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岩見優司のリア充(?)な日常  作者: 霧島こう
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第六十五話 魔法少女の秘密の力が、幼馴染みとの間にフラグを立てた

第六十五話 魔法少女の秘密の力が、幼馴染みとの間にフラグを立てた


 絵のモデルを始めてから、帰宅するのがすっかり遅くなるようになった。この日も、夜の9時を超えてからの帰宅となった。部活も、バイトもやっていないのに、この時間に帰宅することになろうとは。うちは母親が働いていて、不景気の影響を受けて、帰りの遅い日が多い。モデルを始めてからも、俺の方が早く帰る日が続いているので、母親はまだ最近俺の帰りが遅いことを知らない。おかげで小言を言われなくて済んでいるが、面倒くさいことが増えているのも事実だ。


 基本的に夕食は俺が作ることが多いので、この日の夕食も自分で作らなければならなかったが、重大なことを忘れていた。冷蔵庫の中身が空っぽなのを忘れていたのだ。


「親切な小人が買い出しをしてくれてないかな~。あわよくば、夕食にシチューでも作っていてくれないか~」


 都合の良い願望を口ずさみながら、冷蔵庫を開ける。無論、そんな奇跡が起こる筈もない。目前に広がったのは、牛乳と麦茶しか入っていない、パーフェクトダイエットに成功した冷凍室だった。


 ブブブブブブ…………♪


 腹が鳴ったのかとも思ったが、鳴っているのは携帯電話の方だった。出てみると早智からだった。


「ねえ、今凄い大きなおなかの鳴る音が聞こえたんだけど、ひょっとしてあんた?」


「そんな訳ないだろ。冷やかしなら切るぞ」


 出てみたが、どうでもいい冷やかしだったので、俺は瞬時に目下の大問題に頭を切り替えた。今晩はコンビニ弁当でいいかな。いや、待てよ。まだカップラーメンが戸棚の奥に残っていなかったか? などと、早智からの電話をまだ切っていないのに、夕食のことを考え始めていた。


「ちょ、ちょっと待ちなさいって。用事はあるから、ちゃんと聞きなさいってば!」


「もう聞いたよ。冷やかしだろ」


「それ以外にもあるのよ。いいから私の家に来なさい!」


 冷やかしをしてきたことは暗に認めたわけだ。しかも、用事があるから家に来いことさ。こちらは忙しいのに。まあ、夕食の買い出しのために、どっちみち外には出なきゃいけないので、ついでで立ち寄ってやろう。くだらない用事だったら、すぐにドアを閉めて、コンビニに走ればいいだけだ。


 早智の家に行ってチャイムを鳴らすと、中から魔法少女のコスプレをした早智が出てきた。


「どうだ!」


「……帰るか」


 無駄な時間を費やしたことに心底腹を立てながら、鹿内宅を後にしようと踵を返す。そんな俺の手を、早智が引っ張って押しとどめようとした。


「だ~か~ら~、ちょっと待ちなさいって言っているでしょ。お腹空いているのよね。シチューがあるから食べていきなさいよ!」


「マジか?」


「マジ! お母さんが今朝たくさん作っていってくれたのよ。一人じゃ食べきれないから、おすそ分けしようって思ったのよ!」


 本当にシチューを作っていてくれる存在があった。小人ではないけど。魔法少女には用はないが、飯にはある。


「それを早く言えよ!」


「ふふふ! 分かればいいのよ。それで優司。この格好はどう?」


「すごく似合っているぞ!」


「全然ありがたくない感じないものね。聞いていて空しくなってくるわ。言わせるんじゃなかった……」


 心の籠っていない褒め言葉などモヤモヤするだけだ。そんな簡単なことにようやく気付いた早智を鼻で笑うと、靴を脱いで玄関に上がりながら、コスプレをしている理由を問いただした。


「その服はどうしたんだ?」


「美咲さんに借りたの。コスプレをしている姿を見たら、私も着たくなっちゃって……」


 着たいのだったら、写生会の時に言い出せばいいものを。ドラマー役を熱望していたので、陽菜は泣いて喜ぶ筈だ。


「人前で切る勇気はないかな。美咲さんたちのことをちょっと尊敬しちゃった」


「お前の方が恥ずかしがらずにコスプレするような気がするけどな」


「早智ちゃんにだって羞恥心はあるんです」


 早智は拗ねたように横を向いたが、本当に羞恥心があるのなら、俺に見せびらかしたりしない筈だ。大方、帰る時間になって、急に着たくなったので、陽菜に無理を言って貸してもらったということだろう。


「どうせならメイドの格好をすればいいじゃないか。そして、恭しく今夜の夕食の準備をするんだ。時間的に、そっちの方がピンとくる」


 悪と戦うときのみ力が発揮される魔法少女より、家事全般をこなせるメイドの方が、今の時代は汎用性が高いのだ。


 そういう訳で、メイド服を熱望した訳だが、早智は言葉をつぐんだ。


「あれはねえ……。ちょっと……」


 言葉を濁していたが、大方の察しはつく。メイド服も着てはみたが、体の一部分がかなりゆるゆるだったので、劣等感に駆られて着るのを断念したというところだろう。追及してやるのも面白かったが、武士の情けで何も知らないふりをして、その場は流した。下手に指摘したばかりに怒らせてしまい、ハンマーで家の中を滅茶苦茶にされても困る。


「おばさんは?」


「仕事で遅くなるって」


 うちほどではないが、早智の家も母親の帰りは遅い。


「つまりお前と二人きりと言うことか」


「可愛い私とどう過ごしましょうか? 新婚ごっこはどう? ご飯にする? お風呂にする? それとも、あ・た・し? なんちゃって!」


「布団にする!」


「まさかの全て拒否!? 冷え切った夫婦生活が垣間見えるっ!」


 ぐ~~~~~~!


 ここで二人の腹が仲良く鳴った。コントはいいから、飯の供給を急げと、互いの腹がうるさいので、夕食の準備に取り掛かる。とはいえ、おばさんがほとんどやってくれているので、俺たちがすることと言えば、シチューを温め直すことと、それを皿によそうことくらいだった。


「あ、スプーンを出すのを忘れていたわ」


 食べる段になって、肝心のスプーンがないことに気付いた早智が立ちあがり、キッチンに向かって走り出そうとする。その時、カチリと何かのスイッチが入るような音がした。何の音かと不思議に思ったが、考える間もなく判明した。早智の来ているコスプレの背中部分から白い羽が生えたのだ。


「え? え? わ、わわわ……」


 背中で起こった異変により、バランスが崩されて、早智はよろめいてしまう。そして、その時に運悪く、羽で食卓に並んだ料理を薙ぎ払ってしまったのだ。


 ガシャ~ンと音を立てて、陶器製の皿が粉々に割れてしまう。


「あ~あ、おばさん、怒るぞ」


「こんな仕掛けがあるなんて知らなかったんだから仕方ないでしょ」


 転んだときに尻を打ったのが、しきりにさすっている。


「明日返さなきゃいけないのに、汚しちゃった……」


 早智はこぼれたシチューをもろに浴びて、魔法少女のコスチュームと一緒に黄色いクリームまみれになってしまっていた。何となく餡かけ炒飯を連想したのは秘密にしておこう。だが、茶化すのは忘れない。


「水も滴る良い女ならぬ、シチューも滴る可憐な女とでも言おうか!」


「面白くね~ぞ!」


 俺のボケに痛烈なツッコミを返すと、早智は羽を睨んだ。


「もう! 本当に何なのよ、これは」


 災厄の原因ともなった、背中から生えた羽を見て、悔しそうに呟く。借り物のため、引きちぎることが出来ないことが、より一層怒りを強める一因になっていた。


「最近ヒーロー物とかで流行っている最強フォームってやつじゃないのか?」


「敵もいないのに、そんなフォームは必要ないわよ」


 早智にとっては、今生えている羽の方が敵に見えているに違いない。しかも、倒すことの出来ない最高にムカつく敵。


「慣れない服を着るものじゃないわね。着替えて来るわ」


 力なく肩を落とした早智が脱衣所に向かって歩いて行った。シチュー(ほとんど残っていないが)は先に食べていていいとのこと。本来なら両手を上げて嬉しがるところだが、この状況では却って空しくなってしまう。炊飯ジャーの中に、白米くらいは入っているだろうと、重い腰を上げた時だった。


 突如、家の中に緊急アラームが鳴り響いた。いきなりだったので、全身を震わせてしまったが、すぐに音のする方へと走った。


「おい! 何かあったのか?」


 アラームの音がしたのは早智の部屋からだった。あわてていたので、ノックも忘れてドアを開けた。


 そこにはコスプレ衣装を脱ぎ捨てて、着替え中の早智がいた。


「今アラーム音が聞こえたんだけど……」


 まず、早智の着替えを覗くつもりは一切なく、正当な理由があってドアを開けたことを説明したが、早智は固まったままだ。


 事態の収拾に困っていると、早智の抱えている魔法少女の服から、紙が一枚、ヒラヒラと床に舞い落ちた。拾って読んでみると、魔法少女の服の説明書だった。何でも、コスプレが似合いすぎて痴漢に襲われた時に備えて、緊急アラームが服の中にセットされているらしい。その起動ボタンを、何も知らない早智が服を脱ぐ際に、誤って押してしまったようだ。


 しばらく気まずい時間が流れた後、俺はゆっくりとドアを閉めて、リビングに移動した。この間、互いに一言も発しなかった。悲鳴もなし。


 痴漢を撃退するために作られたアラームで、俺を呼び寄せて大恥を被る羽目になるとは、製作者側も予想していなかったに違いない。


 リビングでテレビを見ながら、この後、どうしたものか考えた。さすがになかったことには出来ないよな。ていうか、早智のあの反応は何だ。少女らしくて、早智らしくない。俺の知っているあいつなら、下着姿どころか、全裸を見られても平然としている筈だ。


 問題は最初の一言か。とりあえず、お前の裸は見飽きているから、何も感じないと言うのは避けておこう。最近、色気づきやがったのか、そういう類のことを言うと、呆れるくらい怒るのだ。


 別れ方が不味かったせいで、実際は五分にも満たない時間が、何時間にも長く感じられる。着替えを終えた早智がリビングに戻ってきた時には思わずホッとしてしまった。さっきの一件が尾を引いているのか、いつもより口数が少ない気がする。最初の一言は、やはり俺から切り出した方が良さそうだ。


「えっと……。きれいになったな」


「なっ!」


 俺は何を言っているのだろうか。よりによって、早智の外見的魅力を褒めるなんて。気付かないところで動揺していたのかもしれない。これで一気に俺の立場は不味くなった。セクハラ呼ばわりされて、殴られる。反射的に早智を見て、今後の対処法を咄嗟に考えようとした。


 だが、当の早智はと言えば、見たことがないくらいに顔を真っ赤に染めていた。怒らせたのかと思い、身構えたが、すぐに違うことに気付いた。早智が見せているのは、恥じらいの感情だ。


「さ、早智?」


「う、うるさい! あんたなんか知らない!」


 そう言うと、自室に引きこもってしまった。俺が何を言おうとも、うんともすんとも言わない。何なんだよ、一体……。


 早智が部屋に閉じこもってしまったのでは、俺もいる理由がないので、「シチューはおいしかったとおばさんによろしく(一口も食べてないけど)」という置手紙を残して、空きっ腹のまま、コンビニへと歩いた。


ずいぶん引っ張りましたが、コスプレネタはとりあえず今回までとします。

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