第32話 囮の袋で時間を奪って、本命の導線を伸ばす
朝、戸を開ける前にレイナが言った
今日は囮の反応を見る日
見るだけでいい
捕まえるのは後
後にすると燃えない
燃えない方が速い
板を見る
袋の囮で反応を見る
膜あり袋の追加生産開始
倉庫棚の内張り完了
不審者の動線を板で拾う
次の稼ぎ商品を一つ決める
フィンが腕を伸ばして言う
囮ってさ
やるたびに気分悪くならねえの
レイナが即答する
気分は悪くていい
燃えるよりマシ
燃えたらもっと悪い
今日は相手の時間を吸う
それだけ
倉庫へ行く前に、ギルドの見張り板を確認する
旧鉱山は異常ゼロ
警告ゼロ
板が静かだ
静かなら勝てる
勝てるなら次に進める
倉庫に着くと、棚の内張りがほぼ終わっていた
膜を貼った棚板が整然と並んでる
匂いが薄い
鼻が勝手に拾ってた刺さりが消えてる
ここまで落ちると、倉庫はただの倉庫だ
フィンが小声で言う
マジで普通だな
ここが噂の中心って言われても信じねえ
レイナ
普通は強い
普通は噂の餌にならない
餌がない噂は死ぬ
死んだら稼げる
ゼフが袋の束を出した
膜あり袋
灰と茶と黒と白
数は少ない
少ないのが正しい
配る数が多いと追跡される
追跡されると燃える
そして囮
膜なし袋
木札は似せてある
でも焼き印が微妙に違う
帳面には載せない
混ぜない
混ぜると事故る
レイナが言う
囮は本物に似せる
でも本物に混ぜない
似せて分ける
それが箱の基本
囮の運用は単純にした
倉庫から袋を一枚だけ運び出す
中身は空
でも動きだけは本物に近い
運ぶのは護衛じゃない
護衛が運ぶと噂が増える
運ぶのはギルドの若い係一人
普通の足で
普通の道で
普通の時間に
普通に見せる
それだけで相手は食いつく
レイナが釘を刺す
追跡が出ても走らない
走ったら相手が当たりを引いたと思う
当たりを引いたと思わせたら燃える
今日は外れを引かせる日
ギルドの係が囮袋を抱えて歩き出す
俺たちは距離を取って後ろ
角を一つ曲がったところで、フィンが目で合図した
誰かいる
屋根の影
壁の影
立ち止まってるふりで、視線だけが速い
フィンが小声
昨日の倉庫見てたやつと
体つきが似てる
レイナ
似てるなら正解
正解なら次は動く
動いたら時間を奪える
奪ったら勝ち
囮袋を抱えた係は、わざと半拍遅い歩き方をする
急がない
急ぐと価値があるように見える
価値があるように見せたら燃える
だから遅い
曲がり角を二つ
市場の裏
倉庫から離れた場所
ここで係がわざと立ち止まって靴紐を直す
袋を地面に置く
置く時間を作る
盗むなら今、という間を作る
影が動いた
男が一人
すっと近づく
拾う
拾ってすぐ離れる
フィンの手が出そうになる
でもレイナが先に言う
追わない
追うのは仕事を増やす
今日は記録だけ
記録があれば明日止められる
男は速かった
袋を抱えて小路へ消える
消える方向も見えた
市場裏から北
小さな宿の並ぶ通り
ミナがすぐ帳面に書く
時刻
地点
男一名
特徴
移動方向
特徴は短い
背が低め
外套の左肩が擦れてる
靴が片方だけ新しい
こういうのは覚えやすい
覚えやすいのが勝ち
レイナが言う
短い特徴は使える
長い特徴は忘れる
忘れると二度燃える
そのまま俺たちは何事もなかった顔で倉庫へ戻った
戻るのが大事
騒がない
騒がないと相手は確信できない
確信できない相手は慎重になる
慎重は遅い
遅いのがこちらの勝ち
昼、膜あり袋の追加生産に入る
と言っても、作る量は増やさない
作り方を整える
整えたら明日から増やせる
順番
ゼフが作業台に道具を並べる
膜を薄板に貼る
薄板を袋の内側に差し込む
縫い目は二重
口は木札で封止め
木札は色分け
番号は連番
帳面は一枚
ミナが帳面の型を一つにまとめた
袋番号
用途色
受取人
返却日
それだけ
備考欄は無し
備考は火種
火種は作らない
レイナ
備考が欲しくなったら
仕組みが弱い
弱い仕組みは燃える
今日は仕組みを強くする
錬金屋にも顔を出す
炉の内張り試験
昨日のA膜の薄板が入った炉は、空気が落ち着いていた
職人の鼻が楽そうだ
弟子が咳をしてない
それだけで価値がある
職人が言う
炉の匂いが暴れない
温度が安定する
作業の手が震えない
これ
工房が変わる
店主は渋い顔のまま、でも目が計算してる
変わる工房は金になる
そして金は欲しい
だから枠に入る
レイナが言う
ここで次の商品
袋だけじゃ足りない
次は
内張り板セット
炉用
倉庫用
袋用
三種
でも売るのは外側だけ
膜そのものは売らない
セットとして貸す
返却で割引
紛失で次回不可
同じ流れで燃えない
俺は店主に言った
次に売るのは袋
その次は内張り板セット
工房の安全改善として出す
でも許可制
ギルド監督下
記録提出が条件
破ったら剥奪
店主が鼻で笑う
縛りが好きだな
レイナ
縛りは安心
安心は継続
継続は金
金は早くない
でも強い
午後、旧鉱山の管理依頼の板を見る
増枠した分も問題なし
異常ゼロ
警告ゼロ
板が静かなまま
静かなまま増えるなら、運用は勝ってる
ユハが俺を見る
人が余ってる
待機札も溜まってる
どうする
レイナが即答する
余りは使う
でも旧鉱山には増やさない
増やすと目が集まる
目が集まると燃える
余りは
倉庫の周辺清掃
道の見回り
荷運び補助
目立たない仕事に吸い込む
目立たない仕事は噂にならない
俺はそのまま決めた
待機札の次の仕事を一つ追加する
倉庫周辺の清掃と見回り
報酬は少し下げる
でも回数を増やす
小さく稼がせる
小さく稼ぐ人は大きな噂を作らない
レイナ
小さな日当は麻酔
麻酔が効くと街が静か
静かな街は儲かる
夕方、囮袋の行方を追わない代わりに、板で拾う
ギルドの係に頼んで、宿通り付近の見張り板を一枚だけ置く
そこを通った人
そこに溜まった人
それだけを短く書かせる
新しい監視は燃える
だから古い形でやる
板に書くだけ
紙に残すだけ
夜、板に一行増えた
宿通り
外套の左肩が擦れた男
同じ路地を二回往復
袋を持ってない
手ぶら
落ち着かない
フィンが言う
袋、開けたな
中身空で肩透かし食らった顔だ
レイナ
肩透かしは効く
効いた相手は次を迷う
迷ってる間に
こちらは本命を育てる
本命は膜あり袋と内張り板
そして週次採取の安定
噂は囮に吸わせる
価値は箱に入れて育てる
この流れが出来たら、次のダンジョンじゃなく次の市場が攻略できる
最後に、今日の稼ぎ商品を一つ決める
レイナが言った
決めるのは袋
正式名称はまだ付けない
外向けは
運搬用防臭袋
それだけ
中身の素材は言わない
言うと燃える
値段は高め
数は少なめ
許可制
返却で割引
紛失で次回不可
この条件で売る
売るのは金じゃない
時間
俺は頷いた
袋を売って、時間を買う
それで次が回る
回収の時間
赤木札も灰腕章も紛失なし
旧鉱山の板も静か
倉庫の棚も内張り完了
錬金屋の炉も落ち着き
囮の袋で相手の動きも拾えた
今日は綺麗に終わった
寝る前、板に一行だけ書いた
明日:囮袋の反応の続き(宿通りの板で拾う) 袋の許可販売の条件を文面化 内張り板セットの試作 倉庫周辺の新依頼開始 次のギルドRTA用の資金目標を決める
灯りを落とす直前、レイナが言った
任せて
相手の時間は吸えた
だから明日は本命を伸ばせる
燃えない速度で
一番気持ちいい形にする
異世界三十二日目、終了




