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しあわせ

 嫌われたら…汀の気持ちを尊重しようと言う覚悟もできた。

「俺こっちでバイトしてるって言ったじゃん」

「うん…丈瑠さんがいるところな」

「そう、俺ね…そこでパパ活してた…って言うかまだ在籍してr…」

「え?」

 話の途中で、ソファに寄りかかっていた汀が起き上がり、遥翔に向き直った。

「パパ活って…遥翔、まさか…」

 思わず肩を掴みそうになって止めた手が、中空で所在なさそうに揺れている。

 揺れているのはまさかと思った内容で遥翔が…という怯えも入っている震えかもしれない。

「いや、きいて汀、ちゃんと最後まで…聞いて」

 上がっている手を戻してもらって、両腕で制して落ち着かせる。

 汀は未だ遥翔に向いたままだ。少し怒っている風で、責められるのかな…と怖くなりせっかくした覚悟が揺らぐ。汀の顔がみられない。

「パパ活なんてしてたのは…ほんとごめん。一般的にもよくないことはわかってる。…でも俺はね、ご飯食べて楽しくお話しするだけの仕事だったよ。ほんとだよ。丈瑠さんに聞いてもいい」

 信じて、と遥翔は汀の目を見て言った。

「丈瑠さんて、そう言う店の人だったんだ…」

 一瞬だけ汀(みぎわ)の声が低くなる。遥翔をそんなところに引き込んだ人なのか…と憎しみさえ湧く。

 そんな汀を見るにつけ、自分がやったことの馬鹿さ加減を思い知る。

 汀と『できない』ことを埋めるために…『代わり』を探そうと自分から行ったところだ。

 それを伝えるのは、汀とそう言うふうになりたいと言わなければならないということで……気持ちが震えた。

「言い訳に聞こえちゃうかもしれないけど、丈瑠さんがいる店は会員制でね。店長さんが認めた人しかいない所だから変な人はいなくて、だから…」

 だからなんだ、と自分でさえ思う。思った様に伝えられない焦ったさが遥翔を苛んだ。 

 それを汀は黙って聞いてくれてはいたが、汀の考えはそこではなくて…。

「内容はわかった…」

 身体が震えていた。冷静な言葉を言っては見たが、確認をするのが怖いと感じる。

 ーなんで、そんなバイトをしていたのか…ー

 遥翔が高1になった時から4年。全く音信不通の間、遥翔はどうしていたのか。

 今、たった今なら遥翔が自分をずっと見てきてくれていた事が信じられる。

 そんな遥翔が4年もの間…その内包した感情をどう扱ってきたのか聞かなければいけなかった。

 それを知らなくては先には進めないから。

 汀は右足をソファにのせて、ちゃんと遥翔に向き直り、遥翔の身体も自分の方へ向けて座らせると、まず手を握って

「遥翔…」

「え…」

 何をされるのか理解ができないまま握られた両手に目を落とし、それから顔をあげると、今まで見たこともない表情の汀がいた。

「み…」

 名前を呼ぼうとしてその手を優しく引っ張られそして抱きしめられる。

「…汀、どうし…」

「あんまりさ…」

「え…?」

「…あんまり俺を…」

 『なに…何言われる…?怒らせた?』

 遥翔の体が緊張でかたくなる。

「びっくりさせないでくれよ……怖かったぁ…」

 え…遥翔が意外な言葉に身動いだが、それは汀の腕に絡め取られた。

「心臓爆発するかと思った」

 抱きしめた遥翔の耳元で、汀が噛み締めるように囁いた。

「汀…」

「遥翔が誰かに……されちゃったかと思って…心臓飛び跳ねたよ。そんなことないんだろ?」

「ん…」

 遥翔は、その声に目を瞑りウンウンと頷く。

 本音を言ってもいいのかな…。受け止めてくれるかな…。そう思う心を、別の自分が大丈夫だと教えてくれた。

「俺…渋谷で丈瑠さんが遥翔の肩に手をかけたのだって嫌だった。俺はずっとこうして触れたかったのに、他のやつが遥翔にもっと触ってたなんてことになったら…でも…よかった…」

 遥翔の手が漸く汀の背中に回った。

 嬉しかった…遥翔だってずっとこうされたかったのだから。

「うん…誰にも触らせてない…よ」

 遥翔の肩で、汀が再びうなづく。

「俺ね…汀にこうしてほしかったんだ…ずっと…中2の時から…。でも無理かなって思って、代わりの人を…って思って…」

 その言葉に、遥翔を抱きしめる腕が強くなった。

「もう…おまえ、ばか……俺の代わりになるやついんのか…誰かが俺の代わりになれんのか?」

 顔が見えないからなのか、汀も動揺しているのか、大告白だ。

 その言葉に遥翔は汀の肩に顔を埋め、今度は首を横に振って、

「そんなの…いるわけない…。汀の代わりなんていないよ」

 遥翔も抱きしめる腕を強くして縋るように身体を近づけた。

「はるく……遥翔…」

 汀の手が愛おしそうに遥翔の髪を撫でる。

「俺も、ずっとこうしたかったよ…ずっと抱きしめたかった」

 汀の肩で遥翔がより強く頬を当ててきた。

「同じだったんだね…俺たち…同じこと考えてたんだね…」

 汀の服でくぐもった声がそう言った。

「遠回りしちゃってたんだな、俺ら…」

 遥翔の髪にキスをして、その顔を上げさせて頬にキスをする。

 そんな汀らしくない行為に遥翔は照れてしまうが、同時に胸が高まり汀の頬にもお返しのキスをした。

 二人は見つめ合って、軽い、唇が合わさるだけの軽いキスをした。

 離してまた見つめ合う。

 そして笑い合う。

「これを俺たちのファーストキスにしよう」

 汀が遥翔の前髪を上げて、おでこにもキス。

「もう…なんだか汀が「男」に見えるよ」

 照れ隠しにそう言って、汀の胸に遥翔は頬を寄せる。

「男だけどなにか?」

 笑って汀もその髪を再び撫でる。

 そしてもう一度唇を重ねた。

 遥翔も両手を汀の首に回し直してソファに乗り上がり、膝立ちになり引き寄せるようにして唇を合わせる。

 今度は何度も角度を変えてキスをした。

 小2と小1から会えなかった6年間。その後の2年弱、その後の…今に繋がった空白期間…全部埋めるようにキスをした。

 お互いの気持ちがやっと交差する。

 唇を離しておでこをつけあい

「焦れったかったね」

「今…すごく…嬉しい」

 少し離れた隙に、遥翔が汀の大好きな笑みでそう言ってまたキスをしてくれた。


 暫く抱き合って、キスをして…二人は顔を見合わせて笑った後、並んでソファに座り直した。今度は身体がピッタリとくっついている。

 そして小さい頃庭を見ながら繋いだ恋人繋ぎを、恋人と呼べる関係になってやってみる。

「中学の時、遥翔が教えてくれたこの繋ぎ方の名前…その時俺はドキドキしてたけど、今やるとなんか照れるな」

 自分の腿の上で握り合っている手を蠢かせて、汀は苦笑した。

「え、あの時ドキドキしてたの?」

 腕に寄りかかっていた遥翔が汀へ顔を向ける。

「してたよ、あの時最初に会った日遥翔が眩しくてさ。今思えば俺…多分あの瞬間に遥翔のこと好きになったんだと思う」

 優しい声で顔を見返してくれる汀の、本当の告白に遥翔は嬉しそうに笑って

「俺は…いつだったんだろ…あの夏、帰る時に汀が見送りに来てくれなかったのがすごく寂しかったんだよね…すごくすごく…」

 ー強調するじゃんーと笑った汀は握った手に、空いた方の手を重ねて

「じゃあ遥翔も…その時から…なんじゃない?」

 遥翔は自分より大きな手を見て安心したようにうなづいて

「そういうことにしておく」

 身体をもっと強く寄せて重ねた手の上に手を重ねた。

「汀の手…大きいね…なんかくやしいや」

「大きい方が、遥翔を守れるからな。あなた危なっかしいから」

 ーなんだよそれ~ーと顔を浮かせた瞬間に、ちゅっとキスされる。

「もう!」

 身体を押し付けて、それでも遥翔は笑った。

 それから沈黙が続く。

 手を握り合って、告白のし直しや手が大きいなどと話している間にも、2人の頭の中ではお互いにこの先を意識はしていた。

 抱きしめて、キスして、それから…

 しかし実際、どうしたものかとも思っていて進めなくなっているのが現状だ…。

「と…取り敢えずさ、汀お風呂に入ってきたら?お風呂もリフォームして綺麗になったし、大きい湯船だから汀も余裕で入れるよ」

 何が取り敢えずなんだよ!と言う自分の心の声は押し殺して、遥翔は立ってお風呂場へ続くドアへ向かった。

「案内するね。ってほど広いわけじゃないけど。タオルはね脱衣所の…」

 照れて饒舌な遥翔を後ろから抱きしめた汀は、

「大きい風呂なら…」

 と言いかけて、

「いや、風呂借りるな。リュック持ってくるから待ってて」

 名残惜しそうに元いたソファに戻ってゆく背中を見ながら、遥翔は汀が今言おうとした言葉を察してしまい、真っ赤になって立ちすくんだ。

 そしてゆっくりと汀によってゆき、後ろに立って背中に頬をつけると

「本当は俺だって…すぐにでも汀に触れたいよ。すぐにでも汀に触れてほしいよ?でもさ…」

 リュックを持ったまま汀は動きを止めた。

「…どうしたらいいのか…わかんなくて…」

 背に顔を埋めて小さくそう言う遥翔に、汀も向き直って抱きしめ返し、

「ごめん。遥翔に言わせちゃったな。実は俺もわかんない」

 ははっと笑って、頭を抱き寄せた。

「焦らないでいこう。俺だって今すぐに遥翔に触りたいよ。あっちこっちね。でもさ、無理をしちゃうのは遥翔でしょ…だから色々二人でさ…」

 あれこれ調べようなんて無粋なことは言わないでおこうと思った。

 今は遥翔が自分の、自分が遥翔の隣へ帰ってきたばかりなのだから。

「うん…そうだよね。やっぱり焦っちゃってさ。どうしたらいいんだ~って実はなってた」

「俺もだって、だって遥翔可愛いし、すぐにでも独り占めしたい」

 その言葉に遥翔が背伸びしてキスをしてきた

「俺も…してほしい」

 そう言って抱きついて、そして離れた。

「また可愛いこと言って…」

 遥翔が離れた後、抱きしめていた腕がそのままワキワキする。

 そんな汀に向かって、部屋から出しなに振り向いた遥翔は

「お風呂…一緒にはいろう。小学生の時みたいに」

 そう言ってパタパタとドアから出ていった。

 その足音を聞きながら、汀は照れたような、それでいてある意味絶望的な表情で苦笑する。

「それはちょっと…無理じゃねーかな…」

 長い時間をかけてやっと思いを通じ合えた人と風呂…だ。

 理性は発揮できても、生理的なものを抑える自信はない。

 いない背中に向かってつぶやいて、リュックを片方の肩にかける。

「一緒の風呂かあ…頑張れよ…」

 下を向いてある場所にそう言い聞かせ、汀も遥翔に続き部屋を出ていった。


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