第十六話 陽菜とまゆの邂逅 前編
第十六話 陽菜とまゆの邂逅 前編
教室に入ってきた陽菜は俺に掴みかかんばかりの勢いで迫ってきた。表情は今まで見たこともない怒りの形相をしていた。この後、厳しい口調で詰問されるのは明らかだ。
全く何で俺がこんな目に。他の女の子に自発的にアタックしたわけでもなければ、目を引くようなことをしたわけでもない。教室の自分の席で、ぼ~っとしていただけだ。そこに向こうからアタックを仕掛けられて、望まずに目立ってしまっただけだ。
そんなことを考えている間に、陽菜は俺の目の前に到着した。さて、どう申し開きをしたものか。俺は悪いことをしたわけじゃないから、言い訳をしたことにはならないよな。
陽菜が何か口にしようとしたところで、ホイケルと早智がダブル飛び蹴りを放ってきた。いつもなら躱す俺も、陽菜に意識がいっていたせいで、クリーンヒットを貰ってしまった。
「ホイケルキック!」
「ぐあっ!」
何かもの凄いアホな決め台詞と共に飛び蹴りが飛んできた。
「何だよ、それ?」
「この世に蔓延する悪しきリア充共を粉砕する正義のキックだ」
要するに、気に入らないから、蹴りつけただけだろ。ライ〇ーキックをパクっても、お前の蛮行は正当化されないんだよ。
「お前の方は? まさかリア充撲滅とか言わないよな」
もしそう言ったら、オタク撲滅の蹴りを返してやる。
「ノリで蹴った!」
マジで殴るぞ。
他の男子からは「ホイケルキック! その手があったか!」と称賛の声が上がっている。蹴られた俺を心配する声は一切聞こえてこない。みんな、ひどいな。
「ちなみに番組が後半に差し掛かってくるとさらに強力なハイパーホイケルキックを体得する予定だ」
クラス中の男子が「うひょお!」と歓声を上げる。
何が「ハイパーホイケルキック」だ。馬鹿なことを抜かすな。食らう方の身にもなりやがれってんだ、ボケ! そもそも番組後半って何だよ。もしこれが番組だとしても、後半になんか進展させないからな! 「ハイパーホイケルキック」は永遠に未収得の幻の技としてお蔵入り決定だあ!
「ちなみに私のキック名は「さっちゃんキック」! 同じく正義のキックだ!」
聞いてもいないのに、早智も続いた。ホイケルと同レベルの低知能な解説だ。
何がそんなに嬉しいのか、またも教室から歓声が上がる。最早一種のお祭りだ。どいつもこいつも、意味は分からないけど、とりあえず楽しんでおこうかという息遣いが聞こえてきそうだ。
ただ、蹴られる俺はたまったものじゃない。ノリでけられ正義の名目で戦争を仕掛られた国家と同じ気分だよ。とりあえずみんなまとめて飛び蹴りの姿勢のまま、海の果てまで飛んで行け!
このグタグタな展開に、俺に文句を言うはずが思わぬ邪魔が入ってしまい、当事者にも関わらず、待たされる身になってしまった陽菜の怒りが遂に爆発した。
「もう! 今は私が話す番なんだから、あなたたちはすっこんでいてよ!」
陽菜が絶叫する。相当お冠の様子だ。雰囲気に圧倒された馬鹿二人はすごすごと後ろに下がる。ざまあみろ。
「ちょっといい? いいよね! 豊嶋さんと話す暇はあるんだから、忙しいなんて言わせない!」
やっぱりまゆの件で怒っている。それに加えて、早智とホイケルの愚行のせいで、怒りの炎に油が注がれて、さらにボルテージが加速している。
「ああ。構わないよ」
本音を言うと、そっとしておいてほしかったが、そんなことを言える雰囲気ではない。
「単刀直入で聞くけど、豊嶋さんと何があったの?」
「何もないよ。教室にいたら、向こうから声をかけてきただけだ」
「嘘だよ! 親密に話し込んでいたって聞いたよ。いくら優司君が格好いいからって、座っているだけで、女の子が寄ってきてくれるほど、世の中は甘くないんだよ!」
陽菜の意見は分かるが、実際にそうなのだから、他に言いようがない。あと、陽菜に状況を説明した奴はどんなことを言ったのか? 事実を捻じ曲げて誤解を招くような話し方をしたのは大方予想がついた。
「信じられないのは分かるけどさあ。実際にそういうことが起きているんだからしょうがないじゃないか!」
「しょうがなくなんかないよ! 私、話を聞いたとき、すごくビックリしたんだから! 悔しかったんだから!」
そう言ってボロボロと大粒の涙を流した。
教室内から、俺を非難する声が上がる。すっかり悪者だ。
「お前に話をした奴に、どんなことを吹き込まれたかは知らないけど、これだけははっきり言える。俺はお前を困らせるようなことはしていないし、これからもするつもりはない!」
「そんなの分からないじゃない!」
何か痴話喧嘩がもつれているバカップルみたいだ。というか、もう痴話喧嘩だな。このままヒートアップを続ければ別れ話に発展しても不思議じゃない勢いだ。
「優司君は浮気をしたの? していないの? ハッキリ言ってよ!」
机をバンと叩いて叫んだ。
「浮気はしてないよ。これは本当だ。信じてくれ」
「浮気をした人はみんなそう言うんだよ! それだけじゃ説明にならないよ」
陽菜の言う通りだ。俺は本当に浮気をしていないし、そのことを告げただけなのに、良い訳みたいになってしまった。
でも、これ以上説明しようにも他に言うことがない。話すことは大方話しつくしてしまった。言えることと言えば、「俺は何もしていない」や、「俺を信じろ」という一度言った台詞の繰り返しくらいだ。
何か話さなければならないのは分かっているが、話すことがなく、黙り込むしかないという状況になってしまった。見ようによっては、浮気を認めたようにすら見えてしまうひたすら最悪な状況。
だんだんと収集がつかなくなりつつある中、予想していた人物から、待望の助け舟が出された。それは学級委員の七海だった。
「いいわよ。あなたの弁明はそこまでで。私も陽菜の横で話は聞いていたし、陽菜はともかく私の誤解は解けたわ。隣のクラスの豊嶋って女が言い寄ってきたんでしょ。あなたが断っても、一方的に言い寄ってきている。違う?」
「違わない」
変な誤解はされていないみたいなので、とりあえずホッとした。七海を敵に回したら、厄介なことは良く分かっている。一方で、味方に回ってくれれば、こいつほど頼もしい存在もいない。
「そういうことよ! 岩見君は浮気をしていない。向こうが一方的にアタックを仕掛けているだけ」
「でも、でも……!」
腹の虫が収まらないのか、陽菜はまだ怒りが収まらないようだ。
「自分の彼氏を信じなさい!」
「……分かったよ。七海がそこまで言うなら、私も優司君を信じる……」
聞き分けのない子を叱りつける母親のように、ぴしゃりと一喝すると、すごすごと陽菜も怒りを収めた。
「はい! 次は仲直りよ」
「うう……。優司君、疑ってごめんね……」
「いや、こっちこそ心配させてごめんな」
わだかまりが完全に溶けたわけではないが、とりあえず和睦した。
騒ぎは何とか収まったが、七海がいなかった場合を考えるとゾッとした。恐らく教室中を敵に回して、放課後には校門辺りで縛り首にされていたことだろう。
教室内はまだ緊張した空気が残っていたが、徐々に笑い声が戻ってきた。
「七海のおかげで命拾いしたようね」
「うるさい。偽物ヒーローは黙っていろ」
騒ぎが収まると、早智が話しかけてきた。こいつだけは痴話喧嘩を楽しんでいたらしい。助け船も出してこないし、頼りにならない悪友だ。
もう一人の悪友ホイケルは心底残念そうにしている。喧嘩がエスカレートして陽菜と別れる展開が望みだったということは聞かなくても分かる。腹立たしいので、こいつには話しかけない。
「ほら! ぼさっとしていないで、陽菜のところに行きなさい。あなたには非がないけど、心配させたのは事実なんだからちゃんとフォローしないと」
七海に言われるまま、陽菜の前に行く。まだ目元に涙が残っていたので、拭いてやった。
「えっと……。今日の帰りにどこかで遊んで行かないか? お詫びって訳じゃないけど、全部俺が奢るよ」
「うん……」
さっきあれだけ激しく言い合ったのだ。まだしこりは残っていて、陽菜の顔に笑顔はないが、だんだんと戻りつつあるのも分かった。
この日は遊び終わって陽菜と別れるまで、あまり刺激しないように、彼女と丁寧に接することに神経を集中させた。
痴話喧嘩の話を書きましたが、あまり書いたことがないので、至らない点があるかもしれません。もし、ここを直してほしいという点がありましたら、どうぞ教えてください。




