24 薔薇色の打算
セリーヌには夢がある。
侯爵夫人になることだ、それもできるだけ早くに。
「……」
自室の鏡の前に座りながら、セリーヌは自分の顔を眺めた。
整った目鼻立ち。
手入れの行き届いた髪。
社交界でも見劣りしない容姿だという自覚は、ずっと前からある。
この美貌を有効活用すれば、夢にも手が届くはずだった。
「あと少し……」
独り言が静かな部屋に消える。
セリーヌがヴィクターを意識しはじめたのは、2年ほど前のことだ。
社交の場で何度か顔を合わせるうちに、これ以上ない相手だと確信した。
侯爵家の嫡男。
温厚で、扱いやすい性格。
そして何より、セリーヌの好意にまだ気がついていない。
自覚していないということは、それはまだ間に合うということでもある。
問題はひとつだけ
婚約者のリディアだ。
平民出の薬師。
腕は確かだと聞くので、その辺りからヴィクターに取り入ったのだろう。
「……薬師風情が」
吐き捨てるようにセリーヌは言った。
自家の現状は、外から見るほど盤石ではない。
父親の事業の失敗が重なり、ここ数年で家の財政はじわじわと傾いている。
社交界への出入りは続けているが、それも見栄を保つための消耗だ。
このまま何もしなければ、早晩、立ち行かなくなるだろう。
「私がなんとかしないと」
侯爵家との縁談が必要なことだった。
ヴィクターへの愛と打算が、セリーヌの胸の中で完全に重なっている。
侯爵のことを本当に好ましいと思っているが、同じくらい、その財力が必要だとも思っているのだ。
どちらかが嘘ということではない。
「あの薬師さえいなければいいのよ」
鏡の前でセリーヌがにこりと笑う。
それは大抵の男を篭絡できるほど、美しい笑みだった。
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翌週、セリーヌは再びヴィクターと顔を合わせた。
社交場での何気ない会話のように見せながら、セリーヌは慎重に言葉を選ぶ。
「そういえばヴィクター様、リディアさんの研究は順調なのですか?」
ヴィクターは苦笑する。
「それがな……本人はまだ、時間がかかると言っているんだ」
少しだけ眉を曇らせて、セリーヌは心配そうな顔を作る。
「まあ! でも、ずいぶん長くかかっていますわね。7年でしたか?」
「ああ、そうなんだ。難しい研究らしいから、仕方ないとは思うんだが……」
「そうですわね」
一拍置く。
ここが肝心なところだ。
ミスしてはいけない。
「でも……少し気になりません?」
「何がだ?」
「申請を急がないのは、本当に副作用のためなのでしょうか」
ヴィクターの表情がかすかに動く。
それをセリーヌは見逃さない。
「ランドール家の名義で申請することには、納得されているのですか?」
「話はした。一応、理解してくれていると思う」
セリーヌはそっと目を伏せる。
「そうですの。……でも、もしかしたら本当は自分の名前で出したいと思っておられるのかもしれませんね。だから、本当は完成しているのに黙っているのかもしれません」
沈黙。
ヴィクターが考えこむそぶりをした。
「……」
「まさか、婚約者を信頼していないということはありませんわ。きっと、そんなつもりではないはずです」
取ってつけたように、最後にセリーヌはそう告げる。
フォローを入れることで、自分の言葉が中立に見えるからだ。
これはリディアを貶めようとしているわけではない。
純粋にヴィクターを心配としてのものだと、受け取らせる。
そういう言い方を、セリーヌは心得ていた。
いつまでも黙ったままのヴィクターに気をつかって、セリーヌは話題を変えた。
「私の考えすぎかもしれませんので、深く気になさらないでください」
種は蒔いた。
あとは育つのを待つだけだった。
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