第22話 光るのは虫じゃない、火だ
外周の方角。見張りの叫び。
おい……なんだあれ
光ってるぞ……!
俺が走り出しそうになる前に、レイナが先に止めた。
走らない
今夜は確認だけ
近づくのは三歩まで
三歩で見えないなら、明日
三歩まで。いい線だ。
俺は息を抑えて、柵の外へ出る。
ガイルがすでに動いていた。入口側の見張りに短く言ってから、俺の横に立つ。
夜に動くなら、夜に止める
だが騒ぐな
騒ぐと人が寄る
フィンとラルカも遅れて出てくる。ミナは帳面と赤紐。ユハはギルドへ走りかけて止まった。
ユハが低く言う。
ギルド呼ぶ?
……いや、呼んだら人が増える
レイナが即答する。
呼ばない
必要なのは人数じゃない
視線を揃えること
今ここで増やすのは火
外周の中心点。昼に付けた領主印の札が、月明かりの下で白く見える。護衛が一人、槍を持って立っていた。顔が硬い。
護衛が言う。
さっきまで何もなかった
急に、あそこが光った
草の間
地面のすぐ上
光る。
虫の発光? いや、ここは鉱山の外周だ。湿地でもない。
俺が考える前に、レイナが言う。
虫の光は点で揺れる
今の話は面で光った
面は危ない
面は火
火。
夜に火を使うのは、誰かがいるってこと。
そして、火は匂いより速く人を集める。
レイナが続ける。
まず匂いを嗅がない
嗅ぐと引っ張られる
目で確認
風で確認
足跡で確認
俺たちは中心点の穴に向かわず、少し外側から回り込む。直接行くと、見られてる時に罠になる。回り込むと相手の想定が外れる。
ラルカが小声で言う。
誰かいるなら
俺が先に出る
レイナが短く止める。
先に出ない
先に出ると、相手は逃げる
逃げると穴が増える
今は“いるかどうか”だけ
ガイルが頷いた。意外とこういう時、彼は理性的だ。
中心点の岩陰。
草が少し倒れている。昼に見た足跡とは別の踏み跡がある。新しい。土がまだ湿っている。
ミナが囁く。
足跡、増えてます
二人分…かも
フィンが香草束を握り直す。火をつけるか迷ってる顔。
レイナが言う。
火はつけない
火は相手の火に負ける
煙も今は無し
静かに見る
目を凝らすと、草の間で確かに薄い光がある。揺れてる。虫じゃない。虫の揺れ方じゃない。光が一定で、低い。地面に沿っている。
ガイルが吐き捨てるみたいに言う。
灯りだ
石に塗った灯り
夜目を誤魔化すやつだ
錬金の“灯り石”みたいなものか。
つまり、誰かが穴の場所をもう掴んでる可能性が高い。
レイナが淡々と言う。
最悪の一歩手前
でもまだ最悪じゃない
相手は穴を確定できてない
確定できてたら掘ってる
掘ってたら音がする
音がしないなら、まだ様子見
その瞬間、かすかな金属音がした。石に当たる、軽い音。
カン、と一度。すぐ止まる。
俺の背中が冷える。
ラルカの手が上がる。止め役の合図。
レイナが即座に決める。
撤収じゃない
包囲でもない
一言で止める
相手に“公”を見せる
一言で止める。公を見せる。
なるほど。殴ると燃える。追うと穴が増える。
ここは“印”で止める。
ユハが護衛の槍を見た。護衛が一歩前に出る準備をする。
レイナが言う。
護衛が出る
あなたは出ない
あなたが出ると私闘になる
護衛が出ると公になる
護衛が槍を前に出し、声を張る。怒鳴らない。はっきり言う。
そこは領主管理の調査地だ
無断の立ち入りは処分
灯りを消して、出てこい
草が揺れた。
光が一瞬だけ強くなって、すぐ消えた。
次に聞こえたのは、人が息を呑む音。
暗闇から二人が出てきた。冒険者風。道具袋。顔は見えないように布を巻いてる。手に小さなタガネ。もう掘る気だった。
ガイルが低く言う。
やっぱり来たか
一人が言い訳を始める。
俺たちは……ただ確認を
噂で、危ないって聞いて
見張りが薄いなら、俺らが—
レイナが冷たい。
言い訳は穴
穴は燃える
切る
護衛が短く遮る。
確認は不要
調査班以外は立入禁止
名を名乗れ
ギルドへ来い
相手が動揺する。名を名乗ると縛られる。縛られるのが嫌で、逃げようとする。
ラルカが一歩だけ前に出る。止め役の筋肉が見える。
逃げるなら
足を折るぞ
言葉が強い。けど必要な強さだ。
この場で逃がすと、明日から別の穴が増える。
レイナが言う。
折らない
でも逃がさない
ここは“捕まえる”が正解
捕まえることで
噂が抑止に変わる
護衛が二人を挟む。もう一人の護衛も現れて、背後を取った。
ユハが短く告げる。
ギルドへ
領主印の下で違反した
処分は重い
今のうちに素直に言え
二人は観念した。
ここで殴らずに済んだ。追いかけずに済んだ。穴が増えずに済んだ。
レイナが静かに言う。
今日の勝利
外周の穴が狙われてると確定
狙う人を捕まえた
そして火を増やさなかった
俺は中心点の穴を見た。
今夜塞ぎたくなる。今なら塞げる。相手がいる前で塞げば、見せしめにもなる。
でもレイナが先に釘を刺した。
今塞ぐと
「塞ぐと出る」って噂になる
噂は次の穴を生む
今夜は塞がない
代わりに
見張りを厚くして
朝に“工事”として塞ぐ
工事。いい言い方だ。
工事なら公になる。公なら試されにくい。
ミナが帳面に短く書く。
夜:無断侵入2名
灯り(錬金)
タガネ所持
捕縛、ギルドへ
フィンが小声で言った。
結構、怖いね
匂いどころじゃない
レイナが淡々と言う。
匂いは火種
人は火
人が一番速い
だから箱が必要
箱。柵。印。見張り。
全部、効率だ。
拠点へ戻る道すがら、レイナが言う。
明日の方針
外周の穴を公の工事で塞ぐ
でも完全封鎖じゃない
息を止めすぎると別が生まれる
だから“絞る”
呼吸を細くする
細くして管理する
絞る。呼吸を細くする。
塞ぐんじゃなく、制御する。
なるほど。これなら“次の穴”を生みにくい。
ユハが言った。
捕まえた二人
ギルドで吐かせる
誰に聞いたか
誰が噂を回したか
糸を辿れば
次が防げる
レイナが即答する。
辿りすぎない
糸を辿ると時間が死ぬ
でも一つだけ聞く
「誰が場所を教えた」
それだけ
俺は頷いた。
それだけでいい
それ以上は、仕事が増える
夜、板に明日の一行だけ書く。
明日:外周穴の呼吸を絞る工事 ギルド聴取(場所の出所だけ) 見張り増し
灯りを落とす前、レイナが静かに言った。
任せて
あなたの時間は守る
燃えないように
一番速く終わる道を選ぶ
俺は小さく笑った。
異世界二十二日目、終了。




