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真相

 ずっと、胸の奥に閉じこめておくのが苦しくて。だから吐き出してしまいたい。そういう思いから、聞いてはいけないと知っていても尋ねてしまった。

 案の定フリックは、ほうけた顔をしている。そりゃ、そうだよな。突然「嫌いだろ?」なんて質問されたら、誰だってそうなるはず。俺だってそうだ。

 

「えっと……兄さん、本当にどうしちゃったの? 僕が、兄さんを嫌いになる? そんなことないのに」


 あっけらかんと答える。きょとんとした様子で、嘘なんかないといった瞳をしていた。


「う、嘘だ。だってお前あのとき、俺から視線を逸らしたじゃないか!」


 フリックの服の(えり)を掴む。目頭が熱くなって、涙で視界が滲んでいった。それでも嘘が上手い弟を離すまいと、必死にしがみつく。

 唇が震える。だけど、どうしてなのかが聞きたくて。矛盾し続ける心のまま、弟からの答えを待った。すると……


「え? 僕が、兄さんから視線を逸らした? そんなこと、してないよ?」


「う、嘘こけ! 庭でおじいちゃんに特訓してもらってたとき、休んでいた俺と目が合っただろう!? そのときに、そっぽ向いたじゃないか! それにその後も、普段なら抱きついてくるはずなのに、全然来なかったし」


 もう、そのときから既に、俺への気持ちがなくなっていたんだろう。そう思うと、考えるだけで、胸がズキズキと痛み出した。ギュッと、服の上から自分の胸を押さえる。 

 痛みを堪えるように両目を強く閉じた。


「……嫌いに、ならないでよ」


 泣きたい気持ちをグッと、目の奥でとめる。


 そのとき頭上からフリックの「あー……」という、何とも情けない声が聞こえてきた。顔を上げてみれば、弟は困ったように頬を掻いている。


「……?」


 そんな顔されると、俺だって困るよ。というか、どうしてハッキリ言ってくれないんだろう?

 不安に駆られながら小首を傾げた。


 すると弟は俺の両脇に手を突っこんできて、ひょいと持ち上げる。その表情は少しだけ情けなく、眉を曲げては苦笑(にがわら)いをしていた。


 そんなに軽々と持ち上げられてしまっては、男としてのプライドがボロボロになるじゃないか。俺はジタバタと暴れる。だけどビクともしなかった。

 力の差があることに納得いくはずもなく、俺は頬をぷうーと膨らませる。


「えっとね? 兄さん、かなり勘違いしているよ?」


「はあ!? 勘違い!? ふっざけんな! あれが勘違いだって言うのか!? お前は俺……自分から兄離れ選んだくせに!」 


 お粗末な態度、そして適当な物言いに、俺はカチンときた。フリックの腕の中で暴れながら「下ろせ」や「触るな!」を、怒りのままにぶつけていく。


 フリックはそんな俺を離すどころか、器用にお姫様抱っこへと変えた。自然すぎるそれに驚く俺をよそに、弟はため息をつく。

 真剣な眼差しで俺を見つめ、額に口づけしてきた。


「にゃっ!」


「ふふ。兄さんは、猫みたいでかわいいね」


 毛を逆立てる俺に、フリックは微笑みを落としてくる。瞳の奥からのぞくのは、いつになく神妙な視線で……

 俺は思わず、ドキッとしてしまった。ときたま訪れる、この不思議な感覚は何だろう。それを考える余裕すらないほどに、弟の黒真珠のような瞳は深くなっていった。


 フリックはふっと微笑する。執務室の中央にあるソファーに俺を座らせて、自らも隣に腰かけた。そして俺と自身の指を絡ませていく。


「あのね、兄さん……あのときの僕は、その……」


「……?」


 突然、口ごもった。俺の指から手を離し、下を向く。そして両手で顔を隠した。


 いったい、こいつは何をしているのだろうか? そんな疑問を浮かべていると、フリックは顔を上げてはにかんだ。


「あ、のときの僕は庭を走って、汗だくだったでしょ?」


「ん? ああ、まあ……確かに?」


 おじいちゃんに言われて、何十周も走らされていたっけか。汗だくだったけれど、どこか大人の色気があって……とってもかっこいいって思った記憶はある。だけどそれと俺の質問が、どう関係してくるというのだろうか? 


 問い詰めようにも、何か恥ずかしそうにしているフリックを見ていると、可哀想になってくるな。

 俺があぐねこまねいていると、弟はコホンッと軽く咳払いをした。そしてズボンのポケットから畳まれたハンカチを取り出す。ハンカチをゆっくりと開いていくと、そこには一本の赤い花があった。


「あ、これって……」


「うん。この花は、兄さんが初めて騎士の仕事を手伝ったとき。出発前にくれた、魔花光(まかこう)だよ」


 それを大事そうにしまう。


「おじいちゃんに特訓を言い渡されたとき、さすがの僕でも体力が限界に来ていたんだよね。そんなとき、ポケットにあるこの花に触れて、元気を取り戻せたんだ。だけど……」


 再び、俺と指を絡ませた。フリックの太いけれど傷だらけの指が、俺と絡み合う。


「やっぱり、汗臭さは消せなくて。あの状態のまま兄さんに抱きついたら、汗臭いって言われて嫌われるって思ったんだ」


「…………」


 弟の意外と長いまつ毛、それから整った顔立ちに、少しずつ俺の心は火照っていった。だけどそれを上手く隠しながらフリックを凝視する。


 フリックは端麗な鼻筋に、ちょっとだけ汗を浮かばせていた。肩をすくませ、優しく俺の頬を撫でてくる。


「そっぽ向いちゃったのは、ごめん。やっぱり汗臭くて、汚いから逃げられちゃうって思ったんだ」


「……じゃあ、俺のことを嫌いになったとか、兄離れしたとかじゃなく?」


「絶対にそれはないよ!」


 慌てたように、俺をギュッと抱きしめてきた。泣いてはいない。でも震えているらしく、俺を抱きしめる腕は小刻みに動いていた。

 俺はそっとフリックの背中に自分の腕を回す。当然のように広いから届かない背中だ。だけど、それでも抱きしめ返したい気持ちで溢れていく。


「ごめんね兄さん、僕がハッキリとそう言えばよかった。兄さんを不安にさせて、悲しませてしまった!」


「……俺こそ、ごめん。独り善がりな考えで、勝手に決めてさ」


 そうだよ。フリックの気持ちを無視して、俺は一人で暴走していたんだ。こいつが、俺の態度に心を痛めていたということも気づかずに──

 弟は俺だけを見ているから、わかっているだろう。そんな気持ちだけを全面に出して、フリックの気持ちを無視していたんだ。


「ごめんな、フリック」


「僕も、ごめんなさい」


 お互いの顔を見ながら、見つめあいながら、俺たちは二人で泣き合う。

 もう、離れたくない。フリックが俺を想ってくれているように、俺だって……


 俺たちは泣き腫らした顔で、二人で笑いあった。

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― 新着の感想 ―
勘違いしてたシェリスかわいい。。。 最新話まで追いついたぞぉ! ほんとに怪盗編消えてる。。。前のやつも良かったけど今のやつもものすごく好きです♡
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