第29話 三つ焼いて、価値を決める
朝、店の戸を出る前にレイナが言った
今日は価値が見える日
見えた瞬間に枠を決める
枠が遅れると燃える
燃える前に箱
ギルド前を横切ると、待機札の列がもう出来ていた
昨日の初日で、空気が変わった
掘りたい目じゃない
働きたい目
同じ欲でも、扱いやすさが違う
ユハが短く切る
待機は番号順
今日は動かさない
明日から回す
焦るな
レイナ
焦らせないのが仕事
待機札は麻酔
麻酔が効いてる間に稼ぐ
錬金屋に着くと、入口からもう匂いが違った
熱
油
金属
そして、あの刺さる甘い気配
香鉄石を炉に近づけた匂い
鼻が勝手に前へ出そうになる
でもレイナが即座に押さえる
深く吸わない
浅く確認
今日は嗅ぐためじゃない
数字を取るため
店主が出てきた
顔は渋いのに、目が速い
職人と弟子がすぐ後ろ
机には紙が三枚
炉の温度帯
袋材
冷却方法
全部が見える形で置かれている
最初から隠す気がない
箱に入った、ってことだ
ブラントが軽く笑う
いい店だな
今日は売る日じゃない
買う日でもない
測る日だ
店主が言う
試験ロット
拳サイズ一つ分
三欠片
三通り
同じ量
同じ時間
同じ記録
これでいいか
レイナ
完璧
同じが強い
同じにすると嘘が減る
嘘が減ると燃えない
俺は頷いた
条件追加は一つだけ
結果は全部残す
切り取りは無し
職人がすぐ言う
もちろん
俺は都合のいい話が嫌いだ
都合のいい話は失敗の匂いがする
弟子が紙に書き足す
切り取り無し
提出先:ギルド監督
控え:店
控え:管理班
レイナ
控えが三つ
それで安心が固定される
安心が固定されると人が走らない
炉の前
欠片A
温度は低め
袋は厚布
冷却は自然
熱が穏やかに入って、穏やかに抜ける
匂いは細く伸びるだけ
刺さらない
でも残る
欠片B
温度は中
袋は革
冷却は水
匂いが一瞬だけ跳ねる
跳ねた瞬間に、鼻が勝手に判断を始める
ここが危ない
俺は浅く息を止める
レイナ
止めて正解
跳ねは罠
罠は人も呼ぶ
人は火
欠片C
温度は高め
袋は薄布
冷却は風
匂いが短く、強く、切れる
切れる匂いは嫌な予感がある
これが一番事故りやすい
職人が淡々と進行する
弟子が砂時計を回す
店主が横で帳面をめくる
皆が数字で動いている
この店は、今のところ味方だ
炉が落ち着いて、順番に取り出しが始まる
まずA
出来たのは、灰がかった薄い板
板というより、締まった膜
軽い
硬い
そして匂いが弱い
弱いのに、鼻の奥で残る
残るタイプ
職人が指で弾く
音が乾いてる
割れない
曲げても戻る
膜だな
レイナ
膜は使える
膜は覆える
覆えると管理が楽
楽だと稼げる
次にB
出来たのは粉
細かい
触ると指先が冷える
匂いは強いけど、刺さり方が違う
金属じゃなく、薬っぽい
揮発の仕方が早い
弟子が咳をしそうになって止める
店主が布を渡す
もう慣れてる動き
事故らない動き
レイナ
粉は燃えやすい
燃えやすいのは管理が必要
でも価値は高い
高いものほど箱
最後にC
出てきたのは、黒い粒と焦げた布
布は穴が空いてる
粒は硬いが、熱で割れやすい
匂いは強くて、刺さる
一瞬で頭が熱くなる
職人が渋い顔
これは外れ
扱いにくい
炉が荒れる
次に繋がらない
店主が即座に言う
Cは無し
商品にならん
レイナ
切るのが速い
速いのが正解
外れを引きずると時間が死ぬ
机に結果を並べる
Aの膜
Bの粉
Cの残骸
並ぶと、答えが見える
俺はAの膜を鼻で浅く確認した
匂いは弱い
でも残る
残るのに暴れない
この性質は、今の俺たちに刺さる
穴を絞ったみたいに、匂いを絞れる
レイナが言った
Aが当たり
当たりは使い道が多い
まず守りに使う
守りに使うと燃えない
燃えないと稼げる
職人が頷く
この膜
炉の内張りにできる
袋の内側にも貼れる
匂いを抑える
熱も逃がしにくい
工房の事故が減る
店主が目を細める
事故が減るのは金になる
そして
事故が減ると評判になる
ブラントが笑う
評判はもっと金になる
そして領主が喜ぶ
燃えない街は買い手が増える
Bの粉はどうするか
触るだけで鼻が敏感になる
興奮剤みたいに危ない
でも危ないものほど売れる
レイナ
Bは封印
今は売らない
売るなら枠が必要
枠がないと燃える
燃えると全部終わる
店主が口を挟む
粉は高く売れるぞ
今売れば—
レイナが冷たい
今売るは損
今売ると噂が走る
走った噂は止まらない
止まらないと守りが崩れる
崩れたらAも死ぬ
俺は店主に言う
Bは研究扱い
ギルド監督下で保管
週次採取の枠に入れる
扱いは後で決める
今はAだけ
店主が一瞬だけ渋った
でも職人が静かに言う
Aを回せばBも回る
工房が整えば粉も扱える
順番だ
順番
この世界で一番強い言葉だ
弟子が記録紙をまとめる
A:膜状 匂い抑制 耐熱 柔性
B:粉状 揮発強 刺激性 要管理
C:不安定 不可
ギルド監督の控えにも同じ紙
管理班にも控え
店にも控え
紙が三つ
嘘が入りにくい
レイナ
嘘が入らないと
揉めない
揉めないと
時間が増える
ここで次の一手
Aの膜を、何にするか
商品名を付けると売れる
でも名前を付けると噂も付く
噂は燃える
だから枠の中だけで呼ぶ名前が必要
レイナ
外向けの名前は後
内向けの符号を先
符号は燃えない
今日は
A膜=内張り膜
それだけ
俺は領主とユハに報告書を作る
香鉄石A加工:内張り膜
用途:工房安全/匂い抑制/保管袋強化
販売:優先枠錬金屋で試験使用のみ
外販:まだ無し
理由:街の安定優先
店主が言う
外販無しだと儲けが遅い
ブラントが即答する
遅い方がいい時もある
値は上がる
噂が暴れなければな
レイナ
噂が暴れないなら
値は上がる
上がった時に売る
それが最速の儲け
錬金屋を出ると、空気が軽い
価値が見えた
価値が見えた瞬間に、守りの意味が変わる
ただ守るんじゃない
価値を育てるために守る
ギルドへ戻ると、管理依頼2日目は静かに進んでいた
見張り板は埋まってる
囮点2は音無し
Bも音無し
中心点も音無し
警告を受けた灰腕章の男は、今日は線を踏まない
踏まないだけで、昨日の処理が勝ちだったと分かる
ユハが言う
問題なし
初日より静かだ
これなら増枠も考えられる
レイナ
増枠はまだ
明日
数字を見てから
今日は浮かれるな
浮かれると燃える
待機札の列に、番号順で声をかけるだけかける
今日は動かさない
でも声はかける
声をかけると、人は置いていかれた気がしない
置いていかれないと暴れない
レイナ
声かけは安い
安いのに効く
安い施策が最強
夕方、赤木札と灰腕章を回収
紛失なし
見張り板の異常はゼロ
ゼロが続くと気が緩む
でも緩んだ瞬間が一番危ない
レイナが最後に言った
ゼロの日は
次の準備をする日
守りの手を離して
稼ぎの導線を伸ばす
明日は
内張り膜の使い道を増やす
使い道が増えると
依頼が増える
依頼が増えると
ギルド攻略RTAが加速する
俺は板に一行だけ書いた
明日:内張り膜の試験使用開始(袋・炉・倉庫) 管理依頼の増枠判断 週次採取の段取り最終 領主へ価値報告
灯りを落とす直前、レイナが言う
任せて
価値は見えた
あとは燃やさず育てる
育てるのが一番速い
異世界二十九日目、終了




