儚き夢
弟の行動に頭痛を覚える。だけど俺自身に害が及ぶわけじゃないから、そこは大目に見てやろうと思った。
「やるのはいいけど、ほどほどにしろよ?」
「……っ!? うん!」
直前までの泣き顔はどこへやら。俺よりも頭二つぶん以上高い背を伸ばし、ふふっと微笑した。
本当に変わり身の早いやつだよ。
弟のコロコロと変わる表情に、思わずクスッと笑ってしまった。
「さて、と。一番、秘密部屋がある確率が高いのは、この一階なわけだけど……お前が見つけたのは?」
「僕の部屋は、ここだよ」
この屋敷は東と西の二つに階段がある。そして俺たちがいるのは東側だ。弟が知る秘密部屋はこの東側にあり、俺たちが帰還した魔法陣は西に設置されている。
「……となると、階段付近に何かが多くあるって考えるべきか?」
それとも、裏をとって中間か。もしくは、もっと別の場所とか……考えだしたらキリがなかった。
俺は腕を組ながら肩でため息をつく。
すると弟は壁を触り始めた。
「ん? 何、やってんの?」
「僕の秘密部屋は、壁の一部を凹ませることで扉が開く仕組みになっているんだ。もしかしたら、他の部屋もそんな感じかな? って、思って……」
「ああ、なるほど」
納得だ。俺はフリックと一緒に、壁という壁をたたいて回る。
音が他と違えば、そこは隠し部屋へのボタンというわけだ。やがて……
「あっ!」
東側の階段から二つめの部屋、執務室のあるところの壁。その壁の音が、かなりスカスカに聞こえた。
フリックを大声で呼び、強くそこを押してもらう。瞬間、ガコンっという鈍い音をたて、壁が横へと移動した。
「……あった。やっぱり秘密の部屋は、まだあったんただ!」
浮かれたくなる気持ちを抑え、フリックとともに中へと入る。だけど中は真っ暗だ。このままじゃ何も見えないと思い、魔法で明かりを作る。
俺とフリックは顔を見合せ、強く頷いた。
そして俺たちは奥へと進む。コツコツと、足音が妙に響く空間だ。
しばらくすると広い場所へと辿り着く。そこは丸い形をした部屋で、地面にタイルが埋めこまれていた。
「これまた、不思議な部屋だな」
「兄さん、ここで行き止まりっぽいけど……」
どうしようかと、フリックは小首を傾げる。
俺はうーんと、ひとしきり悩んだ。ふと、足元のタイルが気になり、触れてみる。そのとき──
「……え?」
「兄さん!?」
タイルが淡く光った。その光は俺を包むように、体いっぱいに纏わりつく。
フリックがそんな俺に手を伸ばし、必死な声で呼びかけた。そしてグイッと、逞しい筋肉質な胸に俺をよせる。
だけど光は収まらなくて……
俺とフリックは、不思議な輝きに包まれてしまった。
□ □ □ ■ ■ ■
何か、ピッピッという機械音が耳に残る。それから、薬の匂いが鼻をついた。
おかしいな。屋敷の地下にいたはずなのに。
それから、ここは? ああ、見覚えがある。この世界に来る前の場所……現実世界だ。
俺は病院のベッドから起き上がれなくて。ずっと、外に出たことがなくて。外で体を動かすことが憧れだった。だけど、どうしてだろう? もう、目も開けることができない。
「…………さん!」
誰かが俺を呼ぶ声がする。ああ……この声はフリックだ。そんなに不安な声を出さなくても、俺は生きているよ。
あっちの世界では死んでしまったけれど、ここでは元気だから。だから泣かないでよ。もう、大丈夫だからさ。俺は病気にも打ち勝てる体になったんだ。
だから、そんなに泣かないでよ。
「兄さん、死なないで!」
「……………」
落ちていく。意識だけじゃなく、魂までもが闇に落ちいくのがわかった。ごめんな。ずっと一緒にいるって約束したのに。元気になって、働いて、お前の学費を稼げるようになるって決めたのに……
ああ、お前の手は暖かいな。
「僕を……文哉を、置いていかないで! 兄さん──」
弟の頬から涙が流れている。不思議と、俺も泣いてしまったよ。
そして俺は……
大切な弟に看取られながら、現世での命を終わらせた。