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【1-10】印暴発


数時間後。意外と異常に長く続いた軍人ごっこ遊びに参加し続けていると日が落ちてきた気がする。

まさかこんなに長いこと続くとは。


最初はうきうきで青龍軍に所属していた昴は、普段走り回っている子供たちの体力についていけなくなってからは「俺軍人やめます!」と宣言し国民に役を変えていたし、悲惨なことに英王の娘である英皇女の美津は壊鬼に殺されてしまい今は隣で霊になっている。


白妙といえば最初は特徴もない普遍的な国民だったが、怪我をした(とされる)軍人を助けたことで信用を勝ち取ったかと思えば、例の軍人が英王の友人で命を助けたお礼にと金銀財宝を受け取ったらしく知らぬ間に豪商になっていた。


息が上がり立ち上がれなくなっている昴と、子供たちの前だと喋っただけで「死んじゃった人はしゃべっちゃダメ」と注意が入る美津を見ると若干の優越感。

なにが起こるかわかったもんじゃないな、と。


だがもう空も青からオレンジ色に変わってきており、影も少し薄くなり涼しげな風が吹いてくる。

時計台を見ると短針は5を通り過ぎていた。


「もう結構時間経ったね。人もそろそろ疎らになるかも」

「そ、そう、だな…終わりにしよう、今すぐ!体べったべたでやってられない」


いつまでたっても腰を上げられない昴に変わって美津が子供たちに「そろそろ帰るよ」と伝えに行く。

白妙も倣って子供たちを集めようとした時だった。


「……あれ、なんか今大きい音しなかった?何かが倒れたような…」

「音ぉ?そんなの全く聞こえなかったけど」


やっと腰を上げた昴。きょろきょろとあたりを見回すが「気のせいじゃね?」と答えるが、なぜだか白妙から冷たい嫌な予感が消えなかった。

ガタン、と。なにか棚のようなものが倒れて、たくさんの小さいものが落ちたような音が確かに聞こえた気がする。

全く聞こえてない昴の顔を見ると気のせいだったのか、と一瞬思ったがやはり首筋に浮かび上がった冷汗は治まらなかった。


「美津!昴も!早く帰ろう、みんな集まって!帰るよー!」


子供たちを無理やり集めると思った通りまだ遊び足りない、と帰ろうとしない子が出てきてしまったが白妙は気にせず子供たちを帰る方向で3つに分けて昴と美津にも協力してもらいながら帰宅を促した。


「やだよ、これから夜編で赤目族と…」

「だーめ。明日また遊んであげるから!ほら、明日ならずっと遊べるし…ね?」


そういってもどうしても嫌だと声を上げ始めてしまう。

ああ、もっと言い方変えて言えばよかったかなと後悔していた時、前方から見たことのある黒髪を見つけた。この騒ぎを聞きつけてきたのだろうか。


「どうかされましたか?」

現れたのは昼間と同じ軍服を着た辰馬と呼ばれていた若い軍人だった。

昴と美津にはいち早く子供たちを家に帰してもらっていたが、白妙だけはまだうまく集めきれず子供たちを宥めていた。

だが目の前に本物の軍人が現れると騒いでいた男の子も大人しくなり、途端に目をきらきらさせはじめた。まさにグッドタイミング過ぎる。


「ああ、よかった。すみません、いいですか?

あの突き当りを真っすぐ右に曲がったところにある備蓄庫の方向から大きな音がしたんです。

何かが倒れて複数のものが落ちていくような音が。普段は緊急時以外開いていないはずで、今日もここを通った自警団や軍人様はいなかったので変に思って。

もう暗いし私は子供たちを家に帰さないといけないので、確認していただいてもいいでしょうか?」


備蓄庫へ向かう道はこの道以外にない。

あるにはあるがそれは本来町の整えられた道ではないので、自警団などではない。

そうなると賊の可能性が高かった。


「備蓄庫?……ああ、町のはずれにある…。音が聞こえたんですか?…こんなところまで?」


少し怪訝な表情をする辰馬に白妙は首をかしげながら「そうですけど」と答えた。

まさか嘘だと思われたのか。あんなに大きな音なら聞き間違えなんてことないはずなんだけど。


辰馬は数秒白妙の顔を見続けると、眉間に眉を寄せ少し目を伏せた。


「わかりました、ではこの子たちを頼みます」

「はい」



5人の子供たちを家に帰すまでに約15分ほどかかった。

小さい町、家の方向で分けてなるべく早く返そうとは思ったが、最後の1人を家に帰したころにはもう外も暗くなっていた。

夏でも今日は一段と日が沈むのが早かった。

時間はかかったが全員怪我も何もなく、帰りは話をしながら帰宅をさせることが出来た。

あと私が出来ることは念のため子供たちや町の人はみんな家にいることと……、ああ、あとあの備蓄庫のことだ。

さすがにもう中を確認してくれたはず。何もなければそれでいい。もう備蓄庫の棚も古くなっているだろうし、重いものをずっと乗せていれば何かの拍子に崩れ落ちてもおかしくない。

この嫌な感じが全部気のせいで、逆に気にし過ぎだって後で怒られた方がずっといい。

今の私はこうやって迷惑をかけるしかないんだから。



自警団本部に向かって報告をしよう、と息をついて振り返ったときだった。

もう暗い空の下、朧げに見えた目の先に小さな影があることに気が付く。目をすぼめて、瞼に掛かった前髪を耳にかけると黒くなっていた影に段々と色がついて見えた。


それは鮮やかに光る赤い目。

目の前には数日前に商業区で見たあの赤目族の小さな男の子がいた。


男の子はじっと白妙を見上げ、ただそこに佇んでいた。

身体には商業区で見た以上に数えきれないほどの生傷や痣が浮かび上がっており、服も汚れいたるところが千切れてしまっており、裸足の足元からは血が滲んでいる。


「ねぇ君、どうやってここまで来たの?」


この細い手や脚を見れば必死に逃げてきたんだろうと思ってしまうし、骨が浮かび上がる皮膚を見れば何も食べられてないのかもしれない。もう立っていることも本当は難しいはずだし、もしかしたらさっきの子供を見て何か感じたことでもあるんだろうか。


———赤目族は処刑される。


由羅の言葉を思い出し、この子と今一緒にいない2人の親を思うと白妙はこの赤目の子から目を離すことはとてもだが出来ない。

ゆっくり近づいて離れたところで腰を下ろして、じっと男の子の赤い目を見つめる。

だがその瞬間、血を巡るような暴力的な悪寒が巡った。

焦点のあっていない虚ろとした視線、重心が定まっていない立ち姿。

ただまっすぐ捉えている獲物の姿。

この姿を私は知っている。



「だめ!!みんな逃げて!」


どうかあの家の家族に聞こえていますように。




血が滲んでいくように赤で侵されてしまった眼球、「ひゅ」とそよ風にすら掻き消えてしまうほど小さな空気を切る息を最後に男の子がいた場所が突如紅く閃いた。

平静としていた澄んだ空気を一気に取り込むように瞬間的に圧縮され、音もなく飛散。

空を飛ぶ鳥は握りつぶされたかのように粉々になり血と肉片の雨を降らせ、木々に茂った葉は吹き飛び、温かな黄色い灯りが灯ったレンガの小さな家族の家は一瞬にして崩れ落ちた。



爆風と飛び散った獣の血と割れたレンガに白妙は足を取られ、容赦のない爆発に全身を思い通りに焼かれる。

あの目を、私を見るあの赤い目を知っている。

身体が動かなくなってしまうほどの純粋な、残虐的な殺意は私が知る【壊鬼】と遜色なく同義とすら思えるほど。



———ああ、痛い。

腕が痛い。ああ、何か太いものが刺さっている。なんだろう、どこかの釘かなにかかな。

血が止まらない。痛い、また痛い。


だが目を開けてみれば赤く染まった石畳。壊れたベンチ、ガラスの破片、夜を照らす赤い炎。

よかった、目は見えているらしい。


街灯が倒れて引火したせいで火が出ている。

よかった、身体が燃えるように熱い。まだ私は生きているようだ。


しんと静まり返る中パチパチと燃える炎の中、負傷していない腕で重い身体を起き上がらせる。

すぐに後方を確かめる。


家族が住まうあの小さな家。爆風で吹き飛び、どこから飛んできたのか分からない大木が横たわるように覆い被さっており屋根や壁が半壊している。灯りはすべて消え、中は真っ暗だったが微かに炎の赤い灯で照らされていた。


「め、い……明…明……」

「お母さん……?」


崩れかけた中から出てきたのは母親とその子供だった。煤を被ってはいるがどうやら大きな怪我はしていない、消え入るような声で力なく抱きしめあった。

大きな爆風だったがうまく家を外れたのだろうか。瓦礫もガラスも炎もすべて家の方とは真逆に倒れた白妙を目掛けて飛んできたように見えた。風も強くなってきた、火が回るのがこれからもっと早くなるはず。


「(よかった、脚はほぼ無傷だ)」


もはや何が痛くて痛くないのかが分からなくなっていたが、脚に塗れていた血を全てぬぐうとそこに1つの傷もないことが分かる。この足なら立てる、歩ける。


ゆっくりと立ち上がった白妙は赤目の少年がいたであろう場所を見つけるとそこに横たわった小さな子供の体が置いてあった。ピクリとも動かない、死んでしまったのだろうか。

あの爆発はおそらく【印爆発】

耐えられないほど強力な印が体に負荷を与え続けると起こるという現象、だと由羅が前に言っていたことを思い出した。耐えられないほど、ということなら死んでしまったということだとは思うが……。


「2人とも大丈夫ですか?怪我は? 立てますか?」


急いで2人のところに向かうと2人は「大丈夫」とゆっくり体を起こす。

全身を白妙が確かめると、子供の体には小さな擦り傷が見えたが母親の背中に少し大きなものが落ちてきたような痕が見えた。必死に子供を守ったのだろう。


「白妙ちゃんは? あぁ、酷い……!」

「いえ、大丈夫です。2人とも大きな怪我がなくてよかったです。でもここは危ないので早く逃げましょう。自警団や軍の方に早く知らせないと……!」


大きな音がしたし、この火でさすがに誰か気が付いているはず。誰かがここに来るのも時間の問題だった。だがまたもしあの子が起きてしまったら。そう思うと怖くてたまらなかった。

私にはこの2人を守る力なんてない。

だからどうにか起きる前に。


だがそんな願いも露として消えてしまった。

ああ、なんで。


先程まで横たわっていた赤目の少年はむくりとゆっくり腕をついて起き上がる。小さな掌を右、左と見つめたと思ったら迷いなく白妙達へ首をひねらせた。首を傾げる挙動があまりにも悍ましい。

「逃げて!」と白妙は咄嗟に子供を抱えて母親の腕を引き瓦礫の後ろに身を隠した。途端飛び散る赤い血と吹き飛ばされる数多の瓦礫の山が屑になり消え去る。

少年はあの場から一歩も動いていなかった。


その後もどうにか逃げられないかと少年が目を離す一瞬をついて次の物陰の裏へ、裏へと身をかがめながら移動しようとするがどこへ行ってもあの赤い血が飛んでくる。瓦礫だけではなく大きな岩もどんなものでもいとも簡単に吹き飛ばすその威力に、もし人の体なんて当てられでもすれば今度こそもう生きてはいられない。


「あっ……!」

「お母さん!」


腕を引いて走っていた母親の足が瓦礫に躓き、ずざあと砂煙を立てて盛大に転んでしまう。彼女の周りには何の障害物もなければ隠れる場所がない。このままでは彼女が、と思えば白妙の体は思考よりも先に体を乗り出してしまった。

だが狙ったかのように白妙目掛けてあの少年の血の刃が向かってきており、咄嗟に反応することが出来なかった白妙は左顔に正面から受けてしまい思わず体が後ろに吹き飛ばされる。吹き飛ばされた白妙にとどめを刺すかのような容赦のない刃にぐるぐると転がりながら必死で避け続けた白妙はやっとの思いで身を隠すことに成功した。


あの子の母親は!?と物陰に隠れながら様子を確かめるとどうやら隠れきることが出来たようだった。鳴き声を上げる子供を強く抱きしめていた。


だめだ。あの少年からは逃げられない。逃げるといってもどこへ逃げればいいというのか。

あの少年は印暴走している。またもしあのような爆発を起こせば、そしてそこに今度こそ町の人がいれば死者が出てしまう。

仮に今ここに自警団が来たとしてどうする。こんな町の広場に近い場所じゃあ大きな被害が出かねない。

ここじゃない、もっと別の場所にいかないと。

通信機があればよかったのに、ご丁寧に前の爆発で完全に壊れている。電源すら入らない。



ふと地面にしみ出した少年の血液を見るとドクン、と全身の血が脈打った気がした。

あの少年はなんで私を狙ったんだろう。あの時転んでしまった彼女を狙えばいいはずなのに。

少し顔を乗り出して外を見ると、ゆっくり歩み寄ってくる少年の姿が見えた。まだここに来るまでには相当な距離があるはずだが、はっきりと少年が自分を見ている気がした。



「崖の奥にある廃屋の場所、分かりますか?」

「え? え、えぇ、分かるわ。それがどうかしたの?」

「広場の方に行けば誰か軍の方や自警団員がいると思うので呼んできて欲しいんです。私は廃屋の方に向かいます、行き慣れているので大丈夫」

「……あなた、おとりになるっていうの?だめよ、一緒に逃げればいいじゃない、これまでのように」

「あの赤目の子が広場の人が多くいるところに行けばここより大きい被害が出ます。ごめんなさい、勝手を言うけどお願いします」


あの少年は私を狙っている。いや、私しか見えていないといっても過言ではない。あの赤い目、壊鬼と同じ強い殺気を向けているのはただ1人だ。

あの子からは逃げられない。もちろん印暴走なんてしているのは初めて見るし、倒そうなんて微塵も考えられないくらいに恐怖が今も治まらないし、武器になりそうなものと言えばあの役立たずな短剣だけだ。


私を追ってくるのなら追わせるしかない。そうすればこの親子は逃げられる。

みんなが助かるには私はなるべく広場から離れて、「私はここにいる」と助けを求めるだけ。廃屋のあたりなら広いし人もいない、周りの被害を気にせずにあの少年の対処が出来るはず。



しかもあの廃屋へ向かう崖の周辺には軍人や自警団の誰かがいるはずだという確信が白妙にはあった。

昼間由羅の店で見たあの階段下に広げてあったこの町の地図に書き示されていた警戒網はちょうど向かう道に沿っていた。


強い目で訴える白妙に根負けした結果、「すぐに呼んでくるから、気を付けてね」と子供を抱いて身をかがめながら母親は逃げていった。予想通り赤目の少年は彼女の姿に目もくれずゆっくりと白妙の隠れている場所を目指して一歩一歩と近づいてきていた。


「(自分で予想したことだけど本当に私しか見てないのか……、理由は分からないけど不気味過ぎるな)」


でもこれであの子は絶対に私を追ってくる。今度は失敗しない、大丈夫。

あの道は何度も何度も通ってきたんだし、身を隠す物陰はたくさんある。


不幸中の幸いであの少年は足を負傷している様子で早く走ることも歩くことも出来ないからか、白妙の姿を見つけるとすかさず血の刃を放っては来るが距離があるからか避けるのは簡単だし軌道も分かりやすい。

もうかなりの距離を逃げてきたがもう少しで崖を超える。

血の刃は少年の体から出ている血が原料なら打たせ続ければ打てなくなったりしないか、と思ったりもしたがあまり現実的には思えないほどに威力が落ちない。

なるべく細かく移動すればそのたびに攻撃を仕掛けてくるので、この音に自警団たちが気が付いてくれればいい。この周囲は高い木々ばかりで深い森に覆われているから音が反響しやすいはずだ。


「(この崖を超えればあの廃墟にたどりつく……!)」


崖の下はぎりぎり下の状況が分かるくらいには深く、30mは軽く超える。あの少年が足を滑らせて落ちでもしてくれればよいものだが自分ではどうすることも出来ない。

今は廃墟を目指しながら自警団たちの助けを待つのが私の役目なんだから。


そう思った時だった。

深い草影の奥から落ち葉を踏む複数の足音が聞こえた。この辺りは地図の警戒網が張られていた場所。音を聞きつけた誰かが来てくれたんだ。

ここまで離れれば町には何の影響も起きない、よかった、今度こそ私はみんなを守ることが……


「———え?」


だが目の前に現れたのは思った人物ではなかった。

白妙が捉えたのは見慣れた屈強な男の姿ではなく、薄い身体に薄い皮膚、抜け落ちた歯に引きちぎられた髪、そして真っすぐこちらを捉えた冷たい紅い双眸が2つ。

本心ではどこかに隠れているんじゃないかと不安を感じていたその2人が今目の前に現れてしまった。

以前商業区で警備官に追われてたあの少年の両親だった。


彼らも少年と同じように真っ赤な虚ろな目をしており、もうなぜ立てるのかと思うほどに体は血まみれで、いたるところにある生傷からダラダラと血が止まらずに一滴一滴と地面に滴らせていた。


なんでよりにもよって、今ここに現れてしまったんだ。

あの少年が私を追ってくるように、この2人も私を追ってここまで来たというのか。

なんで、なんで追ってくるの。


金縛りにあったかのように自分の意思で動かなくなった体は、弱弱しく長く細い腕に軽く押された瞬間軽々しく解き放たれ一片の抵抗もなく白妙は崖の底へ姿を消してしまった。







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