第41話 返却棚と距離
翌朝、俺は返却棚の前で立ち止まって、段の埋まり方だけ見た。上段 今日返却が昨日より空いてる。中段 明日返却が整ってる。下段 遅延の灰札が少ない。たったこれだけで、今日は回る日だって分かる。噂も夜の角も、回ってる日は育ちにくい。育つのは、止まった時だ。
レイナ、今日の狙い
返却回転UP。返却棚固定。拠点工房進捗維持。対象外は板で拾って距離で終わらせる。騒がない
フィンが欠伸しながら来た。
朝から四点セット。脳みそ休ませる宣言?
休ませるための仕組みだ
ミナが帳面を抱えて椅子に座る。
返却が作業になると揉めません。条件紙は短いほど効きます
ゼフが木札を机に並べる。
返却棚、今日は仮じゃなく固定にする。段と札掛けを決める
ユハが入口のほうを見て一言だけ。
来る
来る前提で回す。来ても止めない。それが燃えない。
返却棚の仕様を確定させた。棚は三段。上段 今日返却、中段 明日返却、下段 遅延。遅延は責めない。見える化だけ。遅延札は灰色。目立たせすぎると攻撃になる。攻撃は噂の燃料になる。燃料を抜く。
レイナ、待機線
二重。並ぶ線と渡す線。渡す線は札持ちのみ。札無しは一歩手前で止める。窓口二つ。子供便は別導線
ゼフ、札掛けは番号順で。棚の横に固定。返却した番号が戻る場所を見せる
了解。番号が迷子にならないようにする
ミナ、条件紙は四行。用途、返却期限、貸出優先、破損申告先。期限だけ太字
了解。読ませるんじゃなく、目に入れる
フィン、列の流れ見て、詰まる前に声
人間潤滑油、任せて
子供便は壁側に寄せた。空箱受け取り台を入口から直視できない角度にする。台の後ろを荷置きで塞ぐ。逆走不可。子供は走る余地があると走る。余地を消せば、叱る必要がない。叱らない運用は、結果的に強い。
午前は返却だけ。貸出を止める。相手の観察を空振りさせる日を作る。動かない日があると、雑な奴が勝手に焦る。焦りは板が拾える形で出る。
返却が回り始めた。袋と内張り板が戻る。番号札が戻る。返却棚の上段が埋まって、また空く。空くのが見えるから列の足が早くなる。返却は善意じゃなく、導線に乗る作業になる。
返却。番号二一七。炉パック。返却済み。次回可
俺が板に一行、ミナが帳面に印、ゼフが札を返す。フィンが軽口を挟んで列を滑らせる。ユハは入口で線を守る。これが回る形。
フィンが列の外側に目をやった。
来た。左肩
男は帽子を深く被って、視線が浅い。昨日より雑だ。欲がある奴は、止められると雑になる。雑は選択肢を減らす。減った選択肢の先に無茶が出る。無茶が出たら板で拾って距離で終わる。
男は返却列に入らない。返すものがない。札もない。だから棚の前を横切って子供便のほうに寄る。昨日と同じ導線を狙ってる。狙ってる時点で負けだ。導線は固定してある。
レイナ、子供便
台を壁側へ半歩。空箱は二人組。走らない。短く
俺が台をずらして、フィンが声を出す。
空箱は二人で。はいペア作って。走らない
子供が勝手に組む。叱らないから吸収できる。吸収できると、導線を奪える。
男が子供の横に並ぶふりをした。肩で当てて箱を落とさせて、底を覗く動き。昨日の続きをやろうとしてる。だが今日は台が壁側で、後ろも塞いである。近づけない。近づこうとすると線に触れる。
ユハが一歩だけ立ち位置を変える。声は小さい。
導線外
男が笑う。
導線導線、うるせえな。箱持たせて何してんだよ
ミナが帳面を閉じずに、条件紙を一枚掲げる。短い紙は強い。読む前に反論しにくい。
空箱は子供便。袋と内張り板には触れられません。札も出ません。得がありません
得がない。利益で塞ぐ。道徳で戦わない。道徳は燃える。
男が苛ついて、返却棚の前へ戻ろうとした。戻る途中で待機線を跨いだ。跨いだ瞬間が、板の時間だ。噂じゃない。行動だけ拾う。
ゼフが支柱の対象外札を少し前に出して、見える位置を固定する。
対象外。ここから先は札
男が止まる。
誰が決めた
俺は板を持ったまま淡々と言う。
板が決める。線を越えた。残すだけ
取り調べか
記録。噂は嫌われる。記録は通る
フィンが軽く足す。
残されたくないなら戻ればいい。戻るのは自由
男は戻るふりをして、最後の無茶をした。子供便に向き直って、空箱を片手で掴んだ。引っ張って落とすつもり。子供がよろけて、泣きそうになる。泣き声は噂の燃料になる。燃やさないために、泣かせない。
フィンが先にしゃがんで箱を支える。
大丈夫。箱は軽い。ここ持って。落とさない
箱が子供の手に戻る。男の手は空振り。空振りはみっともない。みっともないのは周りの目を敵にする。周りは返却に来た普通の人だ。普通の人は子供に触る動きを嫌う。嫌いは噂より速い。だからこそ、ここで騒がない。騒がないまま、嫌いだけ残す。
ユハが男の前に立つ。触れない距離で、道を消す。
今のは妨害。対象外継続。距離固定
俺は板に一行で残す。噂じゃなく行動。
時刻 対象外 待機線越え
時刻 対象外 子供便妨害
ミナが帳面に印をつける。ゼフが対象外札を入口の真正面に固定し直す。名前は書かない。特徴も書かない。状態だけ。状態だけなら噂になりにくい。噂になりにくいと、売る連中が餓える。
男が顔を歪める。
やりすぎだろ
やりすぎなら返却が回らなくなる。回ってる。だからこのまま
俺は手順だけ言う。脅しにしない。燃やさない。
ここから先は入口の外。待機場所はあそこ。線を越えない。越えたら板が増えるだけ
板が増えるだけ。暴力も捕縛もない。距離だけ増える。距離は相手の手足を短くする。手足が短くなると商売にならない。商売にならないと消える。
男は舌打ちして去った。去ったというより、進める道が消えた。導線固定の勝ち方だ。列はすぐ戻った。戻る速度が一番大事。長引くと噂が育つ。育たなければ夜の角も静かになる。
午前の返却が一段落したところで、俺たちは拠点工房へ移動した。街外れの物置跡地。鍵は二つ。一本は俺、一本はユハ。棚は半分組み上がってる。作業台は脚が立ってる。内張り枠は壁に立てかけたまま。今日はここを進める。止めない。止めると現場の空気が緩んで噂が入る。
レイナ、工房の板
入口に一枚。出入り一行。貸出一行。返却一行。補修一行。枠の外は書かない
ゼフが棚板を叩く。
工房棚も段分け。上から未使用、使用中、返却待ち、補修。補修は箱で運ぶ
ミナが即答する。
補修箱にも条件紙を貼ります。内容、期限、返却先。三行で
フィンが作業台の天板を見て言う。
作業台できたら人が集まるな。集まると噂も集まるけど
集まっても燃料がなければ燃えない。紙と板と箱で燃料を抜く
ブラントが顔を出した。棚と枠を見て、数字の匂いを嗅ぐ。
騒ぎになってないな。いい。騒ぎは値段を壊す。棚ができたら回転が上がる。回転が上がれば供給が安定する。安定すれば値段を守れる。領主も嫌がらない
領主は数字で判断する。噂を嫌う。だからこの運用は強い。
午後、返却棚に戻って、炉パックだけ貸出を再開した。午前に止めた分、列は短い。短い列は不満を生まない。不満がないと噂が生まれない。返却棚の上段がまた空いていく。空くたびに回転が見える。見えるから誰も余計なことを言わない。
夕方、領主の使いが来た。噂は持ってこない。数字だけ取りに来る。
俺は板の写しを渡す。対象外の行動は二行だけ。余計な感情語は書かない。返却の件数と遅延の数だけ添える。
使いが頷いた。
領主より。騒ぎなしを評価。明日も線は維持。対象外が再度線を越えたら街の管轄で距離をさらに取る。あなた方は返却と工房を優先。噂は不要。数字で続けろ
フィンが息を吐く。
捕まえないのに終わるの、変な感じ。でも楽だな
楽が正解。脳死で回るのが勝ち
ミナが帳面を閉じる。
今日の返却率、上がってます。遅延も揉めてません。言葉を減らして、紙を短くして、板は行動だけにしたのが効いてます
ゼフが札を揃える。
番号が揃うと安心する。安心すると返す
ユハが入口を見たまま言う。
明日、来ても入れない
レイナが短くまとめる。
無茶は拾った。距離は固定。返却は上向き。工房は棚と枠が進捗。次は用途パック拡大と箱の数増やす
俺は板に今日の締めを一行で書いた。
燃やさず、板で拾って、箱で流して、紙で縛る。
夜の角は静かだった。静かは、仕組みが効いてる音だ。効いてる音は無音だから、俺はそのまま帰って寝た。明日も回す。




