第五十七話 美咲陽菜の尋問タイム
第五十七話 美咲陽菜の尋問タイム
絵画展で迷子の家族探しを終えた俺たちは、レストラン街に移動していた。
陽菜はまださっきの衝撃から立ち直っていないみたいで、口数がいつもより少ない。
「何食べる?」
「……何でもいい」
食べたい料理のリクエストを聞いても、どこか投げやりな態度。何でもいいって言われると、却って困るんだよな。些細なことでいいから、注文を付けてくれないものかね。
ここは洋食の店に連れて行くのがベストなのかなとか考えていると、携帯電話が鳴った。出てみると、光からだった。何だ、こんな時に。
「あ、あの……。こんにちわ」
「……こんにちわ」
電話の向こうで、ここで今流れているのと同じ曲が流れていたので、近くにいると予想して、辺りを見回すと、……いた。
物陰から電話している光を見つけた。俺と目が合うと、ぺこりと挨拶された。どうやら向こうには隠れる気がないらしい。
「こんな時に何の用事だ? こっちはいろいろたてこんでいるから、出来れば早めに済ませてほしいんだけど」
「は、はい。絵画展から陰で見ていたので、大体の事情は知っています」
知っているんなら、電話などしてこないでほしい。話がさらにややこしくなるだろ。
「え、え~とぉ、お二人の話を聞いていたんですが……、イタリアンが無難かと」
「……」
アドバイスをくれるのはありがたいけど、そんなことのために自分が後ろにいることを教えてきたのか、この子は。ちょうど俺は洋食の店に連れて行こうとしていたのだ。当然その候補の中にはイタリアンの店も含まれていたわけで、光のアドバイスは徒労も同然と言うことになる。
電話で話す俺を、陽菜は無言で見つめていたが、何かを察したように、まだ通話中の俺に聞いてきた。
「ねえ、今話しているのって光?」
誰と話しているのか聞かれたら誤魔化すつもりでいたが、正解を言われてしまったらどうしようもない。そうだと頷く。
「よく分かったな」
「何となく」
何となく。要するに勘で当てたということか。陽菜の直観も馬鹿に出来ないな。
陽菜は電話の相手が光だと知っても、特に怒る様子もなく、小さくため息をはくと、本人は隠れているつもりの光に面と向かって呼びかけた。
「もういいよ。出てきなよ、光!」
隅の方で小動物のように小さくなっている(もう見つかっているので、そんなことをしたところで無駄だが……)光に対して語りかけるが、陽菜の呼び出しに、光は何故か出てくるのを拒んでいた。
「……出てきなさい!」
業を煮やした陽菜がもう一度言う。声には怒気がわずかに含まれていた。さすがに抗えないと判断したのか、光が申し訳なさそうに物陰から出てきた。
「日向たちは?」
「別のフロアーでお嬢様たちを探しています。最初は三人で探していたんですが、なかなか見つからないので、手分けして探すことにしたんです」
「つまり、日向たちはまだ私たちがここにいることを知らない訳ね」
「……はい」
「光。あなたの携帯電話を私に寄越しなさい」
「そ、それは……」
「日向たちに居場所を連絡されるのが嫌なの。だから、あなたが連絡できないように、電話を預からせて!」
尻込みしている光に、やや強い口調で陽菜が言った。俺はどちらでも構わないのだが、陽菜はデートの邪魔をされるようで気分が悪いらしい。
「で、でも……」
「ね❤ いいでしょ、光!」
お願いするような口調だが、断ることを許さない無言の圧力も同時に放っていた。光はプレッシャーに屈する形で、泣く泣く自身の携帯電話を陽菜に手渡した。
結局、イタリアンではなく、喫茶店で食事をすることにした。俺と陽菜と光の三人でボックス席に座る。
本当は二人で入りたかったのだが、下手に光を自由にさせて、日向たちのところに行かれても面倒だという陽菜の主張で、一緒に行動することになった。
「全く! うちの使用人たちはどうして私がデートをする度に尾行するのかしら?」
「み、みんな、お嬢様のことが心配なんです」
「そんなことを言って、本当はお母さんに命令されたんじゃないの?」
「そ、そそそ、そなことありませんよ」
言えてない。しっかりと否定できていない。もう、その通りですって認めちゃいなよ。
「私に危険が及ばないように、尾行しているんだったら、Aチームだけで十分よね。あなたたちは範囲外の筈よ。大方、この携帯電話で私がデートを楽しむ様子を撮ってくるように言われたんじゃないの?」
光の携帯電話を団扇のようにひらひらさせながら、陽菜は光に問いただした。
的を得た陽菜の指摘に、光はぎくりと全身を強張らせた。光がこういう反応をするということは、肯定しているという捉え方で良さそうだ。止せばいいのに、光はどうにか反論しようと、身を乗り出した。
「い、いえ! お嬢様の様子を撮ったのは、このデジカメの方で……」
「ふ~ん、そうなんだ」
「あ……」
困ったことに自白してしまった。黙っていればばれなかったのに。光は嘘をつくのが下手すぎる。もう見ていてかわいそうだ。まるで俺たちが光を苛めている気さえしてくる。
光が言い終わるより早く、陽菜は光に襲いかかっていた。突然のことに悲鳴を上げる暇もない光からデジカメを奪い取っていた。
「確保~~~~!」
「か、返して~」
陽菜が勝利の雄叫びを上げる中、光が泣きそうな声で哀願するが、無論通らない。
「さて、お母さんに見られる前に、私の恥ずかしい画像の全てを跡形もなく消去しないと!」
「や、止めてください。この画像はまだ家のパソコンに入れてない……」
「家のパソコン?」
「ひゃうぅぅ……!」
もう言うこと為すこと裏目に出ている。黙ってされるがままにしている方が良い気がしてきた。頼むから、もう大人しく降参してくれ、光。
「そう。私に黙って、いろいろ裏でやっていたのね……。あなたたちのこと、信じていたのに。この怒り、どう晴らしたものかしら……」
陽菜の目が怒りのために怪しく光る。光はただ震えることしか出来ない。
「陽菜、もうその辺りで許して……」
さすがに見兼ねて、光の擁護に回ろうとしたが、陽菜は俺の声など耳に入っていない様子で、光への制裁をどうするかで頭がいっぱいみたいだ。
「確か、三階でメイド服が売っていたわよね!」
「ひぃいいいい!」
まさか、メイド服を光に着せて、その姿をデジカメで激写するつもりなのか。そういうのに耐性がない光にとっては、地獄の所業だろう。
案の定、光はこれから訪れるだろう恐怖の瞬間に、パニックを起こしていた。そして、何故か陽菜の手からデジカメを強奪しようとすた。今更そんなことをしたところで、意味はないのだが、パニック状態の人間は何をするか分からない。
デジカメを渡そうとしない陽菜と、奪い合いが発生してしまい、どうにか仲裁しようとする俺も含めて、軽い取っ組み合いになってしまった。人で賑わっている店の中でこんなことをしたのだから、当然、他の客にもぶつかることになる。この時は、隣の席に座って本を読んでいた女子のドリンクにぶつかってしまった。そして、こともあろうに、ドリンクをその女子に派手にぶち撒けてしまったのだ。
「キャアァァ!」
いきなりドリンクを吹っかけられた女子は短い悲鳴を上げた。俺たち三人は思わず固まってしまう。
「す、すみません。ちょっと悪ふざけが過ぎまして……」
「やだ……。お気に入りの服だったのに……。って、あれ?」
「ん?」
「優司くん?」
「まゆ……」
どんな偶然だろう。ドリンクを浴びてしまった不幸な女子は、まゆだった。思わぬ再会に、お互い声を失って呆然と立ち尽くす。デジカメ争奪戦を繰り広げていた陽菜と光も、手を止めて固まっている。
ここからどう事態が発展していくのか分からないが、今日のデートは、まだまだ波乱がありそうだ。
今まで出番があまりなかった光が活躍(?)した今回ですが、この流れだと、光はいじられキャラとして定着しそうです。光には申し訳ないですが、書いていて楽しかったですね。




