3 仕組まれた罠と、仕掛け返す罠
それからの数日間、キャサリンは表向き何も変わらぬ令嬢として過ごした。
茶会に出席し、微笑み、礼儀正しく振る舞う。
少なくとも、周囲にはそう見えていたはずだった。
「お嬢様。ご依頼の件、まとまりました」
夕刻、エマが静かに報告書を差し出した。
「ありがとう」
受け取り、すぐに目を通す。
そこに並んでいたのは、予想通りの名前と動き。
――繋がっていたわね。
男爵のミレイユ令嬢。
そして、数名の中堅貴族。
さらに予想だにしていなかった名前まで見える。
「……。まさか、書記官まで抱きこんでいるとは」
思わず、キャサリンは小さく息を吐いた。
書記官は王宮文書を扱う立場の人間だ。
今回の件に即して言うならば、証拠の体裁を整える役割になる。
――手紙の完成度にも納得がいく。
「この書記官に、最近まとまった金銭の動きがあったのではなくて?」
「調べたところ、ここ1週間で借財が不自然なほど消えています」
「出所は?」
「男爵家に間違いないかと」
確定だ。
――ミレイユ嬢単独ではない。
新興の男爵家は爵位こそ低いものだが、事業の収入が並みの伯爵よりも多い。
資金も人脈も総動員してあるのだろう。
――ずいぶん大掛かりなこと。
だからこそ崩せる隙もある。
「……」
キャサリンが紙を閉じる。
すでに頭の中では、いくつかの筋道が組みあがっていた。
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翌日。
キャサリンは、ある人物の元を訪れていた。
「これはこれは……キャサリン嬢が直々にお越しとは」
応接室で彼女を出迎えたのは、穏やかな笑みを浮かべた青年だった。
第二王子のルシアン殿下である。
「突然の訪問、失礼いたします」
「構わないよ。それで、今日はどのようなご用件かな?」
柔らかな物腰。
だがその瞳は、油断ならない光を宿している。
――この方は侮れない。
前回の記憶でも、彼は常に一歩引いた位置から情勢を見ていた。
少なくとも、愚かな選択はしない人物だ。
「単刀直入に申し上げます」
「どうぞ」
キャサリンは一歩、前へと踏み出した。
「近く、私とジェームズ様の間で問題が起こります」
ルシアン殿下の眉がわずかに動いた。
「……ほう?」
「その際、私は不利な立場に置かれるでしょう。ですが……」
一瞬だけ言葉を区切り、まっすぐに視線を合わせた。
「すぐに形勢は逆転しますわ」
「大層な自信だね」
「事実ですので」
静かに言い切る。
駆け引きは不要だ。
ルシアン殿下には、あいまいな言葉よりも確信の方が響く。
「それで僕に何を?」
「お願いがございます」
「聞こうか」
「当日、すべてが明らかになったあとには、どうか公正な立場からご判断をしていただきたいのです」
ルシアン殿下は少しの間黙り込むと、やがてくすりと笑った。
「つまり僕は保険というわけだね」
「ええ、その通りでございます」
否定はしない。
したところで意味がない。
その方が信頼に繋がるはずだった。
「面白いね」
ルシアン殿下は椅子にもたれ、愉快そうに目を細めた。
「……」
「もしそれが本当なら、兄上を蹴落とすチャンスかもしれない。いいだろう、約束しよう」
「感謝いたしますわ」
これで最悪の事態は避けられる。
残すは証拠を揃えるだけだ。
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夜。
キャサリンは再び机に向かっていた。
並べられた紙には、すでにいくつもの証拠と情報が整理されている。
金の流れ。
接触記録。
改竄された文書の不自然な点。
それでも決定打が足りていない。
誰もが否定できない明確な一手があれば、完璧となる。
「ないなら……用意してしまいましょうか」
ペンを取り、新たな紙にさらさらと書き記す。
それは一通の手紙だ。
受け取る相手にとっては、決して見過ごすことのできないもの。
そして、これこそがキャサリンが仕掛ける猛毒だった。
「エマ」
「はい、お嬢様」
「これを例の書記官へ」
エマは何も尋ねない。
ただ静かに受け取り、そのまま部屋を後にする。
その背を見送りながら、キャサリンは目を細めた。
――これで向こうは動かざるを得ない。
証拠はおのずと相手が差し出してくれるはずだった。
「……ふっ」
小さな笑みがキャサリンの口元に浮かんだ。
「当日が楽しみですわね」
2人がどんな顔をするのか。
かつて自分を見下した人たちが、計画の失敗を知ったとき、いったいどんな表情を見せるのか。
その答えは、もうすぐ明らかになる。
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