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#3・僕の彼女と友達

 運動会の翌日の月曜日。今日は代休である。

 高速道路の辛木インターチェンジのすぐ側にあるショッピングセンターに皐月と成美は居た。目的は二階にあるゲームセンター。ショッピングセンター内のゲームセンターにしてはそれなりに大きく、新作も置いてある。辛木市にゲームセンターはこことあと一軒しかない。もう一軒のほうは基本的に五十円で一回プレイと非常に安いのだが、置いてある機種は少し古いうえに、高校生のたまり場になっていることから、小学生の頃は足を運びにくい雰囲気があった。それは中学生になった今でもあまり変わらない。

 今日は代休ということもあって、月曜日ながらゲームコーナーには同年代の人がちらほらと見られる。自転車置き場にも辛木中のシールが貼ってある自転車がたくさん停まっていたし、みんな考えることは同じらしい。辛木市で遊ぼうと思えば、目的地はこのショッピングセンターぐらいしかないのだから。

「よし、終わりっ」

 そんななか、皐月はリズムゲーム―俗に言う音ゲー―を終わらせていた。ハイスコアに名を連ねる、なかなかのスコア。

「おー、やっぱキサ坊うめーなぁ」

「任せてよ」

 元々このゲームは弥生が好きで、学校帰りによくやっていたらしい。そんなわけか、家庭版が発売されてからすぐに専用コントローラーと共に購入していた。それをやっているうちに、皐月はすぐに弥生を追い抜き、なかなかの腕前になったのだった。

 壁の時計を見てみれば、時刻は昼。財布の中身も減ってきたことだし、そろそろ引き上げ時かもしれない。

「なるちゃん、そろそろ帰ろっか?」

「そーだな。昼飯どうする?」

 ゲームセンターの横にはハンバーガーチェーンが入っているし、フードコートもある。

 あ、そういえば成美は霞が作る料理を気に入っていた。

「なんか食べて帰る? それか、俺ん家、霞いるけど。多分頼めば作ってもらえるよ」

「じゃあキサ坊ん家で」

 成美が頭を下げた。ちょっと誇らしい。

「あ、CD屋寄ってっていいか? 好きなバンドの新曲出てるんだよ」

「ん、いいよ」

 ゲームコーナーを出て、同じく二階にあるCDショップへ。成美が試聴のヘッドホンをかけている間に、自分も新曲を物色。好きな歌手の新曲は出ていないが、話題になりそうな曲はいくつか出ている。今度レンタル店に行こう。父は古い洋楽ばかり聴いているし、姉もインディーズの曲ばかり聴いていて、あまり音楽の趣味が合わない。流行のJPOPは自力で探してくるしかないのだ。

 成美はまだかかりそうなので、併設してあるゲーム店で体験版でも遊ぶことにした。最近出たアクションRPGの体験版にしよう。

 体験版の名を借りたチュートリアルが終わり、宣伝ムービーが流れ出した頃、成美が紙袋を持って出てきた。丸々一枚聞いていたのだろうか。コントローラーを置いて、画面は放置。じきにタイトル画面に戻るだろう。

「あ、買ったんだ」

「おう。ビーワンになかなか置いてないからなぁ」

 一番近いレンタル店。ビデオの品揃えこそ充実しているが、CDのほうはいまいちである。もう少し離れたところにはもっと大きいレンタル店があるが、そちらは料金が少し高い。ならば歌手に貢献するつもりで買ったほうがいいと判断したのだろう。

「あとで貸してね」

「おう、MD入れたら貸すわ」

 そういえば、成美は最近MDデッキを買ってもらったらしい。CDラジカセしか持っておらず、録音に使えるメディアはカセットテープだけという皐月からしたら、本当に羨ましい。

 ともあれ、エスカレーターを降りて、ショッピングセンターから出る。インターチェンジのすぐ側といっても、周囲は一面の田園風景だ。

 ヘルメットを被って自転車に乗り、家路を辿る。団地までは自転車で約十五分。腹も減ってきた。霞、何を作ってくれるのかな。


「ただいまー」

「おじゃましまーす」

 成美と共に帰宅。すると、居間から霞が顔だけ出した。どうやらテレビを見ていたらしい。くつろいでいるようなので、人間に化けるよう、合図に靴箱を三回手の甲でノックする。

「キサ坊、お前本当変な癖あるよな」

「そうかな?」

 友人を招く時は毎回この合図を行っているので、周りからは癖と認識されている。

「なんじゃ、成美か。エドワードはどうしたのじゃ?」

 人間に化けた霞が現れる。いつものワンピース姿。最近、彼女の和服姿を見ることが少なくて、ちょっと残念である。霞は何を着てもよく似合うのだが、和服が一番似合っていると思う。

「あ、どうも、霞さん」

 年上の女性を前にしているせいか、少しかしこまっている成美の姿はなんだか滑稽だった。とは言うものの、霞や姉以外の年上の女性を前にしたら、自分もこうなるんだろうな。そう思う。

「エドワードは用事があるんだって」

「用事?」

 霞が首を傾げた。

「まぁ、男同士の約束があるから、詳しくは言えない」

「なんじゃ、つまらぬのう。二人とも、食事は済ませたのか?」

「まだだからこんな時間に帰ってきたの」

「では、焼き飯でも作るかのう。しばらく待っておれ」

 霞はくすくすと笑いつつ、台所に向かった。テレビには彼女が今まで見ていたであろう、バラエティ番組が写っている。

「では、ごゆっくりな」

 霞がふすまを閉めた。窓は全開で、秋の風が心地よい。

「皐月、お前さ、エドワードのこと、知ってんのか?」

 成美は座布団に腰を下ろしながら問いかける。成美は洋一とあおばの関係を知ってるらしいので、とりあえず言ってみる。

「……鉄人のこと?」

「おう、それそれ。なんだよ、知ってたのかー」

 成美がほっとした感じで息を吐いた。皐月が別のことを答えた場合、どうやってごまかそうか考えていたのだろう。

「うん。こないだ一緒に帰ってるとこ見つけてねー」

「割と最近だなー。俺は夏休みに見ちまってなぁ。鉄人が彼女って、本当に意外だったよ」

「確かにそうだけど、意外、っていうのは二人に悪いかも」

「そりゃどうしてだ?」

 成美が首を傾げた。

「いや、付き合ってるなら『お似合い』って言われたいだろうと思ってさ。エドワードは俺達が知らない鉄人の顔、知ってるかもしれないし」

 霞と付き合っているからこそ言える感想かもしれない。霞とはお似合いと思われたいから。

「なるほど、一理あるなー。キサ坊、やるじゃねーか」

 成美は納得した様子だ。変なこと言ってなくて一安心。

「で、お前はどうなんだ? 彼女とかさ」

 って、こう来るか。

 どうしようか。成美になら言ってもいいだろうか。自分に彼女がいるということなら別に知られてもいいが、霞がラミアだということが知られるのは少しまずいか。だが、成美なら信用できる。いつまでも黙っておくのもなんだし、言ってしまおうか

「あー、実は……」

「実は?」

「二人とも、できたぞー」

 台所から霞の声がしたので、話は中断。

「また後で言うよ」

「なんだよ、引っ張るなよなー」

「飯食ってから!」

 成美の生返事を背に、台所へと向かう。焼き飯と味噌汁が湯気を立てていた。味噌汁は朝の残りだろうか。確か具は油揚げと若布だった。ひとまず成美のぶんを先に運んでやる。

「ほら」

「なんだよ、自分が作ったような顔して」

 成美が笑った。つられて苦笑い。

 霞がもう一膳持ってくる。そういえば、台所にあったのは二膳だけだった。霞のぶんはないのだろうか。

「あれ、霞は?」

「昼ならもう食ってしもうたぞ。これならもう少し待てばよかったのう」

 どうやら外食するものと思っていたようだ。ちょっと後悔。

「霞さん、キサ坊の奴、生意気にも彼女いるらしいっすよ」

 待ちきれなかったのか、成美が霞に話を振る。同居人だから知っているものと思ったらしい。ただ、それを霞に聞くのは――。

「か、彼女かっ!?」

 ほら、あからさまに慌てている。成美もそこまで鈍感じゃない。案の定、なんだか不審そうな表情をしている。

「霞さん、知ってるんすか? ……なぁ、ヤバいこと聞いちまったか?」

 成美は申し訳なさそうな表情を浮かべ、こちらに振り向いた。

「別にヤバくはないけど……。……霞、言うよ」

「さ、皐月が良いのなら……」

 恥ずかしそうな霞も可愛い。

 ……あ、末期だ、自分。

 とりあえず、食事が冷めるのも良くない。ちょっと前に見た古い映画で、チャーハンを粗末にした結果、銃を突きつけられながら無理矢理食べさせられる悪人という画があったが、それが浮かんでしまった。そうじゃなくても霞が作ってくれたんだ。温かいうちに食べるべきだろう。

「あ、飯が冷めるから、食べてから言うね」

「なんだそりゃ!?」

 成美が思わずずっこけた。



 焼き飯は旨かった。少々気まずい雰囲気はあったが。二人分の食器を流しに持って行き、居間に戻る。

「で、さっきの話の続きだけど」

「ん、おう」

 霞の横に座る。彼女は顔を赤くして、なんだか恥ずかしそうな表情だ。姉に紹介したときと同じ表情である。

 ああ、照れてる霞、めちゃくちゃかわいい。

 って、見とれている場合ではない。

「だいたい察しはついたと思うけど、霞は俺の彼女です」

 皐月の言葉を受けて、霞が恥ずかしそうに頷いた。

「……マジかよ!?」

 成美は目をまん丸にして驚いてみせる。成美との付き合いは一年ちょっとだが、今まで見た中で一番の驚き具合だ。今まで友人の親戚だと思っていた人が、友人の彼女だと知ったら驚くのも当然か。

「嘘ついてどうすんのさ」

「いや、だって霞さんとキサ坊は一緒に暮らしてんだろ? ってことは、家族公認の仲ってことか?」

「まぁ、一応」

「いや、えー……。マジかー……。エドワードの時よりも驚いたわ。マジかー……。霞さん、ちょっといいな、って思ってたのになぁ……」

 成美は驚き通しだ。そして、霞に憧れてたというのは初耳。ちょっと誇らしい。

「で、もう一つ重大発表がありましてね」

「今度は何だよ、もう驚かねぇぞ」

「それはどうかな。……霞、いいよ」

「よいのか?」

「なるちゃんだから。大丈夫、信用できるよ」

「……皐月がそう言うのなら」

 霞は少し躊躇った後、蛇女の姿に戻る。

「うおわああああああああっ!?」

 案の定、成美はさっき以上の驚き。めちゃくちゃいい驚きっぷりだ。

「霞さん、え、それ」

「……見ての通り、わしは人間ではない。そんなわしを見初めてくれたのが皐月じゃ」

「俺も最初は凄く驚いたよ。でも、俺が好きなのは霞の中身だから。見た目は関係ないよ」

「……ちょっと、尻尾を触っていいすか?」

 霞が頷く。成美は霞の蛇の尾を遠慮がちに触る。鱗に覆われた、光沢のある尻尾。

「……あー、確かに蛇だ。何年も触ってねぇけど……」

 成美は観念したかのように座り直す。

「ってことは、大角山おおすみやまの蛇女って、霞さんのことすか?」

「おそらくは、な」

 霞が言っていた「肝試しスポット」のことか。成美も知っているとは、やはり有名だったのだろう。

「去年の九月、台風凄かったでしょ? それで霞が住んでたとこが壊れちゃって、俺はその時すでに霞に惚れてたから、なんとかしなきゃ、って思って……」

 そう、霞のことが好きなんだと実感したのが、あのときの台風。霞は無事なのか。そればかり思っていたから。突き放されても、食べられてもいい。霞に会いたい。その思いしかなかった。

「……キサ坊っ!」

「なんだよっ?」

 成美が皐月の肩を握る。なんと言われるだろうか。やはり引かれるだろうか。成美に限ってそれはないと思うが、やはり不安である。

「好きな人のためにそこまでできるとか、お前、凄ぇわ。それに、見た目とか関係ない、ってよく言うけど、キサ坊は口だけじゃなくて、それを実践してるしな。……あ、いや、霞さんの見た目が悪いって訳じゃないすけど!」

 成美が慌ててフォロー。霞はくすりと笑った。

「よい。わしの見た目は人とは異なる。じゃが、皐月は『見た目なんか関係ない』とはっきり言うてくれたからな。それだけで、わしはずいぶんと救われた」

 皐月の手を握る霞の力が強くなる。そして、少しこちらに寄ってきた。もう本当にきゅんとする。可愛すぎる。

「……くそ、ごちそうさま。羨ましいな、全く」

「……それで、なるちゃん」

「わかってる。二人が付き合ってることも、霞さんが蛇女だってことも、秘密だろ? エドワードは秘密にして、キサ坊はばらすなんてことは不公平だしな。友達の恋愛に水差したりはしないって。他人にばれたら、俺のことを水差し野郎って呼んでくれよ」

 成美が笑う。少し肩の荷が下りたような気がした。成美に話してよかった。友人、いや、親友に嘘をつき続けているのは気が重かったから。

「それにしても霞さん、男を見る目があるっすよ。わかってるとは思いますけど、キサ坊はすげーいい奴っすから」

 彼女の前で褒められるのはなんだかこっ恥ずかしい。だが、後でアイスを一つおごってやろう。

 霞も恥ずかしそうに微笑んでいた。ああもう、さっきから本当にかわいすぎる。

「で、では、わしはこれでな。食器洗いなどあるからのう」

 霞がそそくさと居間から出ていく。

「いやー、しかし、本当にびっくりしたわ。でも、いいよな、彼女」

「うん、霞は本当にいい子だよ。キレイで、可愛くて……」

「ちげぇ! 彼女がいるっていいな、ってことだよ! ったく、エドワードもキサ坊も、彼女ができるとそうなるのかよ」

 成美は笑いながら皐月の頭をはたく。あ、これ、こないだウザいって思ってたことだ。気をつけよう。

 でも、無意識にやってしまいそうだ。

 皐月は苦笑しつつ、いつも二人でやっている対戦ゲームの準備をするのだった。




 辛木市郊外、大角山。

 の、麓。

 作業用の林道につながる細い道の前に、一台の赤い角張ったワゴン車が止まっていた。

 その車の元に、一人の女が歩いてくる。黒髪のショートヘアに、長袖のワイシャツとジーンズといったややラフな格好だ。女は鞄からPHSを取り出して、電波状況を確認。アンテナは一本だけ立っている。ほっと一息つき、おぼつかない手取りで電話をかける。

「あ、もしもし。圭一けいいっちゃんっスか? え? ダメすか? ……じゃあ、ごっちゃん。もう、どうでもいいじゃないっすかー。本題本題。……はい、今は辛木にいるっす」

 女はボンネットに腰を落とす。

「あれっす。例の人。いないっすよ。はい、その辺も見て回ったんすけどね。全然気配がないっす。……はい!? しばらく現地調査っすか!? ……はい、ホテル取っといてくださいね」

 女はPHSを切ると、車に乗り込んでエンジンをかける。そして、広い場所までバックさせ、Uターン。

 ワゴン車のナンバープレートは緑色で、小さなステッカーがリアハッチの片隅に貼ってあった。

 正常社会保全局、と書かれたステッカーが。

前回からずいぶんと時間が経ってしまいました。

いや、私生活が少々忙しくなりまして。


次回からちょっとだけ波乱があるかもしれません。

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