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タイムリープするお嬢様――二度目の婚約破棄はもう遅い。あなたが破滅する始まりです  作者: 御咲花 すゆ花
4話 リディア・ウルペッカ

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21 燃えつきない灯火

 時系列の確認がこれまで以上に雑なので、雰囲気だけ楽しんでください( ˊᵕˋ ; )

 炎がゆらゆらと揺れていた。

 小さなランプの炎が、夜の調合室にぼんやりと光をたたえている。

 窓の外はとっくに夜だ。

 通りを行き交う人の声も、いつの間にか絶えている。

 それでもリディアは机を離れなかった。


「……ふわあ」


 小さなあくびをした直後に、眠っちゃダメだと言わんばかりに自分の頬を軽く叩く。

 薬草の束を手に取り、葉の状態を確かめた。

 指先で茎をなぞり、乾燥の具合を見る。

 鼻を近づけて、香りを嗅いだ。

 ほんのわずかにリディアの眉が寄った。


「まだ違うか……」


 独り言が、静かな部屋をこだまする。

 リディアは薬草をそっと置き、手帳に文字を書きつける。今日試みた調合の記録。失敗の理由。次に試すべき仮説となるアイデア。


 手帳はもうずいぶん前から、失敗の記録で埋まっていた。

 それでもリディアはためらいなくペンを走らせる。

 リディア・ウルペッカ。

 王都でも名の知れた薬師だ。

 平民の出でありながら、その腕を買われ、侯爵家の御曹司との婚約までも取りつけた。

 社交界では異例の出世などと、好奇心混じりの噂を囁かれることもある。

 リディアにとって、そういった評判は少しも重要ではない。

 リディアの関心はただ一つ。


「早くあの子たちに、薬を届けないといけないのに……」


 目を閉じれると、子供たちの顔が浮かぶ。

 王都の外れにある小さな診療所で、ベッドに拘束されているようにして横たわっている子供たち。

 熱で赤く染まった頬。

 苦しそうに上下する小さな胸。

 体中にできてしまった緑色の斑点。

 それでも笑ってみせようと、自分に向けられた健気な瞳が頭に焼きついて離れない。

 リディアが薬師を志したのは、その日からだった。

 たまたま目にした難病。

 魔力循環の乱れによって引き起こされる慢性の病気で、子どもに多い。

 既存の薬では、対症療法が限度で根治させるのは不可能だった。

 それならば自分で作ってみせる。

 そう決意したのが7年前。


「……もう7年か。ごめんね……無力で」


 この病気は体力を奪う。

 子供に長期の闘病は難しい。

 あまり考えたくはないが、この7年の間に衰弱してもう会えなくなってしまった子も、少なくはないだろう。


 それを思うと、ひどく胸が痛んだ。


「眠っている場合じゃないでしょ、リディア」


 自分に言い聞かせて、また手帳に目を落とす。

 長い時間をかけて来た。

 笑われたことも、諦めるよう言われたことも、一度や二度ではない。


『薬師風情に新薬など開発できるものか』

『素人が手を出す領域ではない、大人しく調合だけしていろ』

『そもそも貧しい子に多い病気だぞ。だれが薬の代金を払うんだ?』


 そういった心ない言葉が、矢のように飛んできた時期もあった。

 腹が立ったし、悔しかった。

 なによりも、平気で他人の命を軽視する姿勢が、どうしてもリディアには許せなかった。

 眠れない夜を過ごしたこともある。

 それでも諦めなかったのは、あの子たちの顔を忘れたことがないからだ。

 すがることさえせず、むしろ見ているだけの自分のほうが病人なのではないかと、彼らの視線が必死にリディアを癒そうとしていた。


 絶対に、諦めてはいけない。

 軋む音を立てて、調合室の扉が開く。


「リディア、まだやっていたのか?」


 低く、少し眠そうな声。

 振り返ると、婚約者のヴィクターが扉口に立っていた。

 侯爵家の嫡男らしい、端整な顔立ち。

 上等な夜着を羽織り、こちらを少し呆れたように見ている。


「ごめん、ヴィクター。起こしちゃった?」

「いいや、目が覚めただけだ」


 ヴィクターは部屋に入って来ると、リディアの隣に立った。

 机の上に広げられた薬草と手帳に視線を落とす。


「相変わらず熱心だな。あの薬の進捗はどうだ?」


 言葉とは裏腹に、リディアの大それた目標に関心があるようには見えない。


「もう少し……かな」


 正直に答えた。

 嘘をつく必要はないし、ヴィクターに隠し事をするつもりもない。


「副作用の問題がまだ解消できていなくて。もう少し時間がかかりそうなの」

「副作用?」


 ヴィクターが眉を上げて尋ねる。


「そうなの……」

「だが、別に大した問題ではないのだろう? すぐに解決できるさ」

「どうだろう……。そう簡単でもなさそうかな」


 体力の少ない子供に与えてしまったら、むしろ命を奪いかねない。

 非常に危険なものだ。

 リディアが続けようとすると、ヴィクターがふわりと笑った。

 柔らかな、悪気のない笑みだった。


「リディアは心配性だな。まあ、完成したら教えてくれ。あの薬が王宮に認められれば、ランドール家にとっても誇りになる。俺も楽しみにしているよ」


 それだけ言って、ヴィクターは踵を返す。

 扉が閉まる音がして、次いで、また部屋が静寂が取り戻す。

 リディアはしばらく閉じられた扉を、じっと眺めていた。


「……。……ランドール家の誇りか」


 くり返してみた言葉は、なんとなく口の中に馴染まなかった。

 ヴィクターに他意がないことは、わかっている。

 深い意味はないのだろう。

 純粋にリディアのことを誇りに思ってくれているだけだ。婚約者として、当たり前の応援をしてくれているだけ。


 きっと自分が気にしすぎているのだ。


「……」


 それでも、胸のどこかに、小さな棘が刺さったような感覚が取れない。


「気のせい……よね」


 リディアは小さく首を横に振って、また机に向かった。

 考えるべきことは、山ほどある。

 今夜中に試すつもりだった調合が、まだいくつか残っていた。

 ランプの炎が、また静かに揺れる。

 窓の外で、風が鳴った。

 リディアの夜はまだ長い。




✿✿✿❀✿✿✿




 翌朝、リディアは診療所に寄っていた。

 ほとんど徹夜に近い。

 顔なじみの医師に挨拶をして、入院中の子どもたちの様子を確認する。これが、彼女の毎朝の習慣だった。


「リディア姉ちゃん、今日も来たんだ」


 少年がベッドの上で顔を横に向けた。

 年は8つか9つほどだろう。

 青白い顔に、目元だけが力強く光を放っている。病気になんて負けてやるもんかという、不屈の意思を感じさせた。


「具合はどう?」

「昨日よりはマシ。まだ、発作もないし」


 少年の声は明るかったが、発作という単語を使うときだけは、やはり緊張したように声が揺れていた。


 リディアは椅子を引いて、少年の目線に合わせるようにしゃがむ。


「大丈夫。私が必ず薬を作るから」


 はっきりと、言い切った。

 少年が目を丸くし、次いで、にししと笑う。


「俺は自力で治すからな。薬ができたら、ほかの子にやってよ。それに、リディア姉ちゃんのほうが死にそうな顔しているぜ?」


「また君はそんなことばっかり言って」


 薬師が他人を心配させてどうるんだと、リディアは胸中で自分を戒める。

 それと同時に、改めて新薬を開発することを誓った。

 診療所をあとにしたリディアの足取りは、行きよりも少しだけ速い。


「……まぶしい」


 空は高く晴れている。

 朝の空気は澄んでいて、薬草の青い香りをどこかに含んでいる気がした。

 そこにきっと探している答えがある。

 コメントまでは望みませんので、お手数ですが、評価をいただけますと幸いです。この後書きは各話で共通しておりますので、以降はお読みにならなくても大丈夫です(臨時の連絡は前書きで行います)。

 次回作へのモチベーションアップにもつながりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。(*・ω・)*_ _)ペコリ

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