幕間 折れた羽根と小さな依頼③
さらに1週間の月日が経った。
レナは約束をたがえず、必ず週に2回ソフィアの研究室を訪れた。
来るたびに、レナの記録帳は厚くなっている。
産地ごとの魔力活性値。
保存方法による変化。
土壌サンプルと、植物の魔力特性の相関。
お世辞にも几帳面とは言えない字だったが、その内容はソフィアの目から見ても驚くくらい、着実に積み上がっていた。
「ホーちゃん先輩、見てください」
レナがノートを広げる。
自分への呼び方は言っても直さないので、だいぶ前に諦めた。
「北部産の月草、乾燥させたやつと生のやつを比べたら、やっぱり差が出ました。生のほうが活性の立ち上がりが早いけど、持続時間は短い」
「予測どおりね」
ソフィアが数値を確認しながら答える。
「水分が蒸発する過程で、魔力の揮発も起きているのかもしれないわ。次は乾燥速度を変えて試してみましょう」
「急速乾燥って熱を使います?」
「うーん、熱は余計な要素が増えちゃうんじゃないかな。風乾のほうがいいと思う」
「なるほどですね」
レナがまた走り書きをする。
ソフィアもその様子を眺めながら、自分の記録帳に数値を書き写した。
きっと、レナのデータが揃えば、使えるものになるだろう。
そんな予感がした。
「先輩。これって、クラちゃん先輩にも見せてもいいですか? この間の報告書の件もあったので、一応聞いておこうかなと思って」
「……あなたが直接持っていくつもり?」
「駄目ですか?」
「駄目ではないけど……。私から話を通しておくわ。その後にしなさい」
「ありがとです」
レナがぺこりと頭を下げる。
それから少し間があって、また顔を上げた。
「先輩って、最近顔色がよくなりましたね」
相変わらず唐突だった。
そして、余計な点も変わらない。
「……いいから、研究に戻りなさい」
レナが記録帳に目を戻す。
ソフィアも視線を手元に落とした。
✿✿✿❀✿✿✿
問題が発覚したのは、その翌朝だった。
研究室に来たレナの顔が、珍しく強張っている。
いつもは入るなり、見せびらかすように記録帳を広げるというのに、今日は入り口で立ち止まったまま動こうとしない。
さすがに不自然だ。
「どうしたの?」
「……。データが一部なくなっていました。保管棚に入れておいたノートが一冊、別のものになっていて……」
「別のもの?」
「白紙……です」
ただごとではない。
「気がついたのはいつ?」
「今朝です。昨日の夜まではあったはずなので、たぶん夜のうちに……」
ソフィアの中で怒りの炎が生まれた。
先日、廊下でレナに嫌がらせをしていた研究員たちの顔が脳裏に浮かぶ。
激情が溢れそうだった。
それをどうにか、ソフィアは冷静な頭で抑制する。
今は感情よりも先に、頭を動かさなければならないはずだ。
「差し替えられた分のデータは、他に控えがあるかな?」
「一部は手帳に書き写してありますけど……全部じゃないです」
「どのくらい失った?」
「北部産のサンプルの記録が、約3週間ほど」
3週間。
レナが丹念に積み上げてきたデータだ。
ソフィアは一瞬だけ目を閉じた。
「わかったわ。今日は実験を休んで、覚えている範囲でいいから、記憶を書き起こしなさい。記録の再現に使える時間は全部そこにあてること」
「……。でも先輩、犯人は」
「それは私が動く」
きっぱりと言った。
レナが目を丸くしてソフィアを見る。
「……ホーちゃん先輩が?」
「あなたは研究を続けなさい」
ソフィアがコートを手に取った。
「私のことは心配しなくていいわ」
✿✿✿❀✿✿✿
ソフィアはまず、研究院の規則書を取り寄せた。
分厚い冊子だ。
普段は誰も読まない。
こんなもの読むだけ無駄だからだ。
やたらと細かいルールを制定したがる変人が、ほとんど自己満で作ったものだ。もちろん、そこにはいくらかの正義感もふりかけられている。
しかし、ソフィアはそれを端から丁寧に読んだ。
読みこんだ。
探しているのは、研究データの管理と保護に関する条項。
30分ほどで、目的の箇所を見つける。
『研究員の正式な記録物に対する無断での持ち出し・改変・汚損は、倫理規定の第7条に抵触する。見習い研究員の記録物も、正式に登録されたものである場合は同等の保護対象とみなす』
どうしてこの業界の人間は、こうも回りくどい言い方をするのが好きなのか。
ソフィアはむっとしながらも、なんとか文章をかみ砕いた。
「……登録」
すぐに、ソフィアはレナの記録帳が、正式に登録されたものなのかを確認した。
もちろん、されていない。
見習いに登録の手続きを教える者などいないからだ。
「ここを突かれたのね……」
登録されていなければ、保護対象にならない。
つまり、規定の上ではなかったことにできるわけだ。
計算されている。
もっとも、相手がそこまで知ったうえでのことなのかは、甚だ疑問ではあるが……。
「……今からでもできることをしなくっちゃ」
ソフィアはペンを取った。
まず、レナの記録帳の正式な登録申請書を書く。
さすがに日付は遡れないが、以降のデータは保護対象にできる。
次に、審査の申し立てを書類にとまとめる。
書き始める前に、一度だけ手が止まった。
「……。キャサリン嬢なら、きっと」
もっとうまくやっていただろう。
そう思った。
だが、すぐにソフィアは首を横に振る。
今は関係ない。
自分がレナを守るのだ。
ペンを動かし、淡々と事実だけを書いていく。
感情は入れない。
差し替えられた記録帳の状態。
発覚した日時。
前日までデータが存在していたことの証人。
廊下での出来事との関連性。
たっぷりと2時間かけて、書類を書き上げた。
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次回作へのモチベーションアップにもつながりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。(*・ω・)*_ _)ペコリ




