【シェリスきゅんをお守りし隊】、出動
メイドたちに捕まった俺は、鏡の前に座ることを余儀なくされた。
粉を顔に塗られ、口紅すらも……髪型なんて、ゆるふわのウェーブになったよ。ただ、それだけならまだギリギリ、プライドは保っていた。それなのに……
「シェリス様は、こっちの短いスカートの方が似合うんじゃないかしら?」
「いいえ! どうせなら冠をつけて、白いコルサージュにした方がいいですわ」
「あ、いっそうのこと、水色のドレスなんかどう? シェリスきゅんなら、断然似合うはずよ!」
俺の意見など無視して、メイドたちがキャキャウフフしている。何着ものドレスがかかっているクローゼットを丸ごと持ってきたようで、俺の部屋はそれでいっぱいになっていった。
「さあ、シェリス様、その魅惑的なナマ足が見えてしまう短めのスカートで、フリック様の心を鷲掴みにするのです!」
スカートというなの短パンっぽいそれを手にし、鼻息荒く語るのはメイドの副長だ。
メイド長よりは低い身長ではあるけれど、女性にしては高いと思う。そんな長身の彼女はハアハアと、危ないぐらいに鼻息を見せていた。
「何をおっしゃいますの!? 白のコルサージュこそ、シェリス様の儚さを引き立たせるのですわ」
わくわくした表情で無邪気にドレスを押しつけてくるのは、年若いメイドだ。彼女はお嬢様生活に憧れているらしく、つねに言葉遣いに気を配っている。
ただ、どう転んでもサイズが合わないドレスをお薦めしてくるのはやめてほしい。
「お二人とも、寸法は正確に測らねばなりません。まずは、シェリスきゅ……失敬。シェリス様の身体測定と、いきましょうか。そしてこれは、二十パーセントだけ真剣にやる。いいですね!?」
「はい!」
メイド長の一声で、彼女たちは次々と俺に服を着せていく。
いや、二十パーセントの真剣さって。残り八十パーセントは遊びってことじゃないか。メイド長も結局は、楽しんでるってことなのね?
ここには俺の味方なんていない。皆、俺を着せかえ人形にして楽しんでいる人たちばかりだ。
ああ、俺はこうして玩具になっていくんだな。しくしくと泣く。
「……シェリス様、勘違いをなさっていませんか?」
「……?」
メジャーを持つメイドがやりやすいように両手を広げながら、メイド長の言葉を聞いた。頭の中で整理しても、何を勘違いと言っているのか。それがわからない。
「言いたいことは、わかるよ。だけど、それとこの状態が、結びつかなくて……」
「シェリス様、これは、メイドたちのストレス発散のためにやっているわけではありません。あなたが、フリック様のお見合いを気にしていらっしゃったので、それを阻止するために必要なことなのです!」
「……いや。それは、さっき聞いたけど。だからって、何で俺が、女装しなきゃならないの?」
小首を傾げた。
「んんっ! シェリスきゅん、かわいい!」
メイド長はくふふと笑いながら、後ろに倒れていく。するとメイドたちが彼を支え「気をしっかり持ってください!」と、慌てていた。
メイド長は鼻血を流しながら、眼鏡の奥を光らせる。
「こほんっ! 失敬。えー……それでは、作戦をお伝えいたします。シェリス様には女装していただきます。そして女装した格好でフリック様とともに、出かけていただきます。そうすることにより、民たちは、フリック様に恋人がいることを知るはずです」
特に女性たちは噂話好きだ。
その噂話が縁談先に届くのは、あっという間だろう。
ただでさえ、フリックという人物は堅物で知られている。そんな青年を落とした女性が相手ともなれば、縁談先は諦めるしかなくなるのではないか。
よほどの自信家でもなければ、そのような女性相手に 戦いを挑もうなどと、考える人はいないはずだ。
「わたくしどもの調べにやりますと、今回、フリック様がお見合いする方は、ハーリヤン伯爵家の長女とのことです」
ハーリヤン伯爵家とはリュミレール領の隣にある領地、グランナル領の中にある貴族の一つだ。
リュミレール家は公爵という爵位を持ち、王家の次に偉い。
「シェリス様もご存知のように、この国では、爵位がものをいいます。リュミレール領は公爵家で、その下に侯爵、そして伯爵があります。さらに下には子爵があり、最後に男爵家となっています」
「……縁談を持ちこんだのが伯爵家なら、断ることも可能なんじゃないの? それなのに何で父さんは、お見合いを受け入れたんだろう?」
伯爵家は公爵家の言葉に従わなければならない。それが地位というもので、この世の習わしでもあった。
それなのに断ることすらせず。さらには受け入れている。父さんの行動には矛盾が招じていた。
「シェリス様の疑問は、ごもっともです。そこで、わたくしめが調べてみた結果、ある事実がわかったのです」
「事実?」
メイド長は頷く。眼鏡の縁をクイッとさせ、メモ帳をジッと見つめた。大きなため息をつき、淡々と話していく。
「はい。旦那様に直接、聞いたわけではありませんが……どうやらハーリヤン領はここ数年、リュミレール領に追いつくほど、魔石を開拓しているそうです」
「へえー。なるほどねぇー……つまりは、あれか? 魔石で儲けているから、リュミレールと対等だと思っているのかな?」
「おそらくは、そうなのでしょう。でなければ、伯爵家の方から、公爵家に縁談の申し出はしないはずです」
こればかりは本人に聞くしなかない。そう言いながら、メイド長は眼鏡をクイッとした。すると先ほどまで俺の服を選んでいたメイドたちが横やりを入れてくる。
「あ、その縁談のことでハーリヤン家について、面白い情報知ってますよ~」
「あ、私も聞いたわ。ハーリヤン家のご令嬢、何でも婚約者がいる人を好きになったってやつでしょ?」
「知ってる、知ってる! 相手は侯爵家だったんでしょ!?」
「十八歳ともなれば、婚約者がいて当然の年齢だし。焦る気持ちもわかるけど。それにしたって、その侯爵様が駄目になったから、今度はフリック様狙いって……」
「ねー? リュミレール家のご子息は、どちらもフリーな状態ではあるけど。ハーリヤン家よりも地位が高くて、魔石の生産地よ。何よりも、フリック様は高身長でイケメンだもの」
お金も地位もあり、次期当主。さらには現役小隊長で、いずれは総隊長につくだろうと噂されている人物だ。
女性が放っておくはずもない、優良物件ということだった。
その場にいるゴシップ好きのメイドたちが、次々と事情を話してくれている。彼女たちはわいのわいのと、俺の支度そっちのけで盛り上がっているようだった。
「……なるほどね。つまりは、フリック本人ではなく、地位や金が目当て、と。そういうことか?」
まあ、仕方ないことなのだろう。誰だって、裕福に暮らしたいものだ。
ハーリヤン家の娘さんがどんな気持ちでいるのかは知らない。だけど親に逆らうことができず、泣く泣く縁談話に了承するしかなかったのかもな。
だったとしても、俺はフリックが誰かのものになるのは嫌だった。仲良く手を握って、愛の言葉を囁く。
それを考えるだけで、俺の胸はズキッと痛むんだ。
弟として大切に想う以上の気持ちが、それ以上の何かになりそうで怖くなる。
「ん? 待てよ。そうなるとやっぱり、父さんがそれを受け入れた理由がわからないな」
「ああ、それなら簡単です。旦那様いわく、いい機会なので、兄離れしろ。とのことですよ?」
とどのつまり、お見合いでもして、兄である俺の尻ばかり追いかけるのはやめろと。そういうことなのだろう。
わかったような、納得いかないような……そんな複雑な気持ちを抱えたまま、着々と準備を進めていった。