4 その婚約破棄、謹んでお受けします
舞踏会当日。
王宮の大広間は、今宵もまばゆい光に満ちていた。
高く掲げられたシャンデリア。
磨きあげられた床に映る、無数の人影。
そして主役となる、華やかな衣装に身を包んだ貴族たち。
その中心に、キャサリンはゆっくりと足を踏み入れた。
――すべてが前回と同じ。
違うのは、ただ一つ。
――結末だけ。
「キャサリン様、本日もお美しく……」
「ありがとうございます」
交わされる挨拶に微笑みながら、キャサリンは周到に視線を巡らせる。
そして、すぐに見つけた。
壇上近くにジェームズ殿下と、その隣に寄り添うミレイユの姿がある。
――来るわね。
胸の内は、驚くほど静かだった。
やがて、楽団の演奏が止まる。
何事かと、ざわめきが広がり、自然と視線が一か所へと集まった。
――あの瞬間が、再び訪れる。
「キャサリン・エルフェルト」
第一王子のよく響く声。
名を呼ばれたキャサリンが、ゆっくりと歩み出る。
ここまでは記憶どおりだ。
「私はここに、お前との婚約を破棄する」
宣告。
周囲の息を呑む気配が手に取るように伝わった。
――ここからが私の番だ。
静かにキャサリンが顔を上げる。
「理由をお聞かせ願えますか?」
前回と同じ言葉。
しかし、そこに込められた意味と声の震えが全く違う。
「白々しいな。お前が何をしたのか、この僕が理解していないとでも?」
ジェームズ殿下は、あざけるように笑った。
隣ではミレイユが、わざとらしく体を震わせている。
「彼女は見たのだ。お前が他の男と密会しているところをな。申し開きがあるなら聞いてやろう」
――待っていましたよ、ジェームズ殿下。
うつむきがちな顔の下で、キャサリンはにやりと不敵に微笑んだ。
「証拠もある」
差し出される一通の手紙。
キャサリンが毒を仕込んだ、あの恋文だ。
会場のざわめきが一層大きくなる。
人々の視線が痛いほど、キャサリンに突き刺さった。
「……。それで?」
その場のすべてを物ともせず、キャサリンは小首を傾げてみせる。
その一言に空気が止まった。
「何?」
さすがのジェームズ殿下も、この反応は予想していなかったようだ。
第一王子の足が止まる。
「ですから。そのお話は、それで終わりでしょうか?」
淡々と問い返す。
焦りも動揺も、怒りさえ見せずにキャサリンは対峙する敵を見つめた。
ジェームズ殿下の眉が、ぴくりと引きつった。
「……ずいぶんと余裕があるようだな。だが、お前の罪は明白だ。証拠は揃っている」
「ええ、そのようですわね。ならばこそ、確認させていただきたいのです」
キャサリンが一歩前へ、もはやジェームズ殿下を威嚇する勢いで、彼我の距離を近づけていく。
「その手紙。たしかに私が書いたものだと、断言なさるのですね?」
「当然だ」
即答。
――引き出した。
あとは詰めていくだけ。
キャサリンからすれば簡単な作業だった。
結果がわかっているからこそ、キャサリンはゆっくりと微笑む。
「筆跡の鑑定はどなたが?」
「王宮の書記官だ」
「お名前を」
キャサリンから発せられる矢継ぎ早の質問に、ジェームズ殿下が気色ばむ。
「なぜそんなことを――」
だが、キャサリンは有無を言わせない。
第一王子の言葉をさえぎって、強引に話をつづける。
「お答えくださいませ」
堂々たるキャサリンの姿。
凛とした気配に、会場の空気が変わる。
キャサリンの敗色が濃厚だと信じて疑わなかった貴族たちも、成り行きを静かに見守りつつある。
その変化を敏感に嗅ぎ取ったジェームズ殿下は、額に小さな冷や汗をかいた。
だが、自分の勝利は変わらないはずだと、ジェームズ殿下は胸を張る。
「グレイソン書記官だ」
――勝った。
その名を聞いた瞬間に、予感は確信へと姿を変えていた。
「では、その方にお伺いしましょう」
視線を巡らせれば、すぐに相手は見つかった。
人混みの中に、明らかに動揺している男がいる。
「グレイソン書記官」
その名をキャサリンが呼べば、男はびくりと肩を震わせた。
「鑑定結果、改めて今ここでご説明いただけますね?」
「そ、それは……」
書記官の言葉が詰まる。
目に見えて顔色が悪くなっていく。
――当然でしょう。なにせ書記官は本物を見てしまったのですから。
「どうなさいました? 顔色が優れないようですが?」
「い、いえ……その……」
視線が泳ぐ。
額には大粒の汗がにじんでいる
――ダメ押しと行きましょうか。
キャサリンが静かに言い放つ。
「まさか、文書を偽造されたわけではございませんね?」
書記官の顔は完全に青ざめていた。
「な、何を根拠に!」
口を出さずにはいられなかったのだろう。
ジェームズ殿下が声を荒らげていた。
キャサリンが冷ややかな視線をそちらに向ける。
「証拠ですか……。ございますわよ、こちらに」
はっきりと告げて手を挙げれば、その合図とともにエマがキャサリンのそばに寄る。
その手には、一通の書類。
「それは……?」
「数日前、グレイソン書記官の元へと届けた文書の写しでございます」
前回の記憶から、どのような恋文が作られるのかはわかっていた。
それならば、こちらで本物を用意してしまえばいい。
内容は書記官たちに対する感謝と、その存在意義を認めるものにすぎないが、随所の単語を切って貼りつければ、恋文を作ることも可能だろう。
これから文書を偽造しようとしている人間が、おあつらえ向きの素材を見せられて我慢できるはずがない。
グレイソン書記官は使ってしまったのだ。
キャサリンが写しを持っているとも知らずに、キャサリンの筆跡を完璧にトレースしてしまった。
本人でさえ同じ文章を描けば、完全に同一の筆跡にはならない。
同一であるということは、それが原文をトレースしただけの偽造である何よりの証拠だった。
「ほかの書記官に、わざわざ鑑定をしてもらうまでもないことですが、無実だと言い張るならばやってみても構いませんよ。グレイソン書記官には答えていただきましょう。どうして全く同じ私の筆跡が、異なる文章に存在しているのか。その訳を」
逃げ場はもうない。
一歩。
また一歩。
写しを見せつけるように掲げながら、キャサリンが距離を詰めていく。
静まり返る会場の中心で、キャサリンは完全に場を掌握していた。
「もうおわかりでしょう、みなさん。グレイソン書記官は偽の鑑定を行ったということです」
グレイソン書記官は、ついに膝から崩れ落ちた。
「……も、申し訳ございません……。私は命じられて……」
絞り出すような声で、グレイソン書記官はキャサリンに慈悲を懇願した。
だが、ここで手を緩めるようなキャサリンではない。
「誰にですか?」
すぐさま追い打ちの一言をかける。
震えながらグレイソン書記官は顔を上げ、そうしてまたうつむきながら2人のほうを指さす。
「……ミレイユ様とジェームズ殿下です」
どよめきが爆発した。
今や会場中の視線が、策謀を仕掛けた2人へと向けられている。
それら無数の視線に耐え切れず、ジェームズ殿下は振り払うように腕を乱暴に動かした。
「なっ……! でたらめだ!」
「そ、そうです! わたくしは何も――」
ミレイユも必死に否定したが、もはや手遅れであることはだれの目にも明らかだった。
――もう遅いのよ。
キャサリンは満足げに微笑んだ。
「婚約破棄のお話、確かに承りました」
優雅な一礼。
貴族たちがキャサリンの次の言葉を待っていた。
「謹んでお受けいたしましょう。あなた方の罪と共に」
普段、偉そうにしている王族のゴシップ。
こんなの盛りあがらないはずがない。
キャサリンの一言に、会場中が沸いた。
コメントまでは望みませんので、お手数ですが、評価をいただけますと幸いです。この後書きは各話で共通しておりますので、以降はお読みにならなくても大丈夫です(臨時の連絡は前書きで行います)。
次回作へのモチベーションアップにもつながりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。(*・ω・)*_ _)ペコリ




