
ほう、と息をついてまだ痙攣しているジュガンを見下ろす。
「死んだの?」
「いや、気を失っているだけだ。目も、おそらく失明はしていない。視力は多少落ちたかもしれないが、何とかなるだろう」
「え?」
その言葉にレフティアは疑問を覚える。
「殺さないの?」
率直かつ物騒なその質問に、朽木刃は痛んだ背中を伸ばしつつ唸る。
「どうするかな、まあ、ライネにはやはり世話になったしな、殺すのも悪いか」
「え?」
「ん?」
朽木刃とレフティアはしばらく無言で見つめ合う。
しばらくして、
「お前、気づいていなかったのか」
と呆れたように朽木刃が口を開いた。
「とりあえず、歩きながら話そう。いつこいつが目を覚ますかも分からない」
そう言って、よろよろと朽木刃は歩き出す。だが、その方向は王城に向かうものではない。
「え、え、どこ行くんじゃ?」
「さあな、王城に行かないことだけは確かだ。ともかく歩くぞ」
歩きながら、ぽつりぽつりと朽木刃は喋り始める。
「今頃、城の方は騒ぎになっているだろう。いや、もう終わったかな」
「どういう意味じゃ?」
「本当に、何も気づいていなかったのか」
少し驚いたように朽木刃は眉を上げて、
「ライネが、本当に俺がジュガンに勝てると確信していたとでも思っているのか?」
「んむ?」
「魔力のない人間は戦力として数えられない。それがこの世界の常識なんだろう? 実際、魔術が使えるかどうかでそれくらいの差はあった。俺がゴブリン退治をしたのだって、魔術が使えない割には凄い、くらいの評価だろう」
「じゃ、じゃあ、ライネは一体?」
「うおっ」
まだ回復しきっていない朽木刃は、草に足をとられて転びかける。
「危ない危ない……で、何の話だったか、ああ、ライネな。レフティア、お前、ライネが言ったようにこの国を腐らせているのはジュガンだと思うか?」
「無論じゃ。酒池肉林の毎日を送っているようじゃからのお」
「その考えは間違っている、多分な。ジュガンは確かに下らん俗人だが、力はあった。あの男でサイはもっている。だろう?」
「それは、まあ、のお」
「ジュガンを排除すれば、その次にはこの国が潰されて終わりだよ。ジュガンはこの国に必要な人材なんだ。いくら、国費を浪費する存在だろうともな」
「それは、そうかもしれないが」
「他の国にいかないレベルでジュガンを国費でもてなしながら、活用する。そういう当然の方針を採れていないことこそが問題だ。じゃあ、その諸悪の根源は何だ?」
「ライドン、か」
侮蔑の色を目に滲ませてレフティアが呟く。
「そうだ、あの王の無能さがサイの国を腐らせていた。そして、それはライネも分かっていた」
「まさか」
はっとレフティアは王城を振り向く。
もう木々の間にかろうじて見える程度の王城は、ここから見る限りは何かが起こっているようには見えない。
「クーデターか」
「むりやり退位させて幽閉でもするんだろうな。ライネのことだ、親衛隊以外にも、自分のシンパを増やす工作くらいはしていたんだろう。きっと、あいつならうまくやる。大した混乱もなくやり遂げるだろうよ」
「信じられん、そんな、野心家には見えなかった。優しい、女だとしか」
「実際優しいんだろう。だからこそ、自分が為政者の座につかざるを得なかった。まあ、民衆からの支持はある。多分、大して国が混乱することもないだろうな」
朽木刃が首を回すと、肩周りがぱきぱきと音を立てる。
「じゃあ、ライネが主様にジュガンの排除を依頼したのは」
「当然、勝てるなんて思ってもいなかったろうな。ただ、ジュガンが聖剣の遣い手である俺を警戒していたのは分かっていた。だから、俺に襲わせればジュガンも俺に集中すると思ったんだろう」
「つまり、囮ということか」
愕然とレフティアが言う。
「ジュガンの目がライドンから離れている隙に王座から引きずりおろす。要するにそういう手だ。ジュガンの話では、あいつからライネに俺の居場所を尋ねたらしいけど、ライネからしてみれば渡りに船だったろうな」
「そんな、あのライネが、妾達を囮に」
余程信じられないのか、レフティアがまだ言っている。
「別にそんな親しくないだろう。知り合って日もない。そんなショックを受けることか?」
歩きながら首を傾げると、ごきりと首がなって朽木刃は顔をしかめる。
「いてて」
「む、う。しかし、そんな、勝てぬと分かっていたということは、主様が返り討ちにあって殺されると予想していたというのか?」
「だろうな」
「冷酷な」
「いいんじゃないか? それも為政者の資格だろう」
あっけらかんと朽木刃が言う。
「ライネはおそらく、本当に優しい娘だ。が、それと同時に王の才があった。それも優れたやつがな。それだけの話だ。ライネ自身、もてあましているのかもしれないが、まあそれはあいつの問題だよ」
「主様が前金も要求したのも、それで?」
「うん、だって勝った後も、のこのこライネの前に顔を出す気にはさすがにならないからな。先に金をもらっておかないと、旅に出ることができない」
「旅……」
そこで初めて、朽木刃がサイを出ていくつもりなのだとレフティアは今更ながら気づく。
「主様はジュガンに勝った。その事実があれば、今からサイに戻っても重用されるとは考えられんか?」
「無理だろう」
あっさりと朽木刃は首を振る。
「俺にはジュガンのように一騎当千のまねをすることはできない。せいぜいが暗殺者の真似事くらいのものだろ。一対一の決闘が強い奴を抱えたって、それは国力のプラスにはならない」
「む」
冷静で客観的な朽木刃の分析に、レフティアは黙り込む。
そして、しばらくしてからようやく気持ちに整理がついたのか口を開けると、
「どこへ行くのじゃ?」
「さあ、でも、これくらい金があったらどこでもいけるだろ。お前の希望はあるか?」
少し楽しそうにすら見える顔で、朽木刃は歩き続ける。
「希望は、特にないが……主様」
「ん?」
「そこまで分かっていたなら、どうして前金を受け取った後で逃げなかったんじゃ?」
「そりゃあ、勝てるかどうか知りたかったんだよ」
あっさり言ってから、自嘲の笑みを浮かべる。
「病気だな、もう。俺もジュガンも本質的には同じ、下らない男だよ。個人的な、小さな欲に振り回される俗人だ」
「それじゃあ、なぜジュガンにとどめを刺さぬのじゃ?」
「あいつを殺したらサイの国力が落ちる、というよりライネを持ってしても滅亡は確定だろうからな。一応、ライネには恩がある。駒として俺達を使い捨てようとしたとはいえ、だ」
「のお、主様」
どうしても不思議になって、レフティアはとことこと朽木刃に近づいて顔を覗き込むようにして、
「ライネが、憎くはないのか?」
その質問に、これまでずっと歩き続けていた朽木刃がぴたりと足を止めた。
「憎い、か」
自分自身に問いかけるように呟いて、
「どうだろうな。憎くはない、気がする。俺は強いものが好きだ。だから剣術なんかやっている」
不意に、遠くを見る目をする。
「だから、強い奴は好きなんだ。だから、憎いというより憧れているのかもしれない。器も、才能も、精神力も、とても敵いそうにないからな」
「あのライネが、か?」
納得できないように問い返すレフティアに、
「感じなかったのか? あいつは獅子だ。俺やジュガンのような弱い生き物とは、ものが違うんだよ」
賞賛する口ぶりでそう言うと、朽木刃はまた歩き出す。
「あっ、ちょっと、主様、待つのじゃ」
置いて行かれる形になったレフティアが慌てて追う。
「何なら、剣に戻っていればどうだ?」
「ずっと鞘の中にある剣に宿っても面白くないじゃろ」
「ふうん、そういう人並みの感性はあるんだな」
「失敬な、妾を何だと思ってるんじゃ」
「いや、未だによく分かってないけど」
言い合いながら朽木刃とレフティアはサイを離れていく。
完全にサイを抜ける直前、最後に一度だけ、眩しいものを見るかのような目をして朽木刃が振り返って霞んでほとんど見えない王城を見る。
そして、また顔を前に戻すと、それ以降は一切振り返ることも足を止めることもなかった。




