第四十九話 お嬢様の逃避行 後編
第四十九話 お嬢様の逃避行 後編
しばらく校内を探してみたが、陽菜を見つけることは出来なかった。
「美咲さん、見つからないね。もう捕まっちゃったのかな……」
「どこかに隠れているのかもしれない。電話して聞いてみる」
もう捕まっているにせよ、まだ逃げ回っているにせよ、居場所が分からないことにはどうしようもない。仮に捕まっていても、犯罪に巻き込まれたわけではないので、電話も出来ない状況にはなっていないはずだ。
二回ほどコール音がした後で、陽菜は電話に出た。
「もしもし……」
「ああ、俺だよ、俺」
横から早智に、「それじゃオレオレ詐欺でしょ!」とツッコミを受けたが、陽菜は俺であると認識してくれた(携帯電話のディスプレイに俺の携帯番号が表示されるので、当然と言えば当然か)。
「優司くん。今どこにいるの?」
俺が聞こうとしていたことを先に聞かれてしまった。出足をくじかれてしまったが、気持ちはくじけずに、食堂の前にいる旨を伝える。
「私は理科室に隠れているよ……。早く来て……」
理科室ならここからそう遠くない。五分と掛からずに行ける。すぐ行くから、もう少し待つように伝えて電話を切った。すぐに早智にも場所を教える。
ちょうど日向からも電話がかかってきたので、陽菜の隠れている場所を告げて、そこで合流することにした。
春日と遭遇しないように、細心の注意を払いながら、理科室まで移動。
理科室に着くと、一足先に日向が到着していた。スタンガンのダメージはもう大丈夫か聞いてみたら、平気だと言われた。強がりではなく、本当に大丈夫そうだったので、安心した。
「優司くんと帰宅するだけだったのに、どうしてこんなことになるんだよ!」
突然、災難に巻き込まれた陽菜は怒りを爆発させる。春日と望まぬ再会を果たした日向も気分は悪そうだった。ただ一人、早智だけは妙に楽しそうだった。恐らく強制的に始まった鬼ごっこを高校生の分際で、楽しんでいるのだろう。俺はあまり気分を害していなかった。かといって、この状況を楽しんでいるわけでもない。
俺たち三人で陽菜を宥めて、どう学校から出ようか話し合った。いつも通っていて、中の造りも知り尽くしている校舎からの脱出方法について論じ合うのは馬鹿馬鹿しいものがったが、春日に出くわすのも嫌なので、仕方がない。
「春日は今、どこにいるのかしら?」
要は春日に遭遇しなければいいのだ。そうなると、彼女の現在位置はどうしても把握する必要があった。それさえ分かってしまえば、そこを避けて帰るのは容易い。
「分からないな。かといって探して回るわけにも行かないし、七海やホイケルにでも頼んでみてもらおうかな」
ここにいないクラスメイトへのSOSも頭に入れながら、そっと理科室から顔を出して外の様子を確認する。……いた。
思わずラッキーと叫びそうになるのを抑える。他の三人に伝えると、みな一様に表情を明るくした(日向だけは表情を曇らせていたが……)。
周りが制服で、春日だけ私服で明らかに浮いているのに、誰も不振がっていない。気配を消しているとでも言うのだろうか。幸い、俺達には気づいていないようなので、このまま逃げることにした。
「慎重に歩くんだよ。足音を立てちゃだめだよ!」
「ここは三階で、あいつがいるのは一階だから、大丈夫だろ」
もしかしたら、気付きかねないが、常識的に考えて大丈夫だろう。人間の張力などたかが知れている。
もう一度下の様子を確認する。
理科室は三階だ。上から春日の位置を確認しながら降りれば、鉢合わせしないで逃げることも十分に可能だ。……その筈だった。
突然、窓ガラスが開いて、春日が入ってきた。そして、俺たちの前に立ちはだかる。
「今、どこから入ってきたの?」
「……窓ガラスからです。信じたくありませんが、下から這い上がってきたのでしょう」
「嘘だろ……」
信じられないことに春日は壁を這って、三階まで登ってきた。
「やあ、また会ったね」
涼しい顔で立ちはだかると、何事もなかったように言った。俺たちはみな呆然として言葉を失っていた。
「どうしてって顔をしているね」
当たり前だ。こんな人間を凌駕する行為を見せつけられたら、誰だってこんな顔になるさ。
「昔、忍者に憧れていた時期があってね。真似をしている内に、習得してしまったんだ。今も定期的に近所の岩肌で練習を欠かさないよ」
ご満悦と言った顔で、聞いてもいないのに、昔のエピソードを語りだしやがった。厄介な技術を身につけやがって。ちなみに、この日から「放課後のトカゲ女」という学園七不思議の噂が流れたが、これはまた別の話。
春日に気づかれないで脱出する作戦はもう失敗した。こうなっては取るべき方法は一つだ。俺は深呼吸をして、他の三人に呼びかけた。
「こうなったら仕方がない。みんな走るぞ……」
他の三人も、同じことを考えていたらしく、俺の号令と共に走り出した。
こうして、鬼が春日、俺と陽菜と早智が追われる側で、一時間ばかり校内を舞台にした鬼ごっこが再開した。その間、教師や風紀委員に、廊下を走るなと怒鳴られたが、それどころじゃないので、無視して走り続けた。
かなり長い間走ったが、その甲斐あって、春日をどうにか撒くことに成功した。
「はあ、はあ……。もう追ってきてないみたいだな……」
「そうね……」
念のため、後ろをもう一度確認したが、追ってくる者はいない。また見つかって全力疾走するのはご免だったので、早急に帰ることにした。現時点で、四人共靴を履いて、既に外に出ている。このまま校門を出てしまえばこっちのもだ。
また見つかる前に、移動しようと誰もが意気込んだが、その勢いは急に止められた。
「これは……」
校門のところに、一台の黒塗りのリムジンが停まっていた。
「やあ! こんなところでどうしたの?」
後部座席のウィンドウが下がって、皇一が顔を出した。全て知っているくせに、何をしているのかなどと、不敵なことを言う。
「全部知っているくせに! 白々しいにも程があるよ!」
怒りを抑えきれずに、陽菜が叫んだ。
「ずっと待ち伏せていたのか?」
陽菜に代わって、俺が皇一に話しかけた。
「うん。どうしても晩餐に招待したくてね」
どうしてそこまでして晩餐に招待したいのか、理由を聞こうとしたが止めた。きっと理由らしい理由はないのだろう。そういう顔をしている。
経験上、変なスイッチの入ってしまった金持ちを説き伏せるのは面倒なことを承知しているので、今日は負けといてやることにした。
「なあ。陽菜も嫌がっていることだし、今日は止めといてくれないか?」
「駄目。今も言ったろ。どうしても晩餐に招待したいって」
この反応は予想通り。なので、慌てもしないし、怒ることもしない。……陽菜は怒っていたけど。
「代わりに俺が行くからさ」
「何だって?」
「だから、陽菜の代わりに俺が晩餐に招待されるよ。そうすれば、陽菜も行かずに済むし、お前も目的が達成されるし、みんなハッピーだろ」
この提案でベストな筈だ。全然達成されてないだろうと言う、俺にとって意味不明な空気が流れたが、皇一の高笑いがそれを破った。
「あははあ! 陽菜の代わりに彼氏が来るか! この返しは予想できなかったなあ!」
ずいぶんと特徴的な笑い方だった。いつも見せている好青年のイメージが少し崩れたが、こっちの皇一が素なのかもしれない。
「普通は他の女子を代わりに立てるものだよ!」
「じゃあ、私が行くわ!」
胸元をはだけさせながら、早智が立候補した。隙あらば、彼女の座をぶんどる気でいるらしい。熱意は買うが、生活指導の教師に見つからないように気を付けろよ。
「……私も行きます」
散々考えあぐねていた日向も、悲痛な顔で名乗りを上げた。春日から逃げることと、陽菜を守ることを天秤にかけて、ずっと悩んでいたのだろう。見上げた使用人根性だ。
獲物を逃して、想定外の三人が釣れたことになったが、皇一は気分を害した様子はなく、むしろ愉快そうに笑った。
「分かった。じゃあ、陽菜の代わりに君たち三人を招待しよう」
「待って! みんなが行くなら、私も行く!」
あんなに嫌がっていたのに、陽菜まで行くと言い出した。驚いて理由を聞くと、自分だけ除け者にされるのは嫌だと言う。陽菜のために、俺が行くと言い出したのに、困ったお嬢様だ。
「いいのかい? せっかく僕の家に来なくて済んだのに」
「いいの! 気が変わったんだよ!」
そう言って、陽菜は俺の腕に抱きついてきた。結局、この場にいる全員が参加か。やれやれ、これじゃ何の意味もないじゃないか。
「そうか。陽菜を誘いたいときは、岩見くんを誘えばいいのか!」
「おいおい……」
毎回、こんな強引な手で誘われても困るので、さすがに苦言を呈した。
明日からゴールデンウィークですね。遊びに行ったり、旅行に行かれたりする方も多いのではないでしょうか? 私は仕事があるので、空いた時間で投稿しながら、過ごすことにします。ああ、外国へ行きたかった……。




