パパはどこ?
虹色に光るそれは殻で、触ると波紋を描く不思議な物だ。それにかなりふにゃふにゃしてて、殻というよりは分厚い布のよう。
いったい、どうなっているんだろう? じっと見つめながら、顔を殻に近づけた。そのとき──
ドンッ!
何かが、どこかでぶつかったような。そんな音が響いた。俺たちは慌てて立ち上がり、周囲を見回す。すると……
「あっ! 皆、窓のところにあの子がいるよ!」
音の正体はどうやら、産まれたばかりのドラゴンだったようだ。窓にへばりつき、何度も体当たりをしている。しまいには窓硝子が、ピシッと音をたてるほど。
父さんが慌てて窓を開ける。瞬間、父さんの傍を素早く横切り、赤ちゃんドラゴンが俺の胸へと飛びこんできた。
『う、えぇーん。ママぁー!』
「わっ! ど、どうしたんだ!?」
赤ちゃんドラゴンは大きな瞳に涙をいっぱい溜めて、ポロポロ流す。小さな顔と上目遣いが俺の心にぐっときて、きゅんとトキめいてしまった。
『ま、まー!』
「うん。ここにいるよ? どうしたんだ?」
赤子をあやすように、優しく頭を撫でてやる。すると赤ちゃんドラゴンは鳴きながらも笑顔を作った。俺の胸にげりぐりと顔を押しつけながら『あのね?』と、かん高い声で話す。
『おき、たら、ママ、いなくて……ぼく、さびし、くて』
「はは。そっか。独りにしちゃって、ごめんな?」
ぎゅうーと抱きしめた。赤ちゃんドラゴンの身体は、冬にはちょうどいい暖房のようにポカポカする。
鳴きやんだ両目を拭いてあげて、よいしょと抱っこした。産まれたばかりの赤ちゃんだってのに、結構重たい。だけどかわいいから、いいや。
そのままソファーに腰かけ、膝の上に乗せた。
「ところで。どうして、俺がママなんだ?」
その瞬間、フリックたちの空気が変わる。ピリッとした重たい空気だ。
そんな三人はまた妙な勘繰りを入れてこようとしている。赤ちゃんドラゴンに直接聞きたいのはわかるけれど、そんな睨んじゃ駄目でしょうが。
「えっと……教えてくれる、かな?」
『……? ママは、ママ、だよ?』
「あー、うん。そうなんだろうけど、どうして俺がそのママなのかな? って」
『んー……』
赤ちゃんドラゴンは大きな眼をパチクリ。
『だって、ぼ、くは、ママ、から産ま、れたんだ、よ?』
「えっ!?」
驚きが勝る。同時に、フリックたちが「はあ!?」と、声を荒げた。
フリックは泡を吹き、父さんとおじいちゃんの二人は、両目を血走らせている。
「私のかわいい息子を孕ませたのは、どいつだ!?」
「ワシの大事な天使を、無理やり犯したのは誰じゃ!?」
二人の野太い声が重なった。剣を手にし、今にも戦場へ赴かんとする勇ましさを見せる。だけどやっぱり、考えていることとやっていることは馬鹿っぽくて。でも、無駄に迫力だけはあった。
「孕めるわけないでしょ! 俺、男だよ!?」
女の子みたいな顔をしているけれど、こう見えても立派な男子だ。そんな俺が、何をどうすれば産むんだよ。頭痛を覚えてしまった。
腕の中にいる赤ちゃんドラゴンは、俺をキラキラな眼で見つめる。
『ママは、ママなの。パパとのあい、の、けっちょう? ねえー』
ヤバい。白目向いて気絶しちゃいそうだ。
悪気はないし、無邪気なまでに、純粋に言っているんだろう。だけどその言い方は駄目だ。
「あのなぁ。それは、誤解を招……うわっ!」
そのとき、フリックが俺の肩を掴む。
「兄さん、パパって誰!? 僕、聞いてないよ!? ま、まさか……僕が仕事に行っている間に……そ、そんな……」
俺から手を離したかと思えば、よろけた。そして……
「うわー! フリックがぁー!」
弟は真っ白くなり、魂が抜けてしまっていた。白目も剥いて、脈もとまっている。あまりにもホラーな状態に、俺は焦ってしまうのだった。