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タイムリープするお嬢様――二度目の婚約破棄はもう遅い。あなたが破滅する始まりです  作者: 御咲花 すゆ花
8話(上) 逆行のキャサリン

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96 遡行する幻影(14)

 エマは幸せな夢を見ていた。まだ自分が若い頃の話だ。

 親方に怒鳴られて、肩をすくめる横顔。

 商家の扉を開けて、おずおずと入って来た姿。

 食事会でグラスを倒し、真っ赤になって布巾を探す手。

 どれも、よく覚えている。

 忘れるはずがない。

 ダライアスは、春の日差しの中で笑っていた。

 目元をくしゃりと細める、少し困ったような笑顔。

 だが、その顔が少しだけ年を取っている。

 初めて会った頃の若い職人ではない。もっと後の、ありもしない年月を重ねたような顔だった。目元には、穏やかな皺がある。仕草は相変わらず頼りない。ただし、記憶の中の声よりも、頭に浮かんだ男の声はどこか低かった。時計の部品を手に、ダライアスがほほえんでいる。


 なぜ時計なのだろうと、エマは訝しんだ。

 ダライアスはガラス職人だったはずだ。


「……」


 ダライアスはいつも部品の仕入れに苦労していた。粗悪品を売りつけられたダライアスを、自分が助けたことだってある。


 ああ、そうだった。

 ダライアスは時計職人だった。

 どうしてこんな大事なことを勘違いしたのだろう。ガラス職人は、イズルベシアから出て来た自分が勝手に目標としていた相手で、ダライアスではない。


 ダライアスは雨の日にふらりと、来客として商家にやって来たのだ。そこでダライアスからプレゼントをもらって、交際が始まった。


 だが、自分がお付き合いをする気になったのはどうしてだっただろうか。

 うまく思い出せない。

 記憶が混濁している。

 炉にくべられた火に意識を向けると、時計の音が強くなる。

 きっと夫が嫉妬しているのだろう。


『一緒の時間を刻んでいきませんか?』


 プロポーズの言葉とともに受け取った時計は、今も大事に机にしまってある。最近見ていないだけで、引き出しを開ければすぐに見つかるはずだ。結婚の記念品なのだから、なくすはずがない。


 恥ずかしい。

 たった数年でこんなにも相手のことを忘れてしまうなんて、自分はなんて薄情な妻だったのだろうか。


 それにダライアスという響きもなんだか収まりが悪い気がする。

 ダライアスという人名ではなかったのかもしれない。

 ダミアン……。そうだ、ダミアンだ。

 自分の夫はダミアンという名前だった。


「……ふふ」


 無事に思い出せると、口元に自然と微笑が浮かんだ。

 コメントまでは望みませんので、お手数ですが、評価をいただけますと幸いです。この後書きは各話で共通しておりますので、以降はお読みにならなくても大丈夫です(臨時の連絡は前書きで行います)。

 次回作へのモチベーションアップにもつながりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。(*・ω・)*_ _)ペコリ

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