第八話 デートへのお誘いと怖いお兄さんたちとの遭遇
今日で東日本大震災から2年経つんですね。犠牲者の方々のご冥福を祈るばかりです。
第八話 デートへのお誘いと怖いお兄さんたちとの遭遇
ある日の昼休み、中庭で陽菜と弁当を食べていると、思いついたように陽菜が口を開いた。
「ねえ。今度の日曜日、何か予定はある?」
ないと答えたら、遊園地に行こうと言い出した。要はデートのお誘いだ。
「ずいぶん唐突だな」
「そんなことないよ。私たち、恋人同士でしょ。恋人は休日には仲睦まじく愛を語らうものなのよ。それなのに」
そんなものなのか。俺は休日に一人で過ごす方が好きなんだが。陽菜とは恋愛観が多少違うみたいだ。
しかし、デートに行きたいのなら、遊園地を指定しなくてもいいのに。遊園地が嫌いなわけではない。悪くはないけど、先立つものがな……。入場用だけでも、高校生の財布にはかなりの負担だ。おまけに、俺はバイトをしていないので、財布はそんなに重くなかった。
金銭的なことで頭を悩ませていると、陽菜は満面の笑みでチケットを2枚、俺の前に差し出してきた。
「実はね。私の家が経営している遊園地のチケットを、お父さんにねだってもらったの」
チケットと陽菜の顔を交互に見る。唖然としないように、澄ました顔を取り繕うのに苦労した。
ちなみに、陽菜の優しいお父さんには、俺のことは話しているのだろうか。もし知っていれば、あまり好かれないだろう。娘の彼氏はいつの時代も嫌われるものだからなあ。遊園地を経営するほどの財力を持った人間を敵に回したくないので、黙っていてくれれば助かる。
「ねえ! 行くよね」
陽菜が顔をさらに近づけてきた。ていうか、近すぎる。もう少し顔を前に出したら、互いの唇同士がくっつきそうな距離だ。
「分かった。今度の日曜に遊園地に行こう」
「嬉しい! 約束よ」
半ば陽菜の気迫に押される形で遊園地行きを承諾してしまった。自分は将来、嫁の尻に敷かれるタイプだということを自覚しつつ、陽菜に合わせてぎこちないながらも、笑みを作って笑った。
「うはあ! 遊園地を経営しているなんて、さすがお嬢様。ぶっとんだ一族って実在するのね。漫画みたい」
遊園地デートの件で、昼休みに学食にて早智に相談したら、変なところで感心されてしまった。もちろん、ホイケルには内緒だ。デートすることになったと伝えようものなら、刺殺されかねない。何たって首を絞められているからね。
「陽菜がチケットを持っていてホッとしたよ。入場券だけで、俺の財布がどれだけ軽くなることやら……」
「もう! あんな美人と付き合っているのよ。お金なんて、借金して工面すればいいじゃない」
「馬鹿を言え」
デートの度に借金をしていたら、たちまち借金地獄だ。返す当てだって、平凡なニート男子高校生にはない。
「よく漫画やラノベでさ。高校生の主人公たちが、バイトもしていないのに、頻繁に下校時にファミレスに寄ったり、海やら遊園地やらに遊びに行ったりと、やたら金の使い方が荒いけどさ。あいつら、いくら小遣い貰っているんだろうな。毎月五千円の俺としては疑問なんだよ」
「そこはフィクションなんだから、突っ込んじゃ駄目よ。いろいろと大人の事情が含まれているの」
関係者でもないのに、知ったふうな顔で早智が解説した。
「あ~、金が欲しい。お前がバイトしている店で俺を雇ってくれない? 自給二千円でいいからさ」
「寝言は寝て言うものよ」
半分冗談で言ってみたが、早智に真顔で断られた。普段はいい加減だが、金が関わると、途端にシビアになる。俺の冗談にも厳しい。
付き合い始めて分かったことだが、家が金持ちのせいか、陽菜は頭のネジが緩んでいる節がある。特に金銭面に関してはかなり緩い。そのため、俺の経済状況とか、あまり察してくれない。
「金がそんなに欲しいなら、ホイケルに相談すれば? 遊園地デートを最後に美咲さんと別れると言えば、百万だって貸してくれるかもよ?」
「お前、時々性格が最悪になるな」
「そうかしら?」
何がそんなにおかしいのか、早智はケラケラ笑った。
「参考として聞くけど、お前は彼氏とデートに行くとしたら、どこに行く?」
「断然アキバ!」
時間の無駄だった。でも、電脳オタクのこいつらしい。実際、遊園地でマスコットのネズミと戯れているより、秋葉原でメイドに恰好をして呼び込みをしている方がしっくり来るやつだからな。
「お前と付き合う奴が羨ましいよ。全然金がかからなくて楽そうだ」
「はっはっは! そんなことはないよ。私の彼氏になったラッキーな男には、私がバイトをしている店の商品をデートの際に、おだてて買いまくってもらうわ。店の売り上げも上がるし、私の給料(歩合制)も上がるし、みんなハッピーよ」
「彼氏と言う名のカモじゃないか!」
「ふふふ! 早智さん、ぼろ儲けです」
商魂たくましい女だ。金に汚くなって彼氏に逃げられるのが先か、金を巻き上げるだけ巻き上げて彼氏を捨てるのが先か。どっちにせよ、こいつに人並みの幸せは訪れそうな気がしない。
そして、時間は瞬く間に流れて、日曜になった。
本当は休日の朝なので、もっと寝ていたかったが、約束があるので仕方がない。こう見えて約束事だけはしっかり守る人間で通しているのだ。
まだ眠たい頭をかきながら、床に脱ぎ散らかした衣類の中から、汚れの少ないものを選んで着る。めかしこむまでもないだろう。
今日も無人のリビングをまたいでキッチンに移動して、俺一人分の料理を作り始める。
空腹を感じない程度の量の料理を作って食べた。うん、我ながらたいしておいしくもない味だ。お代わりする気もおきない。
熱いだけが取り柄のまずいコーヒーを飲んで、眠気がだいぶ覚めたところで、出発することにした。
すれ違う通行人をぼんやりと見ながら、街中を歩く。時々、携帯をいじりながら歩いている人間とすれ違う。
もっと陽菜と深い仲になったら、ことある毎にメールのやり取りをすることになるのかな。
メールをするのは構わないが、陽菜が喜びそうな話題など俺にはない。一年中ハイテンションな隣人や、自室でのダラけた生活を聞いても、面白くないだろう。
むう……。適当なことを考えているうちに、待ち合わせ場所のすぐ近くまで来た。時計を見ると、まだ約束の時間まで余裕があった。遅刻はしなかったな。
待ち合わせ場所に着くと、陽菜がもう立っていた。
「お待たせ」と声をかけようとしたところで、気になる連中が目に入った。
気のせいだろうか。陽菜の周りに強面でスーツ姿のお兄さんが何人か立っている。誰? あの人たち。どこから見ても住む世界の違う人たちなんだけど。
ちょうどチャラ男がいやらしい目つきで陽菜に近づいてきた。ずっと陽菜の胸元を見ていることから考えて、目的は体目的のナンパだろう。
強面のお兄さんの一人がチャラ男の前に立ち塞がった。ほとんど瞬間移動だ。動きが俊敏過ぎで目で追えなかった。突然視界にごついお兄さんが乱入してきたことで、ビビるチャラ男の襟首を掴み、どこかに連れていった。チャラ男は何かを必死に訴えていたが、お兄さんは解放しようとはしなかった。
陽菜は一連の出来事に全く気付かず、呑気に俺を待ち続けている。
「…………」
うわあ。声をかけづらい。声をかけようとしても、陽菜が気づく前に、お兄さんたちに連行されそうだ。どうしよう。陽菜に気づいてもらえるように、絶叫しながら近づいていくか。……駄目だ。今度はおまわりさんに連行されてしまう。どちらにせよ、デートどころじゃなくなる。
俺は右手を胸の前に出した姿勢のまま、固まった。何も知らない人が見たら、かなり奇妙に映ったことだろう。
「あ! 優司君」
幸いなことに陽菜が俺に気づいて手を振ってきた。それと同時にお兄さんたちの鋭い視線が俺に集中した。殺気がこもっている気もするが、気のせいで済ませてしまおう。深く考えたくない。
「お待たせ……」
遅れてきたのだから、もっと気の利いたセリフを言うべきなんだろうが、一言絞り出すのがやっとだった。陽菜は俺に近寄ってくると、にっこり笑った。
「待った?」
「全然! 私も今来たところだから」
定番のセリフだ。きっとかなり待ったのだろう。
「それで。え~と……」
言いにくいけど、傍らのお兄さんたちの説明もしてほしかった。さっきのチャラ男の一件を見ると、陽菜が危険な目に遭わないようにつけられたボディガードというのが俺の予想だ。
「ああ、彼らね。はい! あなたたちはもう帰っていいわよ。私はこれからデートなんだから、お邪魔虫は去った、去った」
陽菜が厳しい口調で言うと、お兄さんたちは特に反論も嫌な顔もしないで、その場を後にしていった。まるでロボットだ。……陽菜の家は相当な金持ちらしいから、本当にロボットをボディガードにしていても不思議はない。
「……今の人たちは?」
陽菜がお兄さんたちの説明をしてくれないので、しつこいとは思いつつも、もう一度だけ聞いてみた。
「私のボディガードよ。お母さんに今日のデートのことを話したら、変なのに引っかからないようにって付けてくれたの。大げさだよね」
父親が娘可愛さにボディガードを付ける話は漫画でよく見るが、母親だったとは。まあ、陽菜を見ていると、無理もないか。さっきもチャラ男にナンパされるところだったし、陽菜の性格なら付いていきかねないし。
「万が一のことがないようにって、気を遣っているんじゃない? 陽菜ってかわいいから」
「もう! おだてても何も出ないよ。子供のころ、誘拐されそうになったことが何度かあって、それ以来過保護になっちゃったの」
壮絶な過去をさらっとカミングアウトした。やっぱり金持ちの娘は誘拐される危険と隣り合わせの日々を送っているのか。
「そんな話より、今日の私、どこか違うと思わない?」
ボディガードの話はもういいと言った感じで、陽菜は話題をやや強引に変えてきた。
言われなくても気づいているよ。髪型が微妙に変わっている。美容室に行ったのかな? 微妙に短く、かつセットされている。そんでもって微妙に髪の色が……。いや、髪の色は変わっていないか。
気づいたことをすべて述べると、陽菜は不満そうに眉間にしわを寄せた。
「それだけ?」
「へ?」
「気づいたのはそれだけ?」
やばい。怒っている。必死になって昨日までの陽菜との間違い探しを再度行ったが、分からない。
俺が無言でいると、陽菜は小声でぼそぼそ呟きだした。
「…もう! お母さんと一緒に三時間も悩んで着てくる洋服を決めたのに! デートの後、盛り上がって、ホテルに直行することになっても大丈夫なように、勝負下着も念入りに選んだのに。みんな優司君のためにしてきたことなのに……」
俺に聞こえないように話しているつもりなのだろうが、陽菜の声はよく通るので、丸聞こえだ。床に落ちていた衣服を適当に着てきただけの身としては、耳の痛くなる話だ。陽菜は付き合う男を間違えているとつくづく思った。あと、公共の場で、勝負下着と言う単語は慎もうか。
ふと、何者かから殺気を放たれているのを感じ取った。陽菜と交際するようになって以来、すっかり殺気や視線に敏感になっていた。陽菜に気づかれないように、辺りを見回すと、遠くの方に去ったはずのボディガードのお兄さんたちが立っているのを発見した。茂みの裏からこっちを見ている。隠れているつもりなのか? 却って目立ってしまっている。異様な存在の出現に、普段なら人とぶつかっても気にしないような通行人たちでさえも顔色を変えて避けて歩いている。お兄さんの一人が俺をちらちら見ながら、どこかに電話しているのが特に怖かった。
「じゃあ、行こうか♪」
機嫌の直った陽菜が、俺の右腕にしがみついてきた。どうしよう。陽菜に打ち明けて、再度追い払ってもらおうか。……たぶん、何度追い払ってもらっても、諦めずに尾行してくると思うけど。
少し悩んだが、観念してお兄さんたちは無視することにした。下手に刺激しても、後が怖い。俺からは何のアクションもしないように心掛けよう。
そうだ! あのお兄さんたちは妖精の一種で、見た目は怖いけど、人には危害を加えないんだ。きっとそうに違いない。……などと、無理に納得しなければ、デートを続行できそうにもない。……俺は生きて家に帰れるのだろうか?
出発に際して、ふと疑問に思ったことを聞いてみることにした。
「ねえ、陽菜ってさ。生まれてからナンパされたこととかある?」
「全然ないよ。私、モテないから」
王泉ランキングとやらで、総合一位を取るほどの人気を保っている陽菜がモテないはずがない。
陽菜がナンパされないのは、ボディガードのお兄さんたちが絡んでいるというのは明らかだが、本人には黙っておこう。
背後から感じる殺気のせいで、二人きりの甘い空間とは無縁の、修羅場を意識していた。対照的に陽菜には笑顔を絶やさず、俺たちは遊園地に向けて歩き出した。




