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タイムリープするお嬢様――二度目の婚約破棄はもう遅い。あなたが破滅する始まりです  作者: 御咲花 すゆ花
2話 クラリス・レーヴェル

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10 予定された破滅

「……。説明できないのですか?」


 静かな一言が会場に落ちる。

 ざわめきがぴたりと止まった。

 今や、すべての視線が壇上のエミリアへと集まっている。


「そ、それは……」


 言葉がつづかない。

 唇が震え、視線が泳ぐ。


「理論上、完全に制御可能だと仰いましたな」


 白髪の研究者はなおも言葉を止めない。


「その根拠を示していただきたい」

「……っ」


 追い詰められていく。

 少しずつ、だが確実に、エミリアの退路が絶たれていった。


「まさか……理解せずに発表されたなんてこと、ありますまいな?」


 決定的な一言が放たれてしまう。

 会場中の疑念は、確信へと変わっていた。


「違いますわ!」


 とっさにエミリアが叫ぶ。

 しかしもう、彼女の言葉には力がない。

 だれもが気づきはじめてしまっていた――エミリアの発表はおかしい、と。

 その動揺を一撃でクラリスが静める。


「僭越ながら、その理論については私が補足いたしましょう」


 一歩また一歩。

 クラリスが壇に近づいていく。

 今までエミリアを値踏みするように向けられていた視線が、今度は期待するようにクラリスへと向けられた。


「クラリス……?」


 ケヴィンが呆然とつぶやいた。

 その顔には、明らかな焦りの色が浮かんでいた。

 元婚約者の顔を一瞥したクラリスだが、すぐに興味を失ったように目をそらす。


「……。あなたが説明されるのですかな?」


 研究者の1人がクラリスに問い返す。

 うなずき、クラリスが薄く笑った。


「ええ、だってその理論は、もともと、私のものなんですから」


 空気が凍りついた。

 おしゃかになった状態で自分のものだと言い張るマヌケはいない。

 理解したのだ。

 みな、その可能性に気がついてしまった。

 クラリスが真の研究者であり、エミリアはそれを横取りしただけかもしれないということに、思い至ってしまっている。


「な……にを言って……」


 エミリアの顔が歪む。


「証拠ならありますよ」


 遮るようにクラリスが言いきる。

 そして合図とともに控えていた人物が前に出た。

 それは先ほどエミリアに疑問を呈した、白髪の研究者にほかならなかった。

 手に持っているのは、分厚い資料。クラリスがエミリアに奪われる前に急いで書き上げた、本物の研究成果だった。


「ワシは事前にクラリス嬢より、こちらのデータを預かっていた。これが改竄されていないことは、ワシが保証しよう」


 当然、そこには誤っていない理論が記載されている。

 自分で理論を生み出したわけではないエミリアでは、到底導き出せないものだった。


「自分のデータだと言うならば、エミリア嬢はワシの質問に答えなければならなかった。一方、クラリス嬢のほうには試行錯誤の記録まで書かれてある。これこそ、クラリス嬢が本物の研究者である何よりの証しだろう」


「そ、そんな……!」


 エミリアの顔色は見るみる青ざめていった。

 そんなエミリアをクラリスは、まっすぐに見つめる。


「研究者であれば当然に承知していただいていることと思いますが、今回発表された内容には、意図的に欠陥が含まれております」


 クラリスの言葉に耳を澄ますため、会場はしーんと静まり返っている。今ならば、息を飲む音さえも聞こえて来そうだ。


「先ほど指摘された、特定条件下で魔力が逆流する構造は、本来、安全性の観点から排除されるべきものです」


「な……」

「ですが、私はあえて残しました」


 期待に空気が大きく揺れる。


「なぜなら、それをそのまま使う者がいると、わかっていたからです」


 視線が一斉にエミリアへと向く。


「……違う……。私は……」


 かすれた声。


「説明してくださいませ、エミリア様。その理論を、どのように構築されたのか」


 容赦なくクラリスが問いかける。

 実の妹に対する様づけは、姉妹の縁を切る宣言にほかならない。


「……っ。……」


 ついにエミリアの口から言葉は出なかった。

 出るはずがなかった。

 それは彼女のものではないのだから。


「……どういうことだ」


 低い声が響く。

 歩み寄ったケヴィンが、エミリアを激しく睨みつけていた。


「これはお前の研究ではなかったのか!?」


 怒声。

 すがるように見つめるだけで、エミリアはもはやケヴィンに助けを求めることさえできない。

 先ほど姉が婚約破棄されるのを見てしまっているだけに、おいそれとケヴィンに頼ることなどできなかったのだ。


 完全に流れは変わっていた。


 ――終わりね。


 キャサリンが静かに息を吐く。

 もう、誰もエミリアを信じようとはしていない。


「……クラリス」


 ケヴィンがどこか焦ったように、エミリアの姉を見つめた。

 クラリスはそんなケヴィンを冷ややかに見つめ返す。


「どうされました?」

「これは……誤解なんだ。俺は――」


 だが、クラリスは最後までの発言を許さない。

 はっきりと途中で遮っていた。

 もう、この男との関係は終わっているのだから。


「いいえ、何も誤解はありませんわ。あなたは私ではなく、彼女を信じた。ただ、それだけのことです」


 ケヴィンの顔が凍りつく。

 淡々と告げられる内容に、瞳には後悔の色が強く出始めていた。


「クラリス……違うんだ! 待ってくれ……」

「私のものであったはずの実績を奪うことに加担したあなたに、今さら私が何をすると言うのです?」


 言い逃れなどさせはしない。

 ケヴィンもまた、クラリス同様に言葉を失っていた。

 そんな2人の姿を、クラリスはどこか他人事のように見下ろしていた。もっと喜べるかと思ったが、そんな気さえ起きなくなるほど小者だったらしい。


「……不思議ね」


 誰にも聞こえないほどのボリュームで、クラリスは独り言ちる。

 あれほど認めてほしかった相手なのに、今は何も感じない。


「結論は明らかですな」


 白髪の研究者が、重々しく口を開いた。


「本発表には、重大な不備および盗用の疑いがある。調査の必要があるでしょう」

「場合によっては、厳しい処分も免れませんな」


 次々と下される評価。

 それはもう二度と覆らないだろう。

 エミリアが呆然と崩れ落ちていた。




✿✿✿❀✿✿✿




 その後、騒動は速やかに処理された。

 当然のようにエミリアは研究院から追放。併せて、不正の調査も開始された。


「クラリス嬢」


 研究院の責任者が深々と頭を下げた。


「この度は大変なご迷惑をおかけした」

「いえ。こちらこそ愚妹がとんだ騒ぎを起こしてしまって、姉として責任を感じています」

「とんでもない。研究者として恥じるべきはひとえにエミリア嬢にある。あなたが感じる責任など、みじんもないでしょう。クラリス嬢の研究については、正式に再評価を行いたい。今回、エミリア嬢が初めて盗用したとは思えませんから」


 その言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなった。


「お願いします」

「正当な形で、必ず実績に反映いたします」

「……。ありがとうございます」


 ようやく。報われたのだ。

 研究院をあとにしたクラリスに声をかける者があった。


「お見事でしたわ」


 振り返るまでもない。

 それは今回の逆転劇をプロデュースした張本人だ。


「キャサリン様」

「様なんて堅苦しいわ」

「……キャサリン嬢」


 満足そうにキャサリンは微笑んでいる。


「完璧な結末でしたわね」

「すべてあなたのおかげです」


 深く頭を下げた。

 キャサリンが予言したとおりであり、そしてキャサリンが計画したとおりに事は運んだ。

 きっと、自分の1人では何もできなかっただろう。

 だが、キャサリンは首を横に振る。


「いいえ、私は少し手を貸しただけよ。選んだのは、あなたですもの」

「……。はい」


 その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなった。


「これで、新たなスタート地点に立てましたわね」


 うなずく。

 もう奪われるだけの自分ではない。

 これからは自分の力で進んでいける。

 にっこりとうなずいたキャサリンが、立ち去っていく。

 ふと思い出して、その背中に声をかけた。


「あの……」

「……?」

「なぜ、あそこまでわかっていらしたのですか?」


 まるで未来を見通していたかのような采配だ。

 とてもではないが、並みの人間にできるとは思えなかった。

 クラリスの問いに、キャサリンは少しだけ目を細めて答えた。


「簡単なことですわ。一度、見ておりますもの」

「……え?」


 クラリスが聞き返せば、キャサリンは朗らかに笑った。


「冗談ですわ。たまたまです」

「……はあ」


 優雅に一礼し、キャサリンが再び踵を返す。


「またご縁がありましたら!」


 堂々たる背中にクラリスが慌てて言葉を投げていた。

 馬車に乗ったキャサリンが、窓の外に視線を向ける。


「……ふふ」


 ――さてと、次はどうしましょうかね。


 王都は広い。

 そのどこかで、いまだ女性が理不尽に傷つけられているのだろう。


「目にものを見せてあげましょう」


 ぽつりとキャサリンがつぶやく。

 その声音には、わずかな愉悦と、ほんの少しの優しさが滲んでいた。

 時を巻き戻す令嬢は、今日もまた正しい結末を選び取っていく。

 コメントまでは望みませんので、お手数ですが、評価をいただけますと幸いです。この後書きは各話で共通しておりますので、以降はお読みにならなくても大丈夫です(臨時の連絡は前書きで行います)。

 次回作へのモチベーションアップにもつながりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。(*・ω・)*_ _)ペコリ

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