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#1・僕と蛇女と友達

 九月末のとある日。目覚まし時計代わりのCDラジカセで少年は目を開けた。ラジカセを消して、大きく背伸び。

 ふすまを隔てた居間からは朝の情報番組の音が聞こえてくる。時間的にスポーツコーナーだろう。

 少年は目をこすりながら二段ベッドの下段から出る。見たところ十二・三歳。浅黒い肌と癖毛気味の短髪が印象的で、顔立ちはそう悪くない。美少年と言っても差し支えはなさそうだ。

 彼の名前は如月皐月きさらぎ さつき。中学一年生だ。

「おはよー……」

 居間に入ると、そこには年頃の女性が二名。一人は高校の制服であろう長袖のカッターシャツにチェックのスカート。髪型はセミロングで、少年によく似た顔立ちである。もう一人はゆったりとしたワンピース姿。前髪の揃った長い黒髪に鋭い目鼻立ちを有した美女である。

「おはよう。ちょうどパンが焼けたところじゃ」

 ワンピース姿の女性が立ち上がり、居間の隣にあるキッチンに向かう。彼女と入れ替わるように、皐月はテレビの前に座った。テレビにはプロ野球の結果と順位表が出ている。ペナントレースもほぼ終わる時期だが、贔屓にしている地元チームはなんとかAクラスに入れそうだ。

 ワンピース姿の女性の歩き方は、モデルのように腰を左右に振る独特のものだ。なぜなら、彼女の下半身は、緑色の鱗で覆われた蛇の胴体だから。歩く、というよりは、這う、と言ったほうが的確かもしれない。

 そう、彼女は俗に言う「蛇女ラミア」なのだ。

 そのラミアがどうしてこんな普通の家庭にいるのかというと――。

「さすがはさっちゃんの彼女。いいタイミングで焼くわねぇ」

 ラミアは皐月の彼女だからだ。しかも、家族公認の。もはや同棲を飛び越えて、内縁の妻状態である。

「……それは別に関係ないだろ」

「いやー、わかんないわよ? 愛の力でタイミングはバッチリ!」

 制服姿の女性がくすくすと笑う。彼女は皐月の姉で、名前は弥生やよい、少し遠くの商業高校に通う高校二年生。母親のいない如月家では、彼女が最高権力者である。

「ふふ、そうじゃな。皐月には出来立てを食べてほしいからのう」

 ラミアが焼けた食パンとインスタントのコーンスープを持ってくる。彼女の名前はかすみ。何百年前から生きている、妖怪というか神様というか、とにかく人間ではない存在で、去年の夏に皐月と相思相愛になって以来、紆余曲折を経て如月家に居候している。時間限定だが人間の姿に化けることができるため、周囲には親戚と説明している。さすがにまだ中学生の皐月が彼女と同棲だなんて、倫理的な印象はよろしくないだろうから。

 朝から元気な二人のコンビネーションに顔をしかめつつ、皐月は食パンをかじる。市販のツナマヨネーズを塗って焼いただけの簡素なものだが、朝食ならこれで十分だ。霞の作る弁当はボリュームも味も素晴らしいので、少しの手抜きなら全く気にならない。

「よし、んじゃー行ってきますか。さっちゃんは今日部活あるよね?」

「あるに決まってるだろ」

 皐月は水泳部に所属している。彼の浅黒い肌は日焼けによるものだ。もう秋であるにも関わらず、未だにプールで泳いでいる。正直言って寒い。先輩が言うには、来月から近所の海洋センターにある温水プールで練習することになるそうだ。それが待ち遠しい。

「じゃあ、少し遅く帰っても大丈夫かな。かすみん、悪いけど夕飯お願いできる? 明日と明後日やるからさ」

「む、別に構わぬが。何かあるのか? もしや男かの?」

 霞がいたずらっぽく笑うと、弥生は苦笑で返答。

「違うって。切なくなること言わないでよ」

「そうだよ。姉さんに男とかありえないしね」

 皐月が便乗したところで、弥生から思いっきりはたかれる。あぁは言ったが、弥生は弟である皐月から見てもそれなりに可愛いと思う。浮いた話を聞いたことがないのが少し不思議だが、かといって独り身なのをネタにすると今のような事態になる。

「友達の誕生日だからさ、お祝いをしてあげようと思ってね」

 霞が来るまで、如月家の家事は風呂掃除以外全て弥生が行っていた。現在は掃除と洗濯、それに朝食と父・姉・皐月の弁当の用意が霞。夕食のみ弥生と霞が一日交代で作っている。弥生曰く、霞に家事をやってもらうのは家賃代わりだそうだ。

「ふむ。では弥生殿の夕飯は準備しなくて良いか?」

「多分ね。ま、帰る前には電話するから。ひょっとしたらお願いするかも」

「うむ、任せておけ」

 霞が胸を張る。ゆったりしたワンピースを着ているため、体の線は出にくくなっているのだが、それでも胸元の膨らみは大したものだ。霞の裸体を見たことは何度かあるが、大きな胸の割に腰はくびれていて、彼女の体つきは本当に綺麗である。

「それじゃ、行ってきまーす」

 弥生はトートバッグを肩に下げると、部屋から出て行った。時刻は七時半。そろそろ準備をしないと遅刻してしまう。パンとスープを平らげると、食器を流しに持って行く。

「ごちそうさま」

 食後の一言も忘れていない。歯を磨いて、顔を洗い、寝巻きのシャツを脱いでからそのまま素肌の上に半袖のカッターシャツを着る。運動会の練習があるので、制服のズボンの下には体操服の半ズボンを穿いておく。学校指定の青い鞄に弁当と体操服の上、それに水筒とタオルを突っ込み、水着の入ったバッグも持つ。教科書は宿題のある科目のみ持ち帰るようにしているので、宿題がなかった今日は全部学校に置いている。

 準備終わり。時刻は七時五十分。いつも通りの時間だ。

「うん。じゃ、行ってくるね」

 玄関で自転車のヘルメットを持ち、学校指定の靴を履く。真っ白い運動靴で、靴紐のみ青・赤・緑といった学年別の色分けがされている。皐月の世代は青。正直ダサい靴だが、学校指定だから仕方ない。

「うむ。気をつけてな。あ、そうそう」

 見送ろうとする霞だったが、おもむろに目を瞑ってこちらに顔を近付けてくる。あぁもう、こないだドラマでやってたからって、すぐテレビに影響されるんだから。

「……行ってきます」

 恥ずかしいが、彼女が望んでいる以上、やらねばなるまい。霞の頬に、行ってきますのキス。それが終わった途端、霞は頬を押さえて、とっても嬉しそうな表情になる。この表情を見れば先程の恥ずかしい行為も許せてしまうあたり、自分も霞にベタ惚れなんだなぁ。そう実感する皐月であった。



 辛木からき市立、辛木中学校。

 辛木市の市街地を丸々校区に抱えており、一学年七クラスと、市内では最も大きな中学校だ。

 校区の西側が辛木小学校、東側が伏石ふせいし小学校となっており、皐月は辛木小側に住んでいる。

 中学校までは自転車で二十分かからない。自転車通学は直線距離で三キロメートル以上から、という決まりがあるが、運動部と一部の文化部には当てはまらない。そのため、自転車通学ラインの内側に住んでいる皐月も自転車で通うことができる。

 路地を抜けたところでヘルメットを被る。ノーヘルが見つかったら色々とうるさい。特に水泳部の顧問は生徒指導も担当しているので余計にだ。

 辛木中は小高い山の上にあり、そこまではきつい坂が二つある。その坂では自転車を押して歩くような決まりがある。行きは無理せず押して歩き、帰りは乗ったままでスピードを楽しむ。たまに教師が見張っているので、その時は見つけ次第慌てて降りるのだが。

 一つ目の坂を上り、山の中腹には市役所、そして公園。ここらが辛木小と伏石小の境界である。そこからもう一度坂を上ると、辛木中学校が見えてくる。なお、徒歩の場合は坂ではなく別方向の階段を上ることになる。

 校門で挨拶をしている風紀委員に挨拶を返し、自転車を停めて、教室に向かう。皐月は七組。二階の隅である。

「おはよー」

 挨拶しながら教室に入り、鞄を机の横に下げる。朝のホームルームは八時半から。あと十分ほど余裕がある。

「キサ坊、おっはよー!」

 挨拶と共に背中を叩かれた。声の方を向いてみれば、隣の席の眼鏡をかけた女子がいる。髪型はベリーショートで、身長は皐月よりも高い。全体的にボーイッシュな雰囲気で、眼鏡がなんだか浮いている。制服がなければ男子と勘違いされそうだ。小学生の頃からのクラスメイト、衣笠きぬがさあおばである。

「ったいなー。鉄人、朝から元気すぎるだろ」

 そんな彼女のあだ名は「鉄人」。由来は同じ苗字の某プロ野球選手からで、あだ名に違わず欠席日数は非常に少ない。女子らしからぬあだ名だが、男子に混じって遊んでいた彼女は笑って受け入れている。というかむしろ気に入っているみたいで、女子の中にも浸透しているようだ。

「元気があれば何でもできる!」

 某プロレスラーの物真似をしつつ、あおばは別の机の方に歩いていく。彼女は剣道部に所属していて、朝練の後なのか、制汗スプレーの匂いがした。

「キサ坊、おはよー」

「あ、おりやん、おはよー」

 今度は前席の男子。細身で小柄な、小学生のような体格だ。中学校からのクラスメイト、織部左介おりべ さすけ。あおばと同様、剣道部に所属している。

「鉄人めっちゃ元気だけど、何かあったの?」

「鉄人が元気なのはいつものことじゃん。ま、確かに今日はテンション高かったけどねー。朝練でもすげー張り切ってたよ」

 あおばの方を見てみれば、同じく剣道部の女子と話している。その仕草はいちいちオーバーで、何かいいことでもあったんだろうか。そう思わせてくれる。

 そんなことを考えていたら、チャイムが鳴った。生徒達はざわつきながらも席につき、担任が入ってくるのを待つのだった。



 午後からは丸々運動会の練習。この学校の運動会はクラス対抗ではなく、生徒を東西南北と四つのグループに分けて行われる。グループ分けは一年の時に行われ、あとは卒業するまで同じグループに所属することになる。

 皐月が所属する北軍はグランドの隅で応援練習をやっていた。流石に応援団の三年生は怖い。声が小さいと容赦なく怒号が飛んでくる。しょうがないので大声を出し、パネルを上げるタイミングを間違えないようにする。これだけ大声を出したのは久しぶりだ。何年か前の野球観戦以来かもしれない。

 そんなきつい練習の中、一つの疑問点があった。小学生の頃からの友人、角田洋一すみだ よういちのことだ。文武両道で顔もよく、正直言って羨ましい。中学校に入ってから別のクラスになったが、同じ団地に住んでいるため、相変わらずの付き合いだ。それに洋一も北軍だ。休憩時間ではよく遊んでいる。

「……あのさ、エドワード」

 そんな洋一のあだ名は「エドワード」。本名にかすりもしていないが、彼にはどことなく育ちのよさそうな雰囲気があるので、小学校低学年の頃からそう呼ばれているそうだ。

「ん? どしたのキサ君」

「……さっきから、すっげー笑顔だよね」

 そう、時に理不尽に感じることもあるこの応援練習の中、洋一はずっと笑顔だった。確かに彼は穏やかな人柄ではあるが、いつもニコニコ、というほどではない。

「何かいいことでもあったの?」

「……あー、そっかー。やっぱ顔に出ちゃってるかー」

 洋一は笑顔を確認するかのように顔に手を当て、もう一度笑った。なんだか本当に幸せそうで、少しイラっとする。

「本当にどうしたんだよ。ずーっとニヤニヤして」

「ふっふっふ、秘密」

 秘密と言われれば気になるのが人のサガだ。色々と問い詰めたくなる。

「秘密ってなんだよ。エロ本でも貰ったの?」

 皐月には霞という彼女がいても、思春期の男子であることには違いない。彼女には少し申し訳ない気持ちがあるが、卑猥な本は数冊ほど隠し持っている。

「残念ながら違うよー。確かに貰ったら嬉しいけど」

「じゃあ何、ゲーム買ったとか、部活がないとか」

「それも違うなー。まぁうん、キサ君との付き合いだからね。そのうち教えるよ」

 なんだか凄く気になる引っ張り方だが、あまりしつこく聞くのもなんだ。そのうち教えてくれるというのならそれを待つとしよう。

 そんななか、応援団長が笛を吹いたので、雑談をやめて集合するのだった。



 放課後。今は運動会期間中で顧問が忙しいということで、水泳部は自主練、といった形になっている。他の部も似たような状況らしく、まだ十七時過ぎというのにグランドは閑散としている。普段なら運動部が場所の取り合いをしているのだが。

 自主練ということで別に休んでもいいのだが、皐月は泳ぐのが好きだった。さすがに寒さを感じるが、それでも泳いでいる間は気分がいい。 部員の出席率は四割程度で、それぞれ思い思いのタイミングで練習を終えている。皐月も軽めに流して終わっていた。

 今日練習していた一年生男子は五人中皐月だけ。久々に一人で帰ることになった。プールは辛木中の敷地の一番隅にあるので、反対側の一番隅にある自転車置き場までは結構な距離がある。運動場と体育館を横切って、自転車置き場へ。音から察するに、今日はバレー部が体育館を使っているようだ。

 靴箱のところではバトン部が練習していて、三階の音楽室からは吹奏楽部の音が聞こえてくる。なんだか本当に運動会が迫っている感じがする。

 自転車の籠に水着の入ったバッグを突っ込んで、鞄はたすき掛けにする。この鞄はリュックのように背負うのとたすき掛けと、それに手提げといった持ち方ができるが、大多数の生徒がたすき掛けを選んでいる。また、男子の間では肩紐をできる限り短くするのが流行っている。特に制服を着崩している三年生なんかは背中の真後ろにあったりする。皐月はそこまでではないが、歩いていて揺れない程度には短くしている。

 学校帰りということもあり、シャツの裾を出して、ボタンも第二ボタンまで開けるなんてラフな服装で家路を辿る。校門の真横には武道館があるが、普段なら七時ぐらいまでやっている剣道部も、運動会期間という例に漏れないようだ。二階の剣道場の電気は消えていた。その一方で、一階の柔道場の電気は点いており、投げ技の音が聞こえてくる。左介が「柔道部は厳しい」なんて言っていたが、どうやらその通りのようだ。

 学校帰りは下り坂ばかりなので、行きと比べると楽である。行きの時は押して歩いた二つの坂も、帰りは乗ったまま通っている。危ないな、と思うときはあるが、このスピード感はなかなか味わえない。市役所の横から路地に入り、しばらく走っていると、一組の男女の姿が見えた。辛木中の制服を着ていて、女子のほうが背が高い。二人ともどことなく見覚えのある後ろ姿だ。

 なんだか気まずい気分になるが、この路地に入った以上迂回ルートはなく、かといって後ろをずっと自転車でトロトロ走るのも迷惑だろう。ササッと抜いてしまうに限る。少しスピードアップする。

 しかし、本当に見覚えがあって、気になる後ろ姿だ。追い抜き様に少しだけ顔を確認してみることにする。追い抜き様に見た顔は――。

「……エドワード!?」

 男子のほうは洋一だった。慌ててブレーキをかける。

 洋一のほうも驚いた模様で、足を止めていた。その横にいる女子の顔も見てみると――。

「……鉄人!?」

 そして、女子のほうはあおばだった。道理で見覚えのある後ろ姿だった訳だ。

 しかし、クラスも違って、部活も違う―洋一は陸上部、あおばは剣道部―二人が一緒に帰っているってことは、ひょっとして。

「き、キサ坊じゃん。お疲れさん」

 あおばは洋一との距離を少しだけ離し、たどたどしい口調でぎこちなく笑う。頬が赤くなっているのがわかった。何気にあおばが照れたところは初めて見る。

 洋一もあおばも運動部ということで自転車通学できるはずだ。それなのに、どうして今日は二人とも歩きなのだろうか。偶然会ったにしても、あおばの焦りっぷりは怪しい。

 運動会の練習の時に笑顔だった洋一、朝からハイテンションだったあおば。今さっき思いついたことが正しければ、これらの疑問にも納得がいく。

「あー、ちょっと聞きますけど……」

 顔を真っ赤にして、なんだかそわそわしているあおばを見ていると余計に気まずくなってくる。片や洋一は意外なほどに落ち着いていた。

「お二人は、付き合……」

「うん、そうだよ」

 質問を言い終わる前に、洋一が答えた。予想通りだが、洋一の反応は予想外。

「ちょ、ちょっと、洋ちゃん……」

「見られたからには仕方ないよ。僕だってキサ君にもいつか教えようって思ってたから」

 洋一のスムーズな回答に、皐月は一年前のことを思い出す。霞との関係を弥生に問いただされ、彼女だってことを答えるまで随分と時間がかかったうえに恥ずかしい思いをした。家族に告げるのと友人に告げるなんて違いはあるとはいえ、スマートに言い切った洋一はさすがと言ったところか。

「そ、そうなんだ。なんだか意外だ……」

 皐月が知る限りでは、洋一は非常に女子人気が高い。そして彼はそれを納得させてくれるだけの高スペックの持ち主だ。そんな彼が選んだ相手が、とにかく男勝りなあおばっていうのは、彼女には悪いが意外である。

「うん。なるちゃんにも同じこと言われた。そんなに意外かな……」

 なるちゃんこと井上成美いのうえ なるみ。同じ団地に住んでいるということもあり、洋一と共に小学校からの付き合いだ。この言い種だと、成美もこの二人が付き合っているということを知っているようだ。成美とは同じクラスだが、このことを知っているなんて雰囲気はみじんも見せなかった。

「え、なるちゃんも知ってるの?」

 立ち話もなんなので、自転車から下りてゆっくりと歩く。あおばは気持ち後ろを歩いていた。

「うん。キサ君と同じ感じでバレた。内緒にしてもらってるけどね」

 洋一がそう頼んだというのなら納得だ。何せ成美は約束は破らない男気のある性格である。

「なるほど。うん、オレも内緒にしとくよ」

 霞と付き合っていることは内緒にしている皐月だ。この二人が交際を隠そうという気持ちもよくわかる。そして、明らかに自分がお邪魔虫だということも。

「……えっと、なんかごめんね。邪魔しちゃって」

「い、い、いいってば! 気にすんなって!! あたしん、この辺だし!」

 路地を抜けたところのT時路で、あおばは皐月達が住んでいる団地とは反対の方向を指差す。

「だから、えっと……じゃあな!!」

 あおばは手を振って、猛ダッシュで去っていった。

「あ、じゃあねー!! 後で電話するからー!!」

 洋一の声にあおばは手を振って返事をした。

 残されたのは男二人。ここに立ち止まっていても仕方ないので、団地のほうに歩く。

「エドワード、ホントにごめんな。部活があるとなかなか一緒に帰れないだろうに邪魔しちゃってさ」

 陸上部と剣道部は活気のある部活で、平日・休日問わずに毎日練習している。隣に住んでいる幼なじみによると、剣道部は休日になると練習試合に行っているらしい。確かに剣道場は静かでも武道館の前にたくさん自転車が停まっているのをよく見る。

「いいよ、気にしないで。運動会期間はまだまだあるんだから」

「ところで、帰る時間はわざとずらしてるの? 剣道部も陸上部も部活やってないでしょ」

「下校時間だとみんなに見られちゃうでしょ。だから、あお……衣笠は素振りして、僕はちょっとだけ自主練してから帰るようにしてる」

 あおばの名前を慌てて言い換えた洋一がなんだか微笑ましかった。二人のときはきっと名前で呼びあっているんだろう。

「今日ニヤついてたのは一緒に帰れるから?」

「そういうこと」

 国道に出て、信号待ち。近所に高校があるせいで、この辺りにはバス待ちの高校生がたくさんいる。中には堂々と手を繋いでいるカップルなんかもいて、年の功を感じさせてくれる。

「鉄人とはいつから付き合ってるの?」

「今年のバレンタインから」

「え、鉄人、ラブレターとか書くんだ」

 今年のバレンタインでは、洋一がラブレターを貰うなんて出来事があった。相手と回答は教えてくれなかったが、書いたのがあおばで、それを許諾していたというのは驚きだ。

「僕も最初はびっくりしたよ。でも、衣笠はあぁ見えて凄く可愛いとこあって……」

 洋一の頬が緩んだ。おいおい惚気か。

「……って、ごめん。これはちょっとウザいよね」

「ウザくないとは言わないなぁ」

 これで惚気をやめるあたり、さすがは洋一だと思ったが、次の一言でその思いを撤回することになった。

「それに、可愛い衣笠は僕の前にしかいないから、言っても信用してくれないもんね」



「ただいまー」

 皐月は玄関を開け、ヘルメットを靴箱の上に置く。

 なんだか凄く疲れた。惚気を聞くのは本当に疲れるんだな。以後気をつけよう。

「おお、お帰り」

 霞の声を聞きながら水着と体操着を洗濯機に放り込んで、居間に向かう。台所に弁当箱を置くついでに流しの周りを見てみると、夕飯の下準備だけ済んでいるようだ。霞といえば、居間で湯呑みを片手に夕方の情報番組を見ている。今やっているのは県庁所在地のグルメ特集。見ていると腹が減りそうな内容である。

「どうかしたか? ずいぶんと疲れておるが」

「そーかな? まぁ、ちょっとね」

 鞄を置いて、制服のまま座る。霞は皐月の着替えシーンが好きなんだそうで、皐月が着替えだすとじーっと見つめてくる。それは恥ずかしいので、箪笥があるのは居間だが、着替えるのはいつも自分の部屋。

「ふむ?」

 霞が首をかしげる。

「友達が彼女と一緒に帰ってるとこを見ちゃって。その後惚気話をずーっと聞かされてて……」

「ほほう。友達とは誰なのじゃ?」

「それは秘密。内緒にしてって言われたからね」

 霞は少しがっかりした感じだ。だが、すぐに表情を元に戻す。

「皐月は惚気話は嫌いなのか?」

「話すぶんなら嫌じゃないけどね。聞くのは疲れるよ」

 皐月もできるものなら思いっきり惚気たい。霞がどれだけ健気で可愛いかを周囲に言い触らしたい。

 でも、霞は人じゃない。周囲にバレたら、きっと引かれる。

 ……あぁ、そうか。あおばが慌てていたのはそのせいか。自分にコンプレックスがあるから、そのせいで相手の評価を落とさせたくない。こんな自分と付き合っている洋一は変わり者だと思われたくないのかもしれない。

 ……そう考えると、あの二人には悪いことを言っちゃったかもしれない。意外、だなんて。自分だって、霞と付き合っているのは意外だなんて言われたら悲しい気分になるから。

 洋一と二人になる機会があったら、謝っておこう。

「さてと、皐月も帰って来たことじゃし、夕飯でも作るとするかの」

 浮かない顔をしている皐月を案じたのか、霞は明るい調子で腰を上げた。そのまま台所に移動する。

 ちょっと考えすぎたな。そんなことを考えつつ、皐月はゲーム機をテレビに繋ぐのだった。

読んでいただいてありがとうございます。

まぁ、続編ですよ、続編。こういう日常物は書いてると息抜きになりますよね。楽しいです。

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