第九十七話 ハートのカレーが嵐を呼ぶ
第九十七話 ハートのカレーが嵐を呼ぶ
俺は勉強をしたいだけなのに、どうも上手くいかない。
これから勉強開始と言うところで、まゆと弥生が訪ねてきた。当然、それを快く思わない陽菜と、玄関先で睨み合うことになった。
陽菜とまゆは向かい合ったまま、互いに無言だ。空気が重い。
「どうすんだよ……」
この状況をもたらした最大の原因ともいうべき早智に問いかけてみた。もっとも、マシな答えが返ってくるとは思っていない。
「え~と、三人共、優司にぞっこんなんだよね? それなら、みんなまとめて愛してやる~って言い放って……、無理か。ごめん」
などと、何の解決にもならないことを言いだした。そんなことを言った日には陽菜の怒りを買って、美咲家の総力をもって、俺は潰されるだろう。考えただけでも、全くもって洒落にならない。
「わ、私のせいじゃないよね……」
妹会長も怯えている。怯えているくらいなんだから、自分の立場と言うものに薄々感づいている筈だが。「お前のせいじゃない」と言うセリフを期待しているというのなら、甘いの一言だ。
「さっきまでは無関係だった。だが、肉に釣られて、あの二人を上げてしまった時点で、お前も共犯者だよ」
「えええ~~!!」
今頃気付いたのか。肉くらいで周りが見えなくなり過ぎだ。
陽菜の説教を恐れる妹会長を見ていると、やるせない気分になってきたので、あとで一緒に謝ってやると言っておいた。俺が援護にまわったくらいで、事態が変わるとも思えないが、妹会長は救いの神が現れたような目で、俺を見た。あまり期待されても困るんだけどな。
硬直したまま動かない事態を見かねて、七海が陽菜に話しかけた。
「ねえ、陽菜。面白くないのは分かるけど、もう上げちゃった後でしょ。今更帰れって言っても、帰らないわよ、その二人」
「テコでも動きません」
まゆの背中に隠れながら、弥生が言い放ったが、動かないとなると、リビングにも行けないことになるぞ。それでいいのか? 何てな。何があっても帰らないって意味だよな。
「そいつがしっかりすればいいだけでしょ。信用は出来ないけど」
そう言って、七海がじろりと俺を見た。普通なら「俺のことを信用しろよ!」と叫ぶところだが、今までのこともあるので苦笑いしか出来ない。
陽菜の方も、ここでいくら踏ん張ったところで、埒が明かないことを悟ったらしい。
「仕方ないわね……」
渋々ではあるが、陽菜もまゆと弥生を家に上げることに同意した。
「ただし!」
目をカッと見開くと、これだけは譲れないという強い口調で、まゆと弥生に宣言した。
「先に言っておくけど、優司くんの隣は私が座るから!」
「俺も陽菜の隣が良いな」と付け加えておいた。これで「何よ。せっかく来てあげたのに。やっぱり美咲さんのことが好きなのね! 私、帰る!」とか言って走り去ってくれたら、言うことなしだったが、二人はそのまま家に入ってきた。帰るつもりはないのか……。
陽菜の独断により、陽菜と七海の間に強引に座らされた。俺は勉強さえ出来れば文句ないので、素直に従った。
「じゃあ、私はカレーを作るから、みなさんは勉強に励んでよ」
「あ、こいつ逃げたな」と、直感で分かった。重苦しい空気の中にいるのがいたたまれずに逃げたな。
一人だけキッチンに去ろうとする早智を追って、まゆも立ち上がる。てっきり意地でもこの場に居続けると思っていたので、意外だ。
「鹿内さんだけじゃ大変でしょ。それに、鹿内さんだって勉強しなきゃいけないんだし、さっさと終わるように、私も手伝うよ」
「それは駄目だ!」
まゆの壊滅的な料理の腕を思い出した俺が、声を荒げて制した。危うく忘れるところだった。こいつの料理のせいでひどい目に遭ったことがあることを。
「え~、いいじゃない。せっかく手伝うって言ってくれているんだから」
早智は不機嫌そうに唇をすぼめて、俺を非難した。素早く、早智との距離を詰めると、まゆの料理の腕がいかにひどいものかを耳打ちした。早智は尚も、半信半疑で、「優司ったら、大袈裟ね」とか言っていたが、渋々ながらも一人でやることに同意してくれた。
「残念! 久しぶりに優司くんに手料理を振る舞いたかったのにな」
申し出を断ると、まゆはしきりに残念がっていたが、以前目の当たりにした紫色のカレーの再来を防げたので、俺は失礼ながらもホッとした。
残念がるまゆに、七海が毒舌で皮肉を言った。
「鹿内さんの目を盗んで、睡眠薬でも入れる気じゃないでしょうね? それで寝ている間を狙って、いろいろ好き放題する気とか」
「まさか~、そんなことしないよ♪」
笑って否定しつつも、舌打ちしたような気がしたが、きっと気のせいだ。まゆならやりかねないとか、考えてはいけない。
ともかく、紫の脅威が去ったことに改めてホッとしていると、続いて弥生が立ちあがった。
「じゃあ、私が手伝います。それなら文句ないですよね」
弥生の料理の腕は確かそんな悪くなかった筈だ。以前、手作りのクッキーを食べさせてもらったが、そこそこうまかったのを覚えている。
弥生はそんな策略を巡らすタイプではなかったので、気を揉むこともないだろう。早智も手伝ってもらいたそうにしているので、一緒にキッチンに立つのを、何も言わずに見送った。
さて、始まる前にごたごたしてしまったが、ようやく勉強を開始した。そうだ。テスト本番までは時間がない。他の事に気を取られている時間など本来ないのだ。
時計を見ると、帰宅してから早くも二時間経っている。過ぎ去った時間を悔やみつつ、教科書に目をやった。
本当は問題集も解いた方が良いんだろうけど、時間がないので、とにかく暗記のみに全神経を集中させた。
俺が苦戦する様子を見ていたまゆが声をかけてきた(まゆ本人はとっくに勉強が終わっているらしく、そんなに根気をかたむけて勉強せず、ずっと俺の様子を見ていた)。
「えへへ~! 勉強を教えてあげようか?」
勉強のできるまゆに教えてもらえる。本当はのどから手が出るほど、教えてもらいたかったが、陽菜の手前、断る。そうでなくても、見返りに何を要求してくるのか、分かったものではない。
「代わりに私に教えてほしいな」
七海が代わりに教えてほしいとまゆに頼み込んだ。頼まれた以上、まゆも断れず、教えることになり、七海の隣に座り直した。その際、七海が俺に陽菜と一緒に勉強しろと目で合図を送ってきたが、俺は教科書を熟読するだけなので、一人でやった方がはかどるんだけどな。
勉強を始めてから、二時間くらいした頃だろうか。早智がキッチンから顔を出した。勉強の邪魔をしてはいけないとの配慮なのか、こいつにしては珍しく、空気を読んで、そ~っと話しかけてきていた。
「……カレー出来たよ」
そろそろ集中力が切れてくる頃だったので、夕食にしようということになった。ご飯とカレーは、早智と弥生が装ってくれたので、俺は何もすることがなかった。まゆが福神漬けを渡してきてくれたので、ありがたく頂戴することにした。
「これって、持ってきてくれたお肉だよな」
カレーに入っている肉を見ながら、早智に聞いてみた。「そうだよ」と言う返事が来た。早智が買ってきた肉は冷凍庫に入れているから、好きに食えとの事だった。
妹会長は大はしゃぎだったが、「あのレベルの肉って、陽菜の家でいつも食べているんじゃないのか?」と陽菜に質問してみた。家が金持ちなので、食い飽きていても変ではない。
「ええ……、でも、あの子、肉に目がないから」
陽菜は肉くらいで目の色を変えることはないが、妹会長はいくら食べても飽きないらしい。肉食系なのかと聞くと、「舌がお子様なだけ」と、厳しい返事が来た。
そんな話で盛り上がっていると、弥生が俺の分のカレーを渡してきた。
「はい、これは優司くんの分」
「ああ、ありがとうって……」
礼を言いながら受け取ると、俺のカレーだけ、ご飯がハート型に盛られていた。ご飯だけではない。野菜と肉もハートの形にカットされている。
「……これは何の真似?」
なるべく平静を装って聞いてみたが、弥生は悪びれることもなく、こう言ってのけた。
「私の気持ちを形にしました」
弥生も積極的に攻めてきているな。でも、こちらは隣に彼女がいる身なのだ。そこら辺をもっと考慮して欲しい。
最近、本を読む時間が減ってきている気がします。ここで愚痴っても仕方がないことなんですが、プロの作家さんの書いた本を読むのは、自分の文章力を上げることにもつながると思っていますので、どうにか読む時間を作って読みたいところです。




