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転生者

 誰もいない廊下で一人、俺はひたすら泣き続けた。

 フリックの幸せが一番だって考えている俺にとって、すごく喜ばしいことのはずなのに。それなのに、どうしてだろう。胸が、ぎゅっと締めつけられてしまう。

 

「……俺、何だかんだ言って、ブラコンなんだろうなぁ」

 

 ぐしっと、涙を(そで)で拭いた。背中を壁につけて、その場で丸くなる。ひとしきり丸まって、ため息をついた。


「ついに、弟離れのときがきたのかなぁ? でも、フリックが俺から離れてっちゃうの、我慢できないし」


 弟のフリックにブラコンだ何だのと言っておきながら、結局は俺も、そんな(たぐい)いなんだ。弟大好きだもん。


「……考えるのやめよう」


 腰をあげて、自室へと向かった。



 自室へ入り、ベッドへと全身を預ける。ベッドの上でうつ伏せで大の字になった。ふと、手に何かがあたる。

 それは一冊の本だ。

 その本を手に取り、キシリッと軋むベッドに腰かけた。


「この本……【魔法のない世界】ってタイトルのこれを読んだ瞬間、俺は前世を思い出したんだよな」


 実のところを言えば、俺はこの世界以前の記憶を持っていた。その世界の記憶はテレビだったり、冷蔵庫だったり。そういった電化製品が普通にあった。

 この、魔物だったり魔法だったりが存在する世界とは違う……異世界だ。いわゆる俺は、異世界転生者というやつになる。

 前の世界で死んだときの記憶はない。気がついたら、この世界の貴族の息子になっていたからだ。俺が記憶を取り戻したのは六歳の頃で、ある本を読んだことが切っかけになっている。


「……まあ、楽しいからいいんだけどさ」 


 考えるのをやめてメイド服を脱ぐ。クローゼットに手を伸ばし、自分の服に着替えた。


「よしっ!」


 大きな鏡の前に立つ。


 白髪(はくはつ)を少しでも隠そうと、青いベレー帽を被った。それでもやっぱり白髪が隠れるわけもなく……ため息だけが(こぼ)れる。

 白いシャツの上に少しだけ厚手のカーディガンを着ていた。その上に青いコートを着る。ところどころに星の刺繍(ししゅう)がされていて、なかなかにお洒落(しゃれ)だ。

 短パンに、少し長めのブーツ。それらを()いて準備完了となる。


「……父さんが選んでくれた服、フリックとお揃いの色だ」


 腰まで伸びている髪の一部を右側に(まと)めて、お団子にした。

 よし。これで支度はできた。できた、けど……


「こ、子供っぽくないか? 俺……」


 女に間違えられるような大きな瞳に加え、幼い顔立ちと低身長だ。俺は、この外見のすべてがコンプレックスになっている。少しでも大人っぽく見せたくて、服とか髪型も努力してきた。だけど元々の姿がこれじゃあ、どんなに頑張っても青年なんて言えない。


「どう見ても、ガキじゃん」

 

 トホホと、泣いちゃう。

 そんなとき、扉をたたく音が聞こえた。


「ん?」


 誰だろうかと思いながら、扉を開ける。するとそこには弟が立っていた。というか突っ立ってるって感じだ。


「え? お前、何やってんの?」


 フリックの顔を見れば、かなり青ざめてしまっている。全身を震わせては、ううっと泣いているような(うな)り声をあげていた。


「……ほ、本当にどうした?」


「兄さん! 僕、兄さんと離れたくない!」


「えっ!? な、何のこ……うわっ!?」


 突然抱きついてきた弟の頬っぺたを、ぐいぐいと押し返す。だけどこの馬鹿力だ。非力な俺が抵抗なんてできるはずもなく……あれよあれよという間に、俺は持ち上げられてしまう。

 降ろせという抗議すら無駄。そう言われてしまっているかのように、こいつは俺をお姫様抱っこしてベッドへと歩いていった。

 フリックの(たくま)しい指が、俺の首にあたる。ただでさえ、弟のお見合い話で敏感(びんかん)になっている俺だ。ほんの少し触れらただけで、体がビクッとなってしまう。


「あれ? 兄さん、何か顔が赤いよ?」


 心配そうに俺の顔をのぞきこんできた。


 おい。やめろ。今の俺は、泣き()らしたばかりなんだ。泣いていたことがバレるじゃないか!


 弟の吐息が首筋に触れる。その度に、心臓がバクバグしていった。頭の中が真っ白になって……相手は実の弟だってことを忘れてしまいそうになる。

 体が火照(ほて)る。ドキドキし続けて汗だくになった手をギュッと握った。

 

「お、お前、本当にどうしたんだよ?」


 声が裏返りそうになる。


 普段から、弟のスキンシップは異常なほどに多い。だけどこんなふうに、有無を言わさずに俺をどこかへ連れていこうとすることなんてなかった。

 心配になり、フリックの顔を凝視する。


 弟は無表情になっている。ときどき、呪いのように「離れたくない」なんて呟いていた。


「……理由、教えてくれない?」


 俺が抵抗しなくなったと同時に、フリックはため息をつく。端麗な顔に浮かぶのは、どこか遠い目だ。


「僕ね。騎士団の小隊長でしょ? それで明日から(しばら)くの間、ここを離れなくちゃならなくなったんだ」


「いや。それは仕事なんだろう? だったら、仕方ないんじゃないか?」


「全然、仕方なくないよ! 兄さんと離れてしまうなんて嫌だ! 兄さんの顔も、声も、体だって、僕のもの。それがないと、僕はエネルギーチャージできないんだ!」


「俺は、お前のやる気充電器なのかよ!?」


 何という()(まま)か。本当に、こんなやつを小隊長にしてていいのか!? まあ、強いってのは認めるけどさ。 


「リュミレール領の次期当主として、お前は色んな経験を積まなきゃならないんだろう? そのために騎士団に入隊して、小隊長になった。だからこれは、お前の()(まま)でどうこうしていいことじゃないんだよ」


「……それは、わかってる。でも、それでも僕は……兄さんと、ずっと一緒にいたいんだ」


「それは無理だろ? だって俺も、お前もいつかは結婚して、離れ離れになって暮らすんだぞ?」


「兄さんが結婚? ……あり得ないね」


「死にたいのか?」


 ちんちくりんな俺には、結婚相手なんてできないとでも思っているようだ。あまりにも酷い思いこみに、俺は本気で睨みつける。

 

「うっ! ごめんなさい」


 半べそになりながら、弟は謝罪してきた。こういうのを見ると情けないって思う。


「……ともかくさ? 数日離れるだけなんだろ? だったら、そこまで落ちこむことはないだろ?」


「………そう、だけど」


 フリックは口を尖らせた。普段の大人っぽさなんてなく、子供みたいな表情になっている。

 これは、あれだな。こいつの心を納得させる何かがない限り、延々(えんえん)不貞腐(ふてくさ)れるだろう。

 だからといって、いい案があるかあるわけじゃなかった。むしろ、何も思いつかない。だけどこのままじゃ、フリックは小隊長としての仕事を放棄(ほうき)しかねなかった。

 

「うーん……あっ! 俺が、一緒に行けばいいんだ。あ、でも……」


 騎士団とは何の関係もない俺が、一緒に仕事をしていいのだろうか? まあ、普通に考えて駄目だろうな。  


 俺はフリックのお見合い問題を。弟は、俺と離れて数日間を過ごすこと。

 俺たち兄弟が抱える不安が一気に訪れてしまうなんて……


「僕、兄さんとずっと一緒にいたいよ。離れるなんて、考えられないもん」


「お、俺だって、お前がお見合いするって思うと……よくわからないけれど、悲しくなるんだ」


 お互い、答えの出ない不満をぶつけあう。

 そうして、俺たちが無言になる時間が訪れた。どれぐらい長く、息遣いだけを聞いていただろう。そう思えるぐらいに長かった。

 だけど、このままじゃいけないのに。それなのに、いい案が何も浮かんでこなかった。


「……わがまま言って、ごめんね兄さん、僕はこれから、騎士団の仕事の準備をするよ」


 申し訳なさそうに眉を曲げる。そう言って、弟は部屋を出ていこうとした──そのときだ。フリックが扉の前に立った瞬間、勢いよく開く。


「うにゃっーー!? な、何っ!?」


 シャーと威嚇(いかく)しながら、フリックの背に隠れた。


「……兄さん、大丈夫だよ」


 壁の役目を担ってくれている弟は、俺に苦笑(にがわら)いを見せている。そして扉の方を指差した。


 そこにはメイド服を着た女性が何人も立っている。なかでも一人、かなり背の高い女性がいた。いや。あれを女性と呼んでいいのか怪しい。だって、背の高いその人はメイド長だから。 


「くふふ。ぼっちゃま方、お困りのようですね?」


 メイド長は高い背を裏切らないほどに、低い声をしていた。それもそのはずだ。この人は男なのだから。何で女装しているのかは知らないけれど、とにかく厄介な人なのは確かだ。


「いいでしょう。ならば、我らメイド……いいえ! 【シェリスきゅんをお守りし隊】の隊員が、お助けしましょう!」


 メイド長の高笑いを筆頭に、ズラリと並ぶ女性たちが微笑む。


 いやいや。【シェリスきゅんをお守りし隊】って何!? 初めて聞いたぞ、そんな隊。


「ああ、ついでに申し上げますと……シェリス様、フリック様は、副隊長を努めておりますので」


「お前も入ってたのかよ!? ってか、何だよそれは!?」 


 弟まで共犯だったのか。


「いいですか? シェリス様、【シェリスきゅんをお守りし隊】とはその名のとおり、かわいいシェリス様を守るための隊です。シェリス様お困りとあれば、我らはどこでも飛んでいく。そして!」


 彼の声を合図にメイドたちが背筋を伸ばし、姿勢を正した。


「小動物のように愛らしいシェリス様を、我々は()でる。それが、我ら【シェリスきゅんをお守りし隊】の役目なのです!」


 どうでもいいことを声高らかに宣言する。


 そんなメイド長、他の女性たち。そして頷いている弟を見て、俺は頭痛すら覚えていった。

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