16 巻き戻しと再設計
意識が戻ったとき、キャサリンは自室の寝台の上にいた。
窓から差し込む光が、やわらかい。
朝だ。
それも、アルバートに文を送るよりも前の朝だった。
「戻って来たわ」
つまり、まだキャサリンとソフィアは初対面。
――ふぅ……。
天蓋を見上げながら、静かに息を吐く。
頭の中には、失敗した未来の記憶がそのまま残っている。
ドリアンの完璧な演技。
すっかり打ち解けてしまったソフィア。
院内に流され始めた噂。
――すべて利用させてもらいましょう。
キャサリンがくすりと笑う。
「婚約破棄ではないけれど……もう遅い。あなたが破滅する始まりです」
起き上がり、身支度を終えたキャサリンが侍女を呼ぶ。
「おはようございます、お嬢様」
「少し聞いてちょうだい」
エマが静かに向きなおる。
キャサリンは端的に話した。
この先の未来で起きるだろう失敗。
ドリアンがソフィアの侍女から情報を引き出すこと。
院内に噂が流れること。
もちろん、実際にタイムリープして来たなんてことは言わない。
いくらエマでも、こんな話は信じられないだろう。
聞きおえたエマが、静かに口を開いた。
「……。ソフィア様の侍女から情報が漏れるかもしれない……。ということは、内側に穴があるということですね」
「そうよ。早急に塞ぐ必要があるわ」
「ところでどうして、お嬢様はそのようにお考えに?」
「念のためのよ。私の勘違いなら、それでいいわ」
「……。かしこまりました。どうしますか? 侍女を替えますか?」
キャサリンが首を横に振る。
「いいえ、替えればドリアンはまた別の穴を探すでしょう。それよりも、侍女が伝える情報をこちらで用意するの」
エマの目がわずかに見開かれる。
「ドリアン子爵がお聞きになりたい情報を、意図的に流すということですか?」
「そのとおりよ。今度の試験では、持参金の話は使わないわ。もちろん、ダミーとしては流すけれどね」
キャサリンが机の前に座り、紙を広げた。
「ドリアンが事前に情報をつかんでいても、答えられないような試し方をするの」
「その方法は?」
「ソフィア嬢にしかわからないこと。これを試金石にする」
ペンを取り、書き記していく。
「2人の間だけにある思い出。ソフィア嬢が婚約者にだけ打ち明けた話。そういったものを、ドリアンが本当に覚えているかどうかを確かめる」
エマがゆっくりとうなずく。
「侍女から情報を取っても、そこは埋められない」
「ええ。愛情があれば自然に覚えているはずのこと。でも、打算で動いている人間には、抜け落ちていても仕方のないこと。そこを突くのよ」
――本当に完璧ならば、わざわざ次女から情報を盗み取らない。
自分ではソフィアの変化に気がつけないからこそ、ドリアンは周りに取り入っているのだ。
エマが少し考えてから、口を開いた。
「お嬢様。一点だけ懸念がございます」
「言って」
「ソフィア様が、試すこと自体を嫌がるかもしれません。持参金とは違い、これは露骨に愛情を確かめるものですから」
鋭い指摘だった。
――それもそうね。
キャサリンも黙って考える。
たしかに、正面から「試しましょう」と言っても、ソフィアは首を縦に振らないだろう。
「……。試験のような直接的なやり方は避けるわ」
キャサリンが静かに筋道を導き出す。
「ただ、一緒にお茶をしながら、婚約者の話を聞かせてほしいとだけ伝える。そこでソフィア嬢自身に話してもらいながら、こちらで見極めるの」
「ソフィア様には、試していることを告げない?」
「ええ。自然な会話の中で確かめるのよ」
エマがうなずいた。
「院内の噂については?」
「そちらも先に手を打つわ」
キャサリンが別の紙を取り出した。
「ドリアンが院内で接触している人物を、今日中に特定してちょうだい。たぶん、ハークライトさんに近づいて来るはずよ。その人はアルバート教授の後輩だから」
「承知しました」
「それと、もう一つ」
キャサリンがペンを止めた。
「ドリアンの愛人のことも、改めて調べてほしいの」
「……。愛人がすでにいらっしゃると?」
「恐らくはね。ただ今回は、もう少し詳しいことが知りたい。その女性がドリアンとの関係をどう思っているかまで知りたいわ」
「……よろしいのですか?」
エマがキャサリンに問い返す。
それは純真無垢なソフィアの前で、本当に愛人の存在を暴露するのかという質問にほかならない。
キャサリンも静かにエマを見返す。
「あまり使いたくはないけれどね。ドリアンを追い詰めるとき、ソフィア嬢の前で告げなければいけなくなるかもしれない。そのときに向こうが何を言い出すかわからないから、備えておいて損はないわ」
「かしこまりました」
エマが一礼して、部屋を出ていく。
その背中を見送りながら、キャサリンは再び紙に向き直った。
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翌日、アルバートのもとへ文を送った。
内容は前回と大きく変わらない。ただし、ソフィアへの注文として、今後のためにドリアン子爵との関係について聞かせてほしいと加えてある。
不名誉だが、キャサリンがジェームズ元殿下と婚約を破棄したという事実は、周知のことだ。恋愛面で助けてほしいと匂わせれば、色よい返事が送られて来た。
「……。かわいいものね」
老研究者らしからぬ、少しだけ浮き足立った筆跡は前回と変わらない。
――今度は失敗しないわ。
机の上には、エマが集めた情報が整然と並んでいる。
院内の協力者の動き。
ドリアンの資金状況。
愛人との関係の詳細。
そして、ソフィアがドリアンにだけ打ち明けたという、ある話の断片。
それをエマが、ソフィアの侍女から自然な会話の中で引き出して来ていた。本当にエマには頭が上がらない。
「お嬢様、これで材料は十分かと」
「ありがとう」
キャサリンが立ちあがった。
「今度こそ、ソフィア様自身に決めてもらいましょう」
窓の外では、穏やかな朝の光が王都を照らしていた。
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