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タイムリープするお嬢様――二度目の婚約破棄はもう遅い。あなたが破滅する始まりです  作者: 御咲花 すゆ花
2話 クラリス・レーヴェル

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蛇足 余計なお世話

「お嬢様」


 馬車の揺れに身を任せていたキャサリンに、向かいに座るエマが静かに口を開いた。


「何?」

「クラリス様のことなのですが」

「……」


 キャサリンが窓の外に視線を向けたまま、続きを促す。


「あの方の恋愛事情が、このままでは少々寂しいことになってしまいますね」

「……。……そうね」


 嫌な感じの流れに、キャサリンは少しだけ間を置いてから応じた。


「ケヴィン殿への未練はないようですが、研究にのめりこむばかりで……その……なんと言いましょうか。色恋の気配がございません」


「研究者なんて、本来そんなものでしょう」

「お嬢様」


 エマが、じっとキャサリンを見つめた。

 その視線には、いつもの無表情の中に、かすかな圧が込められている。長年仕えた侍女の数少ない主張の形だ。


 ――はあ。


 キャサリンが胸中でため息をつく。


「何が言いたいのかしら」

「少しだけ、背中を押して差し上げてはいかがでしょう」

「私が?」

「お嬢様以外に、だれがおりますか」


 返す言葉がなかった。

 キャサリンはしばらく黙り込んでから、渋々と言った様子でうなずく。


「……。調べるだけよ」

「もちろんでございます」


 エマは満足げに、静かに目を閉じた。




✿✿✿❀✿✿✿




 翌日から、キャサリンとエマの地味な調査が始まった。

 クラリスの周辺に出入りする人物。研究院で彼女と話す機会の多い男性。それとなく聞きこみをしながら、エマが手帳に候補を書き出していく。


「まず一人目ですが、同じ研究院の上級研究員です。クラリス様の研究を高く評価しているとのことで……」


「既婚よ」

「……。失念しておりました」

「2人目は?」

「40を過ぎた方で、穏やかな人柄だと聞いております」

「年が離れすぎているわ」

「では3人目。若手の研究者で、院内でも優秀だと評判の……」

「クラリスと話したことはあるの?」

「それはまだないようですね」


 淡々と返すエマに、キャサリンは内心頭を抱えていた。


「……。論外ね」


 エマが静かにため息をつく。


「探そうとすると、意外にも見つからないものですね」

「当たり前でしょう。釣り合いだけで人を選べるなら、苦労しないわ」


 それ以上の言葉はなかったが、キャサリン自身もどこか乗り気でないことは、エマには最初からわかっていた。




✿✿✿❀✿✿✿




「こういうのはあまり趣味じゃないんだけれど……」


 研究院の近くまで足を運んだキャサリンが独り言ちていた。


「お嬢様が言い出したことではありませんから」

「……。……そうね、あなたが言いだしたのよ」

「さようでございますね」


 涼しい顔してエマが答える。

 キャサリンは内心で小さな舌打ちをしてから、視線を前に向けた。

 研究院の正門から少し離れた並木道。

 昼下がりの穏やかな陽光の中を、ちょうど見知った顔が歩いて来るところだった。

 クラリスだ。

 手には資料の束を抱え、いつもより少し早足で歩いている。その隣には、見慣れない青年の姿があった。


「……あれは」


 エマが静かに目を細める。

 同い年か、あるいは少し上か。

 飾り気のない服装に、どこかぼさぼさした髪。

 いかにも研究者という風貌の青年だった。


「何か言っているわね」


 遠すぎて声は聞こえない。

 しかし、クラリスが何かに反論するように紙の一点を指差し、青年がそれをのぞきこんで眉を寄せている。まもなく、別の箇所を指で示し返していた。


 言い合いをしているようにも見えるが、クラリスの顔は怒っていない。

 むしろ、目が生き生きとしていた。


「……」


 キャサリンは黙って観察をつづけた。

 2人が立ち止まる。

 青年が何かを熱心に説明し、クラリスがそれを聞いてから、ゆっくりと首を縦に振った。

 珍しいものを見た、というような表情だった。

 納得したくないけれど、認めざるを得ないという顔だ。

 それを見た青年が、ひどく嬉しそうに笑う。


「……。エマ」

「はい」

「あの青年はだれ?」

「少々お待ちを」


 エマが近くを通りかかった研究院の関係者に、さりげなく声をかける。短いやり取りのあと、戻って来た。


「オスカー様とおっしゃるそうです。クラリス様と同期の若手研究者で、同じ分野を研究されている方のようですね」


「同じ分野……」

「ええ。騒動のあとから、よく一緒にいるようになったと……院内でも、知らない者はいないくらいだそうです」


「そう」


 短く答えて、キャサリンはもう一度2人に目をやった。

 クラリスがまた何かに反論しているようだった。

 青年がそれを笑い飛ばして、歩き出す。クラリスが慌てて後を追いながら、まだ言い足りないように口を動かしていた。


 その横顔は穏やかそのものだった。


「……。……帰りましょうか」


 キャサリンが踵を返す。


「よろしいのですか? 声もかけなくて」

「必要ないでしょう?」

「……さようでございますね」


 エマが静かについてくる。

 帰りの馬車の中は、しばらく無言だった。


「無駄足でしたね」


 端的にエマがそう言った。


「そうね」


 キャサリンは窓の外を見たまま、短く答えた。


「申し訳ございません。余計なことを言いました」

「別にいいわ」


 少しの間があった。

 馬車の車輪――石畳を踏む音が、規則正しく響いている。


 ――アフターケアも必要ないか。


「それが一番よね」


 ぽつりとキャサリンがつぶやいた。

 自分で招いたわけでも、だれかに導かれたわけでもない。

 ただ研究の話をしているうちに、気がついたらそこにいた。そういう相手が、きっとクラリスには一番合っているのだろう。


 余計な手出しをしなくて、本当によかった。


「お嬢様」

「何?」

「うれしそうですね」

「そう……」


 キャサリンが窓に映る自分の顔を、ちらりと確かめる。


 ――まあ、悪い気はしないわね。


 それきり、2人は黙った。

 馬車は王都の通りを、ゆっくりと走りつづけた。

 コメントまでは望みませんので、お手数ですが、評価をいただけますと幸いです。この後書きは各話で共通しておりますので、以降はお読みにならなくても大丈夫です(臨時の連絡は前書きで行います)。

 次回作へのモチベーションアップにもつながりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。(*・ω・)*_ _)ペコリ

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