9 二度目の舞台
そして、再びその日が訪れた。
王立魔導研究院、発表会場。
前回と同じ場所。
同じ顔ぶれ。
違うのは、ただ一つ。
胸の奥は、不思議なほどに静かだった。
「クラリス様、本日は発表を? 楽しみにしておりますわ」
声をかけられ、クラリスは軽く微笑んだ。
「ええ、その予定です」
視線を巡らせる。
エミリアを見つけた。
今までの自分ならば、そこに浮かんでいる微笑を、自分のためのものだと信じられたが、今はもう違った。
あの微笑は、クラリスからすべてを奪えるという自信と、その余裕から来ているものだったのだ。
「やはり、キャサリン嬢の言うとおりだったのね……」
確信した。
まだほんの少し、心に迷いがあったのだが、もう揺らぐことはない。
今日ここで、エミリアを叩きのめすのだ。
そのための餌なら、すでに撒いてあるのだから。
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「それでは、次の発表者――」
進行役の声が響く。
錚々たる顔ぶれが集う中、壇上の中央に立つ一人の少女は、みなの期待の視線を一身に浴びていた。
「本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます」
澄んだ声が会場に響く。
クラリスの視線が、客席の一角へと向く。
そこには誇らしげに腕を組む婚約者ケヴィンの姿がった。
今にして思えば、なんとも胡散臭い態度だ。
言葉には出さず、クラリスは小さく息を整える。
「それではこれより――」
「お待ちください」
発表を始めようとした瞬間に、凛とした声が空気を切り裂いた。
ざわりと会場が揺れる。
ゆっくりと落ち着き払った態度で、クラリスは振り返る。
自分の妹であるエミリアが立っていた。
「……。エミリア」
小さな失望と、大きな喜びの混じり合った声音で、クラリスが名前を呼ぶ。
クラリスのことなど気にせず、エミリアは薄い笑みを浮かべて、ゆっくりと壇上へと歩み寄って来る。
「お姉様。その発表は、代わりに私が行いますわ」
「どういうこと?」
「そのままの意味です」
エミリアはにこやかに微笑む。
「だって、その研究は、もともと私のものですから」
静寂。
不自然な沈黙が会場を包む。
だが、次の瞬間にはざわめきが爆発していた。
「何を言っているの?」
しっかりとした声で、クラリスが問い返す。
クラリスの態度が気に入らないようで、エミリアは少し不満げだった。
だが、趨勢は変わらないと思いなおしたらしい。
エミリアは威嚇するようにクラリスに迫った。
「お姉様こそ、人の研究データを勝手に盗むのはやめていただきたいものですわね」
「研究を盗む? 私が?」
「ええ、そうです。証拠もございますわ」
差し出されたのは、分厚い研究記録。
見覚えのある紙束だった。
しかし、その表紙に記されてあるはずの名前は、自分のものではない。
これもすでに知っている。
「エミリア・レーヴェルと、ここにちゃんと書いてあるでしょう?」
クラリスが堂々と対応しているためだろう。
どよめきはあまり広がらない。
ただし、会場の視線は一点へと集まっていた。
「では、お願いします」
クラリスは悠然とエミリアに場を譲った。
釈然としないようだったが、まもなく自信に満ちた笑みを浮かべて会場に向きなおる。
対するクラリスのもとには、婚約者のケヴィンが駆けつけていた。
「努力家だと思っていたが……他人の成果に手を出すとはな。見損なったぞ」
「……」
「このような不正を働く者を、我が家に迎えることはできないな」
「そうですか」
「ここにクラリス・レーヴェル、お前との婚約を破棄することを宣言する」
言うだけ言って、ケヴィンが去っていった。
妹を選ぶだなんて馬鹿な人。
そんな小さな雑感を抱いた程度で、取り乱すことはおろか悲しむことさえクラリスはしない。
「本日は、新たな魔導理論について発表させていただきます」
借り物の力を使ったエミリアの発表が始まった。
流れるような説明。
整った理論。
一見すれば、完璧に見える内容だ。
会場の反応も上々。
さすがに、一部が正規のものだけあって手ごたえが違う。
「おお……」
「これは興味深い」
名のある研究者たちも熱心にうなずいている。
実際には理解していない貴族たちも、周りの様子をうかがって、要所で感心したふりをしている。
「さすがだ、エミリア嬢」
満足げにケヴィンが微笑んでいた。
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発表が終わり、会場を拍手が包んだ。
「素晴らしい……!」
「これほどの成果とは……」
「確かに、これではクラリス嬢が横取りしたくなるのも納得ですな」
賞賛の嵐だ。
いやがおうにもエミリアの評価は高まっていく。
莞爾としたエミリアの微笑み。
当然だ。
まるですべてがうまくいっているかのように、そう錯覚しているに違いない。
大成功。
だれだってそう誤解する。
心の中で、クラリスが静かに笑った。
用意された成功だと知っていれば、とても恥ずかしくて笑えはしない。
これは仕組まれた偽りの勝利なのだから。
「それでは、質疑応答に移りましょう」
司会の一言で、空気が少し引き締まった。
壇上のエミリアは、余裕の表情を崩さない。
彼女からすればウイニングランに等しい。
「では、私から一つ」
一人の研究者が、手を挙げた。
白髪の老人。
王立研究院でも名の知れた人物だった
「この理論における、魔力循環の安定性についてなのですが……」
穏やかな口調。
しかし、その内容は核心を突くものだった。
「ええ、それについては――」
エミリアが答えようと資料を見返す。
そして、一瞬、言葉に詰まった。
「……」
ほんのわずかな間だったが、クラリスは見逃さない。
その違和感は老人にも伝染する。
「どうしましたかな?」
「い、いえ……問題ありませんわ」
すぐにエミリアが取り繕う。
笑顔を崩さなかったのは、並みの度胸ではないことの証明だろう。こんなことをしでかすくらいなのだから、その点は最初から別格だったのかもしれない。
しかし、理解していないことは明白だ。
あの質問の意味を、エミリアは正しく理解できていない。
「この理論では、特定条件下で魔力が逆流する危険性があると思うのですが……」
追撃が飛ぶ。
その質問を皮切りに研究者たちが、今一度クラリスの発表を見返しはじめた。
別の研究者からも手が挙がる。
「その点はどのように対処されているのですか?」
「それは……」
エミリアの指先がわずかに震えた。
会場の空気が、少しずつ変わっていく。
小さな波紋が、次第に大きなものへと広がっていく。
「……。問題はありませんわ」
エミリアは言い切る。
しかし、その声からは先ほどまでの余裕が失われていた。
「理論上、完全に制御可能です」
白髪の研究者が目を細める。
「ほう。その制御式を説明していただけますね?」
エミリアの口が完全に止まった。
その顔からは血の気が引いている。
毒を仕込ませた張本人であるキャサリンは、それを遠くから満足げに眺めていた。
――無理よね。だって、そこには答えがないんだもの。
その欠陥はクラリスの手によって、意図的に仕込まれたものだ。
表面だけをなぞった者では、決してたどり着けはしない。
「どうされたのです?」
「まさか、説明ができない……」
「この結論は嘘っぱちか?」
ざわめきは大きくなっていく。
疑念がちゃんとした形を持ちはじめていた。
その中で、クラリスが静かに息を吐く。
「……ふぅ」
計画どおりだ。
舞台は整った。
クラリスがキャサリンに目を向ける。
――終わらせてあげなさい。
キャサリンも力強いうなずきを返す。
クラリスがゆっくりと壇へと向かっていく。
その先に待つ結末は、すでに決まっていた。
コメントまでは望みませんので、お手数ですが、評価をいただけますと幸いです。この後書きは各話で共通しておりますので、以降はお読みにならなくても大丈夫です(臨時の連絡は前書きで行います)。
次回作へのモチベーションアップにもつながりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。(*・ω・)*_ _)ペコリ




