21 燃えつきない灯火
時系列の確認がこれまで以上に雑なので、雰囲気だけ楽しんでください( ˊᵕˋ ; )
炎がゆらゆらと揺れていた。
小さなランプの炎が、夜の調合室にぼんやりと光をたたえている。
窓の外はとっくに夜だ。
通りを行き交う人の声も、いつの間にか絶えている。
それでもリディアは机を離れなかった。
「……ふわあ」
小さなあくびをした直後に、眠っちゃダメだと言わんばかりに自分の頬を軽く叩く。
薬草の束を手に取り、葉の状態を確かめた。
指先で茎をなぞり、乾燥の具合を見る。
鼻を近づけて、香りを嗅いだ。
ほんのわずかにリディアの眉が寄った。
「まだ違うか……」
独り言が、静かな部屋をこだまする。
リディアは薬草をそっと置き、手帳に文字を書きつける。今日試みた調合の記録。失敗の理由。次に試すべき仮説となるアイデア。
手帳はもうずいぶん前から、失敗の記録で埋まっていた。
それでもリディアはためらいなくペンを走らせる。
リディア・ウルペッカ。
王都でも名の知れた薬師だ。
平民の出でありながら、その腕を買われ、侯爵家の御曹司との婚約までも取りつけた。
社交界では異例の出世などと、好奇心混じりの噂を囁かれることもある。
リディアにとって、そういった評判は少しも重要ではない。
リディアの関心はただ一つ。
「早くあの子たちに、薬を届けないといけないのに……」
目を閉じれると、子供たちの顔が浮かぶ。
王都の外れにある小さな診療所で、ベッドに拘束されているようにして横たわっている子供たち。
熱で赤く染まった頬。
苦しそうに上下する小さな胸。
体中にできてしまった緑色の斑点。
それでも笑ってみせようと、自分に向けられた健気な瞳が頭に焼きついて離れない。
リディアが薬師を志したのは、その日からだった。
たまたま目にした難病。
魔力循環の乱れによって引き起こされる慢性の病気で、子どもに多い。
既存の薬では、対症療法が限度で根治させるのは不可能だった。
それならば自分で作ってみせる。
そう決意したのが7年前。
「……もう7年か。ごめんね……無力で」
この病気は体力を奪う。
子供に長期の闘病は難しい。
あまり考えたくはないが、この7年の間に衰弱してもう会えなくなってしまった子も、少なくはないだろう。
それを思うと、ひどく胸が痛んだ。
「眠っている場合じゃないでしょ、リディア」
自分に言い聞かせて、また手帳に目を落とす。
長い時間をかけて来た。
笑われたことも、諦めるよう言われたことも、一度や二度ではない。
『薬師風情に新薬など開発できるものか』
『素人が手を出す領域ではない、大人しく調合だけしていろ』
『そもそも貧しい子に多い病気だぞ。だれが薬の代金を払うんだ?』
そういった心ない言葉が、矢のように飛んできた時期もあった。
腹が立ったし、悔しかった。
なによりも、平気で他人の命を軽視する姿勢が、どうしてもリディアには許せなかった。
眠れない夜を過ごしたこともある。
それでも諦めなかったのは、あの子たちの顔を忘れたことがないからだ。
すがることさえせず、むしろ見ているだけの自分のほうが病人なのではないかと、彼らの視線が必死にリディアを癒そうとしていた。
絶対に、諦めてはいけない。
軋む音を立てて、調合室の扉が開く。
「リディア、まだやっていたのか?」
低く、少し眠そうな声。
振り返ると、婚約者のヴィクターが扉口に立っていた。
侯爵家の嫡男らしい、端整な顔立ち。
上等な夜着を羽織り、こちらを少し呆れたように見ている。
「ごめん、ヴィクター。起こしちゃった?」
「いいや、目が覚めただけだ」
ヴィクターは部屋に入って来ると、リディアの隣に立った。
机の上に広げられた薬草と手帳に視線を落とす。
「相変わらず熱心だな。あの薬の進捗はどうだ?」
言葉とは裏腹に、リディアの大それた目標に関心があるようには見えない。
「もう少し……かな」
正直に答えた。
嘘をつく必要はないし、ヴィクターに隠し事をするつもりもない。
「副作用の問題がまだ解消できていなくて。もう少し時間がかかりそうなの」
「副作用?」
ヴィクターが眉を上げて尋ねる。
「そうなの……」
「だが、別に大した問題ではないのだろう? すぐに解決できるさ」
「どうだろう……。そう簡単でもなさそうかな」
体力の少ない子供に与えてしまったら、むしろ命を奪いかねない。
非常に危険なものだ。
リディアが続けようとすると、ヴィクターがふわりと笑った。
柔らかな、悪気のない笑みだった。
「リディアは心配性だな。まあ、完成したら教えてくれ。あの薬が王宮に認められれば、ランドール家にとっても誇りになる。俺も楽しみにしているよ」
それだけ言って、ヴィクターは踵を返す。
扉が閉まる音がして、次いで、また部屋が静寂が取り戻す。
リディアはしばらく閉じられた扉を、じっと眺めていた。
「……。……ランドール家の誇りか」
くり返してみた言葉は、なんとなく口の中に馴染まなかった。
ヴィクターに他意がないことは、わかっている。
深い意味はないのだろう。
純粋にリディアのことを誇りに思ってくれているだけだ。婚約者として、当たり前の応援をしてくれているだけ。
きっと自分が気にしすぎているのだ。
「……」
それでも、胸のどこかに、小さな棘が刺さったような感覚が取れない。
「気のせい……よね」
リディアは小さく首を横に振って、また机に向かった。
考えるべきことは、山ほどある。
今夜中に試すつもりだった調合が、まだいくつか残っていた。
ランプの炎が、また静かに揺れる。
窓の外で、風が鳴った。
リディアの夜はまだ長い。
✿✿✿❀✿✿✿
翌朝、リディアは診療所に寄っていた。
ほとんど徹夜に近い。
顔なじみの医師に挨拶をして、入院中の子どもたちの様子を確認する。これが、彼女の毎朝の習慣だった。
「リディア姉ちゃん、今日も来たんだ」
少年がベッドの上で顔を横に向けた。
年は8つか9つほどだろう。
青白い顔に、目元だけが力強く光を放っている。病気になんて負けてやるもんかという、不屈の意思を感じさせた。
「具合はどう?」
「昨日よりはマシ。まだ、発作もないし」
少年の声は明るかったが、発作という単語を使うときだけは、やはり緊張したように声が揺れていた。
リディアは椅子を引いて、少年の目線に合わせるようにしゃがむ。
「大丈夫。私が必ず薬を作るから」
はっきりと、言い切った。
少年が目を丸くし、次いで、にししと笑う。
「俺は自力で治すからな。薬ができたら、ほかの子にやってよ。それに、リディア姉ちゃんのほうが死にそうな顔しているぜ?」
「また君はそんなことばっかり言って」
薬師が他人を心配させてどうるんだと、リディアは胸中で自分を戒める。
それと同時に、改めて新薬を開発することを誓った。
診療所をあとにしたリディアの足取りは、行きよりも少しだけ速い。
「……まぶしい」
空は高く晴れている。
朝の空気は澄んでいて、薬草の青い香りをどこかに含んでいる気がした。
そこにきっと探している答えがある。
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