縁談
弟を成敗した日の午後、俺たちは父さんに呼ばれた。父さんっていうのは、リュミレール領を治める領主だ。
「──まったく。お前たちときたら……庭で暴れるなと、あれほど言ったであろう?」
弟のフリックと同じ黒髪を短く切った齢五十歳ほどの男が、困ったようにため息をついている。目の下にある隈とシワが年齢相応だけど、それでも整った顔立ちだ。
低い声を俺たちに浴びせながら、机の上にある資料を片づけていく。
「こいつが俺をおちょくるから、お仕置きしたまでです」
ギロリと、隣にいるフリックを睨んだ。だけどこいつは何を勘違いしたのか、俺に笑顔を向けてくる。挙げ句の果てには父さんから見えない位置で、服の上から俺の尻を撫でていた。
ありえないだろう!? ってか、信じられないよ。手癖、悪すぎない!?
ここが執務室じゃなくて自室なら、俺は間違いなくこいつをぶっ飛ばしていた。
怒り狂いたくなるのを抑え、父さんへと向き直る。
「父さん、この馬鹿、どうにかなりませんか? 人目も憚らず、隙あれば俺を押し倒して楽しんでいるんですよ!」
「……はあー。フリック、スキンシップも行きすぎると、本当に嫌われるぞ?」
やった。父さんは俺の味方だ。
フリックを見れば口を尖らせて「すみませんでした」と、謝っている。
「それはそれとしてフリック、お前に話がある」
「……はい。何でしょうか?」
父さんが椅子から腰を上げた。
弟は礼儀正しい騎士のように、片腕を横にして胸の前に置く。姿勢を正し、開いていた足をビシッと閉じた。
俺をからかうときとはうって変わっての、凛々しい表情をしている。
「フリック、お前に縁談の話が来た」
「え!?」
俺と弟は同時に驚いた。だけどフリックが先に唇を絞め、父さんの元へと歩みよる。
父さんとフリック。そのどちらもが高い身長で、差などありはしなかった。二人は睨み合うように視線を突きつける。
「父上、なぜ僕に? 兄さんを差し置いてそんな……」
「これは、決定事項だ」
「……っ!?」
有無を言わさずに、父さんはこの話は終わりだと、俺たちを執務室からたたき出した。
執務室の廊下に出た俺たちは無言になってしまう。縁談の話を持ちかけられたフリックを見れば、彼は眉根に怒りを乗せているようだった。
「納得いかないな」
「ん?」
フリックから出た言葉の意味を考えてみる。多分、突然言われたこと……それから、好きな人と離れたくないからなんだろう。
フリックは昔から、好きな人がいるって言っていた。ただその人とは、結ばれることが難しいとも言っていたな。理由はわからないけれど、女性から告白されるたびにその話をして断っていた。
そんな弟のことだ。唐突な縁談に納得なんてするはずもないだろう。
「だって兄さんが、このリュミレール領の次期当主でしょ!? その兄さんを差し置いて、僕が先に結婚なんてありえないよ!」
「そっちかよ!」
斜め上な答えに、頭を抱えた。本気で悔しそうにしている弟の大きな手を取り、そっと包んでやる。
「お前の気持ちは嬉しいよ。でもさ? このリュミレール家は代々、王の剣としてやってきたわけだろ? 王の剣は魔法よりも物理。腕力が物を言う言葉なんだよ」
国王の周囲にはたくさんの警備隊がいる。王族直属の治癒師だったり、魔術師だったり。その中でも剣師は、かなり優遇されていた。
その理由は一つ。魔法系は発動までに時間がかかる。攻撃から治癒など。それらは皆、呪文を唱える必要があった。その間に敵に攻撃されてしまうこともしばしばあり、魔法が発動する前に殺られてしまうことが多い。
一方で剣や槍などは、呪文なんて必要なし。すぐさま反応できるんだ。その結果、剣などを使う前衛職が優遇されてしまう。
「だからさ? お前が領主になることが、適任なんだよ」
俺には体力も、剣を振るう腕力すらなかった。軽い箱とかなら持てるけど、大きな机になると無理なんだよな。弟は片手で持てるぐらい力持ちだけど。
「王族の剣は、前衛職でなければならない。これは、昔から決められていたことだ。で! 代々のリュミレール家は、前衛に適した能力を持つ者が継ぐ。それが決まりだろう?」
「……それ、は……」
ああ、納得してないって顔だな。しょんぼりしてるし。
せっかくのいい男が情けないまでに眉を曲げて、フリックは悔しそうに唇を噛みしめていた。
俺はそんな弟がかわいくてたまらない。足の爪先を立てて背伸びをした。それでも弟の身長が高すぎて、俺の手は頭に届かない。だから妥協案として、弟の肩を撫でる。
「大丈夫だって。俺は、まったく気にしてないし。何よりも、お前が前に立って、活躍する姿を見れる。それだけで俺は、誇らしいんだ」
「……兄さん」
「こればかりはお前のイケメンな顔でも、強い力を持ってしても、変えられない。そういうシステムなんだ」
「ふふ。また始まったね? 兄さんの、そのシステム? とかいうやつ」
「いいだろ? 別に」
俺が頬を膨らませれば、フリックがギュッと抱きしめてきた。そして不貞腐れる俺に背を向ける。
「……気乗りはしないけど、とりあえずは父上と兄さんの顔をたてるために、申し出は受けるよ」
背中で語りかけながら「じゃあね、兄さん」と、俺に手をふった。その際に、何か物騒なセリフを言ってた気がするけど……気にしないでおこう。
去っていく弟の背中を見送り、俺は踵を返した。
そうか。フリックにお見合い話がきたのか。十八歳っていえば、もう、大人だもんな。
「……喜ばなきゃ。そうだよ。これは、すごくいいことなんだ」
それなのに……
「ふっ……えぇー」
その場にしゃがんでしまった。泣きたくないのに、泣いちゃいけないのに……フリックのお見合い話を、心から祝福しなかゃいけないのに。
どうしてだろう。俺の目から、たくさんの涙が溢れてきてしまった。ズキっと胸が痛む。どうしてだろう。
誰もいない廊下の隅で、俺はひたすら泣き続けるしかなかった。