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タイムリープするお嬢様――二度目の婚約破棄はもう遅い。あなたが破滅する始まりです  作者: 御咲花 すゆ花
3話 ソフィア・ホーウッド

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蛇足 エマの日記

 お嬢様が就寝したあとの屋敷は、しんと静まり返っていた。

 私は1人、執務室の片隅で書類を整理する。

 蝋燭の明かりは、紙の上に細い影を落としていた。

 手は動かしているが、頭の中ではまだ今日のことが引っかかる。


「侍女から情報が漏れる……ですか」


 お嬢様はそう読んでいた。

 読んでいたからこそ、逆に利用した。

 結果として、計画は次の段階へと進んでいる。

 失敗ではない。

 むしろ、喜ばしいことだ。

 それはわかっている。

 わかっているが、私の胸の奥には小さな棘が刺さったままだった。

 侍女が情報を漏らす。

 他人事ではない。

 ソフィア様の侍女が悪意を持っていたわけでもないだろう。

 ただ、世間話の中でうっかりと口を滑らせただけだ。

 あるいは、巧みに引き出された。

 真実はどちらでもいい。

 問題なのは、それが主人の足を引っ張りかねないということだ。


「……。同じことをしないとは言い切れませんね」


 私はペンを止める。

 自分でどれほど注意を払っていても、気づかないうちに何かを漏らしている可能性はある。

 それは慢心ではなく、事実として受け入れなければならないことだった。

 お嬢様は今回、その穴を塞ぐのではなく利用するという手を選んだ。

 しかし、いつもそれができるとは限らないだろう。

 内側に穴があれば、いつか取り返しのつかない形で開くこともある。


「気を引き締めないといけませんね」


 私はそう思いながら、再びペンを取った。




✿✿✿❀✿✿✿




 お嬢様が変わったのは、あの朝からだ。

 まるで、地獄の淵から戻って来たように、それからのお嬢様は苛烈を極めた。

 もちろん、実際に地獄に行ったわけではないだろう。

 その前の晩も、すやすやとお休みになっていたのだから。

 しかし私には、そう表現するよりほかにない。

 あの朝のお嬢様は、前夜と別人のように目の色が違った。

 眠れなかった様子もなく、取り乱した形跡もない。

 ただ、静かに、何かを決めた人間の顔をして座っていた。

 最初は私の気のせいかとも思った。

 次の日も、またその次の日も、お嬢様の判断は迷いがなかった。

 動く前から答えを知っているかのように、先手を打ち続けた。

 証拠を集めた。

 罠を仕掛けた。

 舞踏会の場で、完璧に反撃した。

 私はずっと、それを問わずにいた。

 問えなかったのではない。

 問うつもりがなかったのだ。

 お嬢様に何があったのかは、わからない。

 しかし、向かおうとしている方向は見えていた。

 それで十分だと、私も思っていた。

 理由を知らなくとも、自分にできることはある。

 足場を作ること、情報を集めること。

 お嬢様が動ける状態を、常に整えておく。

 侍女の仕事とは、そういうものだと私は信じている。




✿✿✿❀✿✿✿




「……エマ?」


 声がした。

 顔を上げると、扉の隙間からお嬢様が顔をのぞかせていた。

 寝衣のまま、髪もほどいている。

 珍しいことだ。


「どうかされましたか?」

「眠れなくて」


 それだけ言って、お嬢様は部屋に入ってきた。

 椅子を引いて、お嬢様が私の向かいに腰を下ろす。

 私は何も言わずに立ち上がり、小鍋で温めていたミルクをカップに注いだ。

 受け取ったお嬢様が、両手でカップを包む。

 しばらく、私たちは黙っていた。

 蝋燭の炎が、かすかに揺れている。


「……今回は読み違えたわ」


 お嬢様がぽつりと言った。


「ドリアンが侍女まで取り込んでいることは、初回から想定できたはずなのに……」


 初回から?

 お嬢様は最初から次女から漏れることを懸念していたはずだ。

 何を仰っているのか、私にはよくわからない。

 だからこそ、私は静かに遮った。


「お嬢様、もう十分ではないでしょうか」


 お嬢様が私を見る。

 私は表情を変えずに続けた。


「今回の件で、私も学んだことがあります。どれほど注意を払っていても、内側に穴は生まれうる。それならば穴を恐れるのではなく、穴があることを前提に動けるようになればいい。……お嬢様はすでに、そうなさっていました」


 お嬢様がわずかに目を細めた。


「あなた、いつもそうやってさらりと正論を言うのね」

「お嬢様のそばで学んでおりますので」


 短い沈黙のあと、お嬢様が小さく息を吐いた。


「……あなたがいてくれてよかった」


 ぼそりと、独り言のような声だった。

 私は答えない。

 代わりに、静かに頭を下げた。

 お嬢様がカップを置いて立ち上がり、「おやすみ」とだけ言って部屋を出ていく。

 その背中が廊下の暗がりに消えるまで、私は見送った。

 一人に戻った部屋で、私は再び書類へ向きなおる。

 忠誠ならば、とうの昔から持っている。

 義務は、果たし続けてきた。

 しかし、それだけではない何かが、胸の中にあることに私は気づいていた。

 この方が次に何を見るのか。

 どこへ向かうのか。

 その先を、自分も見たいのだ。

 ただそれだけのことが、私をここに立たせている。そんな気がする。

 蝋燭の炎がまた揺れて、すぐに静かになる。。

 明日もやることは決まっていた。

 コメントまでは望みませんので、お手数ですが、評価をいただけますと幸いです。この後書きは各話で共通しておりますので、以降はお読みにならなくても大丈夫です(臨時の連絡は前書きで行います)。

 次回作へのモチベーションアップにもつながりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。(*・ω・)*_ _)ペコリ

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