15 愛の試験と誤算
翌週、ソフィアからキャサリンへ短い文が届いた。
『言われたとおりにしてみます。明日、ドリアン様とお会いします』
読み終えたキャサリンは、丁寧に手紙を折り畳んだ。
「準備はいいわ」
「当日、私も近くに控えております」
エマが答える。
計画は単純だ。
ソフィアがドリアンに「持参金の一部が都合できなくなったかもしれない」と告げる。
愛情があれば動じない一言。
しかし、打算で動いている人間には、致命的な試金石になる。
ドリアンがどう反応するか。
それをソフィア自身の目で見てもらう。
――うまくいくはずよ。
キャサリンは確信していた。
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自分だけでは、何か起きたときに不安である。
ソフィアにそう頼まれたキャサリンは、彼女の友人としてアルバートのもとを訪れていた。
「なんだか緊張します……」
少なからず、相手を騙そうというのだ。
人のいいソフィアには難しい注文だったのかもしれない。
「心配しないで。私もついているわ」
キャサリンがソフィアの肩に手を置く。
まもなく、ドリアンの来訪を告げるドアベルが鳴った。
「お嬢様」
エマがキャサリンに声をかける。
「部外者がいると警戒して、素直な反応が見られないかもしれないわ。ソフィア嬢だって、それは望んでいないでしょう? 隣の部屋で声だけを聞かせてもらいます」
キャサリンが確かめるように、アルバートに視線を向ける。
すぐにアルバートは同意し、キャサリンたちを隣の部屋へ案内していた。
準備が整うやいなや、ドリアンはすぐに入室して来た。
「直接会って話がしたいなんて、どうしたんだい?」
「謝らなければいけないことがあるんです」
ソフィアは目元にかすかに涙を浮かべて話す。
演技ではない。
実際に罪の意識を感じているからこそ、ソフィアは涙をにじませたのだ。
声音からしか判断できないキャサリンにも、それは理解できた。
「謝る?」
ドリアンが眉をしかめる。
「はい……。持参金をお伝えしていたよりも、だいぶ少ない金額しか出せなくなってしまいました」
ドリアンはさぞ慌てるはずだろう。
その予想を裏切り、子爵は朗らかに笑った。
「なんだ、そんなことか」
「そんなこと?」
「構わないさ。ソフィアさえいてくれるなら、僕はそれで」
――おかしい。
「ドリアン様!」
涙ぐんだソフィアの声が聞こえる。
ドリアンの胸元へと走っていくソフィアの姿が、キャサリンにもありありと想像できた。
――そんなはずはないわ。
キャサリンは黙ったまま外を見つめることしかできない。
「お嬢様……」
エマが隣室に聞かれないように小さな声で、キャサリンを呼んだ。
――言いたいことはわかっているわ。
キャサリンの勘違いではないのかと言いたいのだろう。
しかし、それはありえない。
タイムリープで見た光景が鮮明に蘇る。
あの男は確かに言っていた。
持参金さえ手に入れば、あとは早いと。
――何かあったのね。
しばらく部屋で待機し、ドリアンが帰ったのを見計らってからキャサリンはソフィアのもとに姿を現した。
「キャサリン嬢、ドリアン様はやっぱり心から私のことを!」
「そうみたいですわね」
にこりと微笑みながらも、胸中では煮え湯を飲まされた敗北感が拭えない。
――やってくれるわね、ドリアン。
別の場所からこっそりと2人の様子をうかがっていたアルバートも、自分の杞憂だったのかと胸をなでおろしている様子だった。
「ご迷惑をおかけしましたな」
「いえいえ、誠実な方のようで私も安心しましたわ」
優雅に一礼をし、キャサリンが屋敷をあとにする。
――何か先手を打たれたのね。
いつもより速足で歩くキャサリンの背中に、エマが声をかける。
「どうされますか?」
「……。エマ、あなた私を信じてくれる?」
「もちろんです!」
「そうとわからないように、事情を調べてちょうだい」
「承知しました」
エマと別れ、キャサリンは一人屋敷に戻る。
侍女が戻って来たのは夜遅くになってからだった。
「どうだった?」
「お嬢様のおっしゃるとおりでした。ドリアン子爵は、ここ数日の間に侍女と話をしていたようです」
「侍女と?」
「はい。世間話を装って、ソフィア様が最近悩んでいることはないかと、さりげなく聞いていたようなのです」
すべてがつながった。
ドリアンはソフィアの侍女から、持参金の話が出るかもしれないという情報を事前につかんでいたのだ。
だからこそ、動じない演技が完璧にできた。
――完全無欠を演じるつもりか。
計画が無事に終わるまで、油断しないつもりなのだろう。
「一枚上手だったわね」
そこは認めなければならない。
キャサリンが、静かにため息をついた。
悔しいというよりも、自分の不明さを恥じるような感覚だった。
「ソフィア嬢の様子は?」
「すっかり打ち解けてしまっておられます。疑って申し訳なかったと、逆にドリアン子爵に詫びているほどで……」
――最悪ね。
試験が逆効果になってしまった。
これではソフィアがドリアンへの信頼を深めただけで終わってしまう。
キャサリンは机の上に視線を落とした。
「……。アルバート教授への根回しは?」
「そちらにも動きがありました」
エマの顔が曇る。
「院内でドリアン子爵と接触していた人物が特定できたのですが……すでに教授の信頼する後輩研究者に対して、根も葉もない噂を流し始めているようです」
「どんな内容?」
「研究データの管理が杜撰だという話です。今のところ噂の段階ですが、放置すれば教授の院内での立場に、いくらか影響が出るかもしれません」
「クラリス嬢の一件があったばかりだから、そこまで噂は実行力を持たないとは思うけれど……」
クラリスに対する嫉妬が、アルバートのほうに向かわないとも限らない。
――やはり二方向から、同時に手を打たれていたのね。
わかっていたこととはいえ、後手に回される。
ソフィアの信頼は今や盤石になりつつあり、アルバートが動こうとすれば院内での立場を失いかねない。
「思ったよりもずっと用意周到ね」
キャサリンが冷たい声音で言い放った。
無論、怒りはある。
しかし、それよりも頭が冷静に状況を整理しはじめていた。
このまま続けても勝てないだろう。
――ソフィア嬢はもうドリアンを疑わないわ。
アルバートもこれからは身動きが取りにくくなるはずだ。
エマが集めた証拠だけを突きつけても、今のソフィアには届かない。
「仕切り直しよ」
「……。……?」
キャサリンの言葉に、エマは訝しみつつもうなずいた。
――このまま進んでも、ソフィア嬢が傷つくだけ。
それは避けるべきだ。
椅子から立ち上がり、夜の景色に目をやる。
「今回の失敗でわかったことがあるの。ドリアンは情報を取るのがうまいわ。だから、今度はこちらが情報を操る側に回る」
「具体的にはどうなされるおつもりですか?」
「今のあなたに話しても仕方のないことなんだけど、まあいいわ。ドリアンの聞きたい情報を、こちらで用意するの」
キャサリンは不敵に微笑む。
それは今までとは少し違う、どこか冷たい笑みだった。
「あの男に自分で墓穴を掘らせましょう」
その夜は目を閉じるよりも早く、意識が遠ざかっていた。
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