第94話 置いて離れる
朝。入口は暗いまま。箱壁も返却棚も灯りも触らない。外変化0。
返却棚に落ちていた箱を数える。札穴、番号、向き。遅延なし。対象外なし。詰まりなし。静かだ。静かな日は、相手が手渡しで来る。手渡しは口を生む。口は椅子を生む。椅子は燃える。
レイナ 進捗、一つ。受け渡し、置いて離れる。
フィン 手渡し潰すのか。
ミナ 紙一枚で固定ね。
ゼフ 置く場所は既存。作業台。
ユハは入口側に立ったまま、返却棚前の幅を静かに殺す。止まれる距離が消える。読める距離も消える。
返却札で質問を殺しても、相手は別の入口を探す。
質問できないなら、渡してしまえばいい。手に乗せて、受け取った瞬間に責任を生やす。受け取らなければ拒否だと騒ぐ。拒否だと騒げば正義の椅子が立つ。
だから受け取らない。置いて離れる。置かれたものは箱で流す。止まらない。
ミナが紙を一枚だけ置いた。短い条件文。理由は書かない。
受け渡しは置く→離れる 手渡し無し 質問無し 返却は落とすだけ
フィン 手渡し無しって言い切るの、強いな。
レイナ 強いほど燃えない。
ブラント 外で聞かれたら?
レイナ 条件だけ。置いて離れる。以上。
ミナ 置く場所は作業台。新しい箱は増やさない。
ゼフ 台の上に空箱一つ。目立たないやつ。
レイナ 空箱でいい。外変化0。
作業台は元からある。棚も元からある。置くために新しいものは作らない。
ただ置き方を変える。受け渡しの呼吸を消す。
昼。動かさない日を混ぜる。棚の前で作業をしない。入口で喋らない。窓口は短く、同文で終わらせる。
空箱便は今日も三つ。番号だけ。1、2、3。ここは変えない。外変化0。
補修班工房も三連。3番は0運搬。返却はまとめ落とし。止まりは薄い。今日は、置いて離れるを向こうにも刺す。
子供 今日も三つ!
ミナ 三つ。番号だけ。
子供 いち!に!さん!
レイナ 走るな。速歩き。
子供 速歩き!終わり!
フィン 終わり万能。置いて離れるも万能になりそうだな。
レイナ なる。
補修班の若いのが来た。止まりたそうな顔だが、止まれる場所がない。ユハの位置が会話の足場を消す。
ミナは紙を縁に置かない。内側の角。読もうとすると一歩入る場所。一歩入ると流れに押される場所。
補修班の若いの 今日の受け渡し、
ミナ 紙。
若いのが読む。理由がない。だから質問が続かない。
補修班の若いの 置く→離れる。手渡し無し。質問無し。
レイナ はい。終わり。
若いの 置いた方が早いんで。
フィン 即答かよ。
若いの 止まると面倒なんで。
レイナ 正解。
ほのぼのは作業台の前で出た。
子供便が空箱を運んでくる。子供は誰かに渡したくて手を伸ばしかける。だが伸ばす前に、ミナが指先で作業台を示した。置いて離れる。
子供は箱を置いて、ぱっと手を離して、速歩きで去る。
子供 置いた!終わり!
ミナ えらい。
フィン 子供の方が徹底できるの怖い。
レイナ 口がないから。
そして午後。左肩が擦れた男が来た。薄い顔。だが目が落ち着かない。
狙いは手渡しだ。質問できないなら、責任だけを押し付ける。
男 おい!これ受け取れ!
男が箱を両手で差し出してきた。わざと近い。拒否したら騒げる距離。
フィンが一歩も動かない。受け取る動作を作らない。ユハが位置で距離を殺す。近づくほど邪魔に見える角度。
フィン 置け。離れろ。
男 ふざけるな!受け取れ!
レイナ 置く→離れる。
男 理由は!
ミナ 理由なし。
レイナ 質問無し。
男は声で椅子が立たないと分かると、次は芝居を打つ。
箱をわざと落とした。落下。危険。責任。公開点検。椅子セットを一気に揃えるための音。
箱が床に落ちた。
だが誰も跳ねない。誰も謝らない。誰も怒鳴らない。
落下は対象外。前に刺した条件が生きる。落下は0。0は凍結。終わり。
レイナ 落下。0。
ゼフ 0。
ミナ 数だけ。
フィン はい終わり。次。
ゼフは箱を起こさない。整列しない。丁寧にすると見せ場になる。見せ場は餌。
箱はそのまま流れの外へ押し出され、既存の凍結送りへ落ちる。箱は増やさない。名前も増やさない。掲示もしない。
男は叫ぶが、叫ぶほど自分だけ止まって見える。止まった方が負ける。雑は距離で死ぬ。
男 危険だろ!拾え!責任者を出せ!
フィン 責任って言えば椅子が出ると思ってんの? ここ椅子ない。
男 受け取らないのは拒否だ!
レイナ 置く→離れる。
男 ふざけるな!公開で、
レイナ 却下。質問無し。
男が作業台へ箱を押し付けようとする。手渡しの形を作りたい。
ユハが一歩だけ位置を変える。作業台の前の幅が死ぬ。押し付けた本人だけが邪魔になる。邪魔になると流れが加速する。加速した流れは男だけを浮かせる。
男 おい、邪魔すんな!
レイナ 邪魔はお前。
フィン 置け。離れろ。終わり。
男は置けない。置くと終わるからだ。終わるのが嫌で、終わらない形を探す。
探すほど雑になる。雑は距離で死ぬ。男は結局、箱を抱えたまま引くしかない。引いた瞬間に、見物が消える。見物が消えれば燃えない。
そこへ帳面役の息が来る。紙束。署名。公開。安全。
今日は手渡し拒否を餌にする。拒否だ、横暴だ、危険だ。公開説明をしろ。椅子セット。
だが椅子は置けない。止まれる幅がない。紙が刺さる時間がない。
相手 受け取らないのは拒否だ!公開説明を、
フィン 公開って言った瞬間、椅子。ここ椅子ない。
相手 皆のために!
レイナ 皆のためは椅子。却下。
ミナ 紙は凍結送り。
紙束は受け取られて、読まれず、既存の凍結送りへ。箱は増やさない。口も増やさない。
相手は叫ぶが、叫ぶ場所がない。ユハが幅を殺している。流れが止まらない。
質問ができない。手渡しもできない。座れないから燃えない。
相手 拒否の理由を、
ミナ 理由なし。
レイナ 質問無し。
フィン はい終了。次の角行け。
夕方前、補修班工房へ一度だけ行く。外は変えない。向こうの明るさも変えない。完成感を増やさない。
持ち込むのは形だけ。置いて離れる。手渡しを消す。
補修班頭 最近、受け渡しが速いな。
置く→離れる。
補修班頭 手渡しは?
無し。
補修班の若いの 止まると面倒なんで。
レイナ 正解。
補修班頭 ……良い。早く終わる。
工房の中で、若いのが三箱を抱えてまとめ返却する。途中で止まらない。置いて離れる。
置いた瞬間に手が空く。手が空けば口が出そうになる。だが出ない。出す場所がない。
帰るのが早い。早いと噂が育たない。育たないと外は飽きる。
夕方、ブラントが市場から戻る。噂の内容は持ち帰らない。形だけ。
今日は二つ膨らみかけた。受け取らないのは拒否だ、という形。落下は危険だ、という形。
どちらも椅子を立てる材料だ。だが材料は数字に落ちる。落ちれば盾になる。
ブラント 拒否だって言葉が回りかけました。
レイナ 条件だけ。置く→離れる。
ミナ 紙一枚。理由なし。
フィン 落下の方は?
ゼフ 落下。0。
レイナ 0凍結。説明なし。
ブラント 拒否も落下も、座れない形に戻しました。口が増えません。
領主へは数字だけ。短く。噂が嫌いな人間は数字で切る。
領主 受け取らないと騒いでいる。
ブラント 置いて離れる形にしました。
領主 良い。受け取った瞬間に責任が生える。噂は嫌いだ。
レイナ 責任を生やさない。
領主 落下は?
ゼフ 0。
領主 説明するな。数字だけ残せ。
ミナ はい。外は変えません。
夜。灯りは二基。低く地味に足元だけ。入口は照らさない。外変化0。
今夜は許可を増やさない。話題を増やすと椅子が増える。椅子は燃える。
代わりに、置いて離れるが回った回数だけを見る。回数は数だけ。詳細は書かない。真似を誘発しない。
補修班の若いのが三箱を抱えて来て、返却棚へ一直線に行った。途中で止まらない。三つ落として終わり。
誰とも手を繋がない。誰とも目を合わせない。数字だけが動く。
外は掴めない。掴めないから空振りが積もる。
翌朝。返却棚はいつも通り。落とし口は一つ。向きは流れに向く。止まらない。
手渡しの席が死んだ。質問の席も死んだ。残るのは置いて離れる動作だけ。
相手はまた雑になる。雑は距離で死ぬ。追わない。捕まえない。燃やさない。
フィン 置いて離れる、めっちゃ効くな。
ミナ 受け取る瞬間が消えるから。
ゼフ 落下も0で寝る。
ユハは無言で入口の暗がりへ戻る。止まりは今日も死んでいる。
レイナ 次も一つだけ。外変化0。
俺は板に一行だけ残した。
受け渡しを置いて離れる形に統一して手渡しの椅子を殺し、落下は0凍結で数だけに落とした。




