メイド長の思惑
リュミレールの屋敷で働くメイドたちは皆、頭がおかしい気がする。
だって俺、領主の息子だよ? その息子に向かって【シェリスきゅんをお守りし隊】なんてものを作り上げてさ。本人の預かり知らぬところでだ。
「ま、前々から思ってたんだけど。あんた、俺を蔑ろにしすぎてない?」
「……いいえ。しっかりと、遊ばせてもらっておりますが?」
「遊ぶとか言うな! 大体、俺は領主の息子で……」
「存じ上げております。ですが……」
眼鏡の奥を光らせる。縁をくいっと上げ、くふふと不気味に笑った。
「私の雇い主は、シェリスきゅ……様ではございません。あなたのお父君、リュミレール公爵でございます。よってその息子だろうと、私をとめる権利はございません。何よりも公爵様自身が、この遊びを許しておいでなのですから!」
「うっそーん」
父さんといい、このメイド長といい、実は暇なのかな? まあ、かなり平和な領地だもんなぁ。娯楽施設すらないから、休日はやることなさそうだし。
だからといって、俺を巻きこむのはどうかと思うけれど。
疑問だけが残る今の現状に、不満が積もっていった。
「そ、それを抜きにしても、わけのわかんない隊を作るなよ!」
「……ぼっちゃま方、わたくしが考えた案を、聞きたくはありませんか?」
「おい! 無視すんな!」
「お二人にとっても、心が晴れる提案かと思いますよ?」
完全に俺の言葉をスルーしてやがる。
眼鏡の奥を光らせ、メイド長は不敵に笑った。一見すると女性のような外見のこの人、実は男だということが判明している。なぜ女装しているのか。そんな格好をしてまで、どうしてメイド長として仕えているのだろう。
そんな不思議さのあるメイド長が、ふふふと、微笑んでは俺たちの答えを待っているようだった。
こんな平行線……いや。相手にしか得しないような会話、ずっと続ける意味がない。そう考え、しかたなくこちらから折れてやった。
「はー。えっと……メイド長さん、いろいろとツッコミたい部分はあるけれど。とりあえず、その案ってのを聞きたいな」
「よろしいでしょう。ではさっそく、わたくしめが考えた案をお教えいたします」
眼鏡をクイッとさせ、自らのスカートを捲る。
おいおい。何をしているんだよ? そうツッコミたくなる気持ちを抑え、メイド長による最初の一手を待った。
「まず、確認なのですが……シェリス様、あなたは弟君でもあらせらるフリック様のお見合いを阻止ししたい。フリック様は、シェリス様と離れたくない。それで、間違いはございませんね?」
俺たちの悩みを確認しながら、太股を見せた。そこにはガーターベルトが装着されていいる。銃やナイフといった武器をつけているのかと思っていたけれど……
「……え? 何で、羽ペンなんかつけてんの?」
女装といい、羽ペンといい、ますますこの人のことがわからない。
メイド長はくふふという笑い声をあげたのち、羽ペンを手にした。すると背筋を伸ばして並んでいたメイドの一人が、手帳をメイド長に渡す。
「二人同時に解決! は、おそらく無理でしょう。ならば、答えは一つ。一人ずつ、問題を解決していきましょう。そうですねぇー……」
さらさらと、メモ帳に何かを書きこんでいるようだ。書き終わると眼鏡をクイッとあげ、俺たちを凝視してくる。
「まずは、フリック様のお悩みを先に片づけてしまいましょう。フリック様、あなたは、シェリス様と一緒にいたい。だけど騎士団の仕事だから断ることができない。それで、困ってらっしゃる。そうですね?」
「え? ああ、うん。そうだね。騎士団に所属している以上、病気や不幸でも起きない限りは、参加しなくちゃいけない。ましてや僕は、小隊長という立場だ。兄さんと一緒にいたいからという理由で、断るなんてできないんだ」
そう言いながら、俺の手をギュッと握った。
フリックの大きくて太い指は、ちょっとだけささくれ立っている。ゴツゴツとしていて、ちっとも柔らかくなかった。だけど暖かくて……握られていると、すごく安心してしまう。
それに、何でだろう? 俺の体の熱が、一気に上がっていく気がするんだ。
「……フリック様、それについてですが。実は、すごく簡単な解決方法があります」
「え!?」
俺とフリックの驚く声が重なる。
メイド長の持つメモ帳をじっと見つめた後、フリックと顔を見合わせた。
「よろしいですか? その方法とはぶっちゃけて、シェリス様を、一時的にではありますが、騎士団のお供として連れて行くことです。助っ人のような扱いで連れていけば、丸く収まります」
「……はい?」
聞き間違いか? 何か俺を、騎士団のお供として連れて行くとか……いやいや。そんなの無理に決まっている。護衛ならともかく、助っ人はないだろう。
騎士団は国が誇る精鋭部隊だ。そんな優秀な団に、なぜ無名の俺が助っ人になるのか。そもそも、助っ人にすらなれないと思う。
「調べたところによりますと、今回の任務は港町の近くで起きている、不可解な事件の解決とのこと。ただ騎士団は脳筋……失礼。体力自慢な方々の集まりです。不可解な事件ともなれば、頭を使うことは必須になると思われます」
何気に、フリックのことを脳筋呼ばわりしていないか? まあ、ある意味ではそうなのかもだけど。
複雑な気持ちを抱えながら、メイド長の話を聞いた。
「ならば、強力な魔法が使えて、頭脳明晰なシェリス様を連れていくのが妥当でしょう。何よりも、むさ苦しい男たちの中に咲く癒しとなるでしょうから。かわいいですしね。かわいいということは、とても重要ですから」
キリッと、表情を固くする。
弟は何度も頷き、かわいいは一番大事だからねと納得しているようだった。そしてメイド長と熱い握手を交わしている。
俺を見つめ、キラキラした瞳で微笑んだ。
「なるほどね。その手があったか! そうだよ。兄さんを、騎士団の助っ人として連れて行けばいいんだ!」
「うえっ!? マジで言ってんの!?」
メイド長の言葉を鵜呑みにしたリックは、満面の笑みになった。さらにはぶつぶつと呟き、悪い笑みを浮かべている。
俺は弟の不敵な笑みに薄ら寒さを覚え、身震いした。いったい何を企んでいるのか。心の中で、無事に過ごせることを祈るしかなかった。
バッドエンド……多分、世間的にはハッピーかもしれない。だけど俺にとっては最悪な結末になるかもしれないと予想してしまう。
いや、ぶっちゃけできちゃうんだよな。そういう予想。
なにせ相手は、かなりしつこいぐらいにベタベタしてくるブラコン男だ。俺の何かが、無事であるはずがない。
「お前……少しの間だけでも、離れることもできないのか?」
「うん、したくない。 本音を言えば、夜も一緒に兄さんと同じベッドで寝てしまいたいぐらいだよ」
「やめなさい! そういった、危ない発言はやめなさい!」
背筋が凍る。何が悲しくて、血の繋がった弟の添い寝グッズにならねばならないのか。
こいつと話してると頭が痛くなる。こめかみを抑え、視線を外した。
「俺が望むのは、平和な異世界転生なのに……」
フリックに聞こえないよう、ボソッと呟く。 すると弟と目が合った。フリックはにっこりと微笑み、俺の腰へと手を回してくる。そのまま怪しい動きをしながら、弟の手はゆっくりと俺の尻と向かっていく。
「だから、揉むんじゃねーよ!」
ほんと、油断も隙もあったんじゃない。
弟の手癖の悪さに辟易しながら、盛大なため息をついた。
「それで? フリックの方は解決するとして、俺のは?」
きっと弟のことだ。どんな手段を使ってでも、俺を連れて行こうとするだろう。だから俺は諦めて、泣く泣く従うことにした。
そして俺が抱えている問題の方へと、意識を向けていく。
発案者のメイド長を直視すれば、彼はくふふと笑っていた。相変わらず、不気味な笑い声だなおい。
「……そう、ですね。どちらかと言うと、難しいのは、お見合いの方になりますね」
笑いをやめ、淡々とした口調で答えた。
メイド服を着ていても男なだけあって、声が無駄に低い。だけど妙に、心に残る声だ。
「これに関しては、絶体というわけではありません。ただ、フリック様のお見合いを破談にする確率はそれなりに高いかと」
「え!? そんなこと、できるの!?」
「はい。とは言っても、まずは、お見合いそのものをしてもらわねば話になりません」
メイド長が考えた作戦はこうだ。
フリックがお見合い相手と顔を合わせる。その途中で俺が乱入。フリックには心に決めた相手……それは乱入した俺のことだ。その相手とラブラブな場面を見せて、お見合い相手に諦めさせるという手段とのこと。
確かにこれは、成功するかは五分五分だ。相手の気持ち次第では、成功すらしないだろうし。
それは一つの望みをかけての作戦と言えた。
フリックを見てみれば、弟は嬉しそうに微笑んでいる。
「……大体のことはわかったけど。それで、俺は何をすればいいんだ?」
覚悟を決めた。
するとメイド長の眼鏡の奥が光る。そのとき、指パッチンをした。瞬間、その場にいたメイドたちが一斉に「イエス、マム!」と、声高らかに敬礼する。
にこやかな笑顔を隠さずに、全員が動いた。
「…………へ?」
メイドたちの視線は俺に向けられている。さらには近づいてきて……
「あー。シェリス様ぁー! 何て、おかわいらしい」
「あ、ずるーい。私が先よー?」
「やだぁー。頬っぺた、スベスベー」
俺はあっという間に、メイドたちに取り囲まれてしまった。肌を触られ、頬っぺたムニムニされて。
キャッキャウフフしているメイドたちの玩具にされてしまった。その最中、フリックに腕を掴まれ、厚い胸板に抱きとめられる。
ああ、やっぱり弟の胸板は安心するなぁ。ホッと息を吐いて見上げると、フリックはメイド長たちを睨んでいた。今にも殺しそうな勢いのある、鋭い目つきだ。
次の瞬間、メイド長がくふふと笑う。そしてフリックに何かを耳打ちしていた。
フリックは両目を見開く。おいおい……何かこいつ、目が血走ってないか?
ちょっと怖くなり、体をブルッと震わせた。
「え!? ふ、フリック!?」
「……兄さん、頑張って」
「え?」
あろうことか、弟は俺から離れる。さらには俺をメイドたちへと差し出したのだ。
しかもイラつくほどのいい笑顔で。
メイドたちは頬を火照らせながら俺を見ている。その手にはブラシや化粧道具なんかを持っていた。
うわぁ、すごく嫌な予感しかしないんだけど……
俺は顔をひくつかせながら、逃げたうえに兄を見捨てた弟への怨み節を吐いたのだった。