3 ややこしい
師匠は奥さんが持って来た宝石箱のようなチョコレートの箱を開けて俺にも摘まむよう促したので、有り難くそうさせていただいた。
「カノン、お前は天才だ。お前は間違いなく、将来二人目の大賢者になるし、俺を超える最高の魔法使いになるよ。それこそ全ての時の中で最高のな」
「ありがとうございます。より一層精進いたします」
「カノン、俺はもう長くない」
「そんなことはないと思いますが、はい」
「俺は生涯をかけて魔法に没頭してきた。極めたいと、最高の魔法使いになりたいと。だがもう駄目だと悟った」
「そんなわけないです。師匠はまだまだ大丈夫ですよ。こんなに食べてる人間が死ぬわけがないです」
「何を言うか。先王は死の前日の夜ステーキ八枚食べたらしいぞ」
「はぁ。でも先王は魔法使いではありませんし」
「俺は長くない」
「はい」
もういいか。
そういうことにしておこう。
「俺は最高の魔法使いになりたいかったが、もうここまでだ。後はお前に託すよ」
「俺に?」
「お前にしかできないよ。誰もできなかったことだからな」
「何ですかそれは?」
「ルシファーの召喚だ」
「闇属性最強の召喚獣ですね。伝説の」
「そうだ。契約できたものはいない」
「師匠なら諦めなければできると思いますが」
「俺には無理だよ」
「諦めるなんて師匠らしくないです。もっと頑張りましょうよ」
「嫌、死にかけていなくても俺にはできない」
「何故ですか?」
立つとデカい男二人で向かい合いむしゃむしゃと頬を膨らませチョコレートを平らげた。
美味い。
やはり師匠の家はいい。
奥さんの淹れてくれた紅茶は美味しいし、いつも家全体が暖かく綺麗に感じる。
「カノン、先人たちがルシファーを召喚できなかった理由がやっと解明できたんだよ」
「何ですか?」
「ルシファーを召喚するにはな」
「するには?」
「愛する妻を生贄に捧げなければならないんだ」
今度は俺にも簡単に理解することができた。
愛する妻。
妻というだけではなく、愛するが付くんだな。
妻というだけでは生贄として対価が不十分ということか。
ややこしい。