第63話 表示板は釘で、噂は箱へ
評価御礼投稿。
朝、凍結日。進捗は一つだけ。今日は工房を触らない。触りたい気持ちはあるけど、触ると欲が出る。欲が出ると説明が増える。説明が増えると口が増える。口が増えると燃える。燃やさないために、触らない日を作る。触らない代わりに、返却棚の表示板を短く整える。それだけ。
レイナ、今日
凍結日。進捗一つ。返却棚の表示板を短文化して固定。差し替え対策は穴と釘。表示板は外に出さない。返却回転維持。確認箱は午前夕方二回。即答しない。同文。工房は触らない
了解
フィンが欠伸しながら言う。
表示板って、もう十分じゃね
十分だと油断する。油断は燃える
ミナが帳面を抱えて頷く。
表示板は読む時間が長いほど止まります。止まると噂が座ります
ゼフが返却棚の前で言う。
板、固定する
ユハが短く言う。
固定、勝ち
返却棚を見た瞬間、違和感があった。埋まり方じゃない。板の角度。板は角度で分かる。正しい板は棚に馴染む。偽の板は主張する。主張は燃える。
中段の表示板が、いつもより前に出てる。しかも少し反ってる。誰かが差し込んだ板だ。
フィンが小声で言う。
来たな、偽表示板
ミナが即答する。
触りません。まず板で返します
レイナが短く言う。
差し替え狙い。列を作る。窓口へ戻す。止める。止めない
偽表示板の文は、ぱっと見で分かるように大きい字で書いてあった。
明日返却は窓口へ
棚に置くな
この二行だけで、棚の流れを窓口へ寄せられる。窓口へ寄れば列ができる。列ができれば文句が出る。文句が出れば燃える。燃やさないために、反論しない。反論は会話になる。会話は燃える。
まずやるのは、いつも通り板で返すこと。板は外で踊らない。板は噂の椅子になりにくい。
ミナ、窓口横板、同文で一行追加
ミナが頷く。
書きます
窓口横板に三行だけ出す。
返却は棚へ(窓口へ戻さない)
棚の表示板は固定(差し替えは対象外)
困ったら不明札箱へ
増やさない。説明しない。対象外で閉じる。困ったら箱へ、で口を吸う。
次に、偽表示板そのものをどうするか。抜けば舞台。抜いて揉めれば燃える。燃やさないために、抜く手順も固定する。固定は釘と札と箱だ。
レイナ
指示
表示板回収当番札を作る。回収は当番札でのみ。今すぐ抜かない。返却が回ってる時間は触らない。昼の切れ目で静かに回収。回収板は板回収箱へ
了解
ゼフがすぐに札箱を持ってくる。札を増やすのは嫌いだが、今日は新しい札じゃない。既存の当番札の派生ではなく、板回収当番の中に「表示板」も含めるだけ。役を増やす。箱を増やさない。燃えない増やし方。
ゼフが短く言う。
板回収当番。表示板も
ユハが短く言う。
触るのは当番だけ
フィンが笑う。
触るなって言われると触りたくなるんだよな、人って
触りたいを箱に落とせ
返却は止めない。偽表示板が刺さっていても、返却棚が回るなら勝ちだ。返却が回ってる限り、窓口へ列はできない。列ができないなら噂が座れない。
実際、返却に来た人は迷いそうになる。でも窓口横板が見える。子供便が動く。誘導は叱らない。案内だけ。
子供が言う。
棚だよー。窓口じゃないよー。困ったら箱ー
この声が強い。軽い声で流れが戻る。戻れば偽表示板はただの板になる。ただの板は喋らない。
それでも一人、止まった男がいた。左肩じゃない。左肩の代役みたいな顔。紙でも板でも、代役はいつも雑だ。雑は拾いやすい。
男が言う。
ほら見ろ、窓口に戻せって書いてあるだろ
俺は見ない。偽板を見て会話すると燃える。
ミナが淡々と言う。
棚の表示板は固定です。差し替えは対象外。返却は棚へ
男が言う。
固定って何だよ。今ここに書いてあるじゃねえか
書いてあるものが正しいとは限りません。正しいのは窓口横板だけです。以上
フィンが軽口を添える。
板が板に言ってるの、笑うな。正しい板はこっちだけってよ
男が苛っとした顔をしたが、苛っとしただけで終わった。苛っとしても燃えない。燃えないように閉じているからだ。
午前の返却が一段落したタイミングで、今日の進捗に入る。表示板の短文化と固定。短文化は言葉を減らす作業。言葉が減るほど燃えない。
ゼフが棚の上段・中段・下段の板を一枚ずつ外して、机に並べる。
ミナが言う。
いまの文、少し長いです。止まります
どこを削る
ミナが即答する。
動詞だけで十分です
上段は「今日返却」。中段は「明日返却」。下段は「遅延」。これが今まで。ここに「窓口」だの「案内」だのが混ざると燃える。混ざる前に、削る。削って固定する。
ミナが提案したのは三枚の板を、さらに短くすることだった。
上段 今日
中段 明日
下段 遅延
たったこれだけ。読める。止まらない。止まらないなら噂が座れない。
フィンが言う。
短すぎて逆に不安になるやつ
不安は箱で吸う
ミナが頷く。
困ったら不明札箱へ。板に書いてあります
固定は穴と釘。昨日までの偽板対策は、対象外と当番回収で足りてた。でも差し替えが実際に起きた以上、表示板も「形で切る」側に寄せる。紙も札もゲージで切っている。板も同じにする。と言ってもゲージを増やすと燃える。だから増やさない。穴具を流用する。
レイナが短く言う。
表示板にも穴。位置は棚内側。外から見えない。釘固定。抜けない。差し替え不可
了解
ゼフが棚の内側、板の裏にだけ見える位置に、小さな穴を開ける。穴は外側からは見えない。見えないなら真似しにくい。真似しにくいなら燃えない。
穴が合うと棚の内側の小さな突起に引っかかって、板が正しい位置にしか入らない。これで差し込み板は入らない。入らないなら舞台が立たない。舞台が立たないなら燃えない。
ミナが言う。
説明は出しません。固定は見せない
見せない。見せると真似が始まる。真似が始まると追いかけっこ。追いかけっこは燃える。
フィンが棚の前で言う。
でもさ、偽板刺されたのは事実だろ。今日から急に刺さらなくなったら、相手気づくぞ
気づいていい。気づいても燃えない形にする
ユハが短く言う。
気づいても、座れない
座れないなら終わりだ
昼の切れ目、当番札で偽表示板を回収する。今すぐじゃない。返却が回ってる時に触ると燃える。切れ目で静かに回収する。
ゼフが当番札を持って、無言で偽板を引き抜く。引き抜き方も小さい。大きく動かさない。音を立てない。音が立つと人が集まる。集まると燃える。
偽板は板回収箱へ入れる。箱に入れたら喋れない。喋れないなら終わり。
ミナが板(1行ログ)に一行だけ。
時刻 偽表示板1 回収 板回収箱
内容は書かない。内容を書くと燃える。燃やさない。
ここで、左肩が現れた。工房じゃない。返却棚の端。見てるだけ。差し替えが効かないのを見に来た顔。効かないのを見たら、次は「人の口」を使う。物が効かないなら口。口は燃える。燃やさないために、口も箱へ落とす。
左肩の近くにいた女が、わざとらしく大きい声で言った。
棚の表示が短すぎて分からない。結局窓口の方が安心じゃない?
わざとだ。安心と言えば人は揺れる。揺れると列ができる。列ができると噂が座る。座らせない。
ミナが淡々と返す。
安心は窓口ではなく、運用です。返却は棚。困ったら不明札箱
フィンが軽口で流す。
安心は箱、って新しい宗教みたいだな
宗教にするな。運用だ
ユハが短く言う。
運用
女がそれ以上言えなくなる。言っても返ってくるのが同文だからだ。同文は台本を育てない。育たない台本は痩せる。
左肩は一瞬、こちらを見た。でも俺は見ない。見れば会話になる。会話は燃える。燃やさないために、板を見る。箱を見る。棚を見る。人を見ない。
午後、工房は触らない。凍結日だから。工房の木の匂いがしても、手を出さない。出すと欲が出る。欲が出ると燃える。今日は表示板の穴と釘で終わらせた。進捗一つを守る。
ブラントが通りすがりに言う。
工房、見学で燃やされるかと思ったが、今度は返却棚か。次は何が来る
来るものは来る。来ても燃やさない形に落とすだけだ
ブラントが笑う。
お前の答え、いつもそれだな
それで燃えてない。燃えてないのが一番の証拠だ
夕方、確認箱を開ける。午前と夕方の二回。ここは変えない。変えると相手が反応を見る。反応は舞台。舞台にしない。
確認箱の中は六。偽札が一、偽紙が二、紙切れが一、そして薄い木片が一つ。偽表示板を割った欠片みたいなやつ。最後にもう一枚、小さい紙。
紙には短く書いてあった。
棚の穴、ずるい
ずるい。これも餌だ。反応を引き出したい。反応すると燃える。燃やさない。
ミナが淡々と言う。
内容は記録しません。隔離です
フィンが言う。
いや、今読んだろ
見ただけ。返答しない
レイナが短く言う。
返答しない。ずるいは正解。ずるいほど燃えない
ミナが板に数だけ書く。
確認箱 受領6
一行ログも短く。
時刻 不明紙1 確認箱 隔離
木片も書くか迷ったが、書かない。書くと相手の板が舞台になる。舞台にしないために、木片はただの木として板回収箱へ。
ゼフが短く言う。
木、箱へ
木は喋らない。喋らない木は燃えない
夜便は安定。返却棚も安定。表示板は短くなって、釘で動かなくなった。動かない板が増えると、人は迷わない。迷わないと口が減る。口が減ると噂が痩せる。痩せた噂は最後に無茶をする。無茶は拾いやすい。拾ったら距離。
フィンが帰り際に言う。
棚に穴、効いたな。あいつ、悔しそうだった
悔しさは燃料。燃やさなければ腐る
ユハが短く言う。
腐らせる
ミナが小さく笑う。
腐らせるのに、こちらは綺麗に整える。気持ちいいです
レイナが短く言う。
次は端材の出口。だが明日は凍結解除で進捗一つ。工房で端材箱の出口板を一枚だけ。価格は決めない。道だけ決める
了解
俺は板に一行だけ残した。
偽表示板は刺さったが、棚は止まらなかった。板は短く、穴は見えず、噂は座れなかった。




