弟の秘密部屋
【○月✕日、フリックが立った。そして私をパパと呼んでくれた。何と嬉しいことか。やはり我が子はかわいいな】
ノートには、そんな言葉がたくさん書かれていた。どうやらこれは父さんが書いた、息子のフリックに対する成長日記みたいなものらしい。他にも【初めて野菜を食べた】とか、【剣を握った】とかが書いてある。
本当に父さんは子煩悩だ。それがわかるほどの内容だった。だけど……
「あれ?」
ふとそこで、俺はおかしな点に気づく。このノートに記されているのはフリックのみ。俺については一つも書かれていなかった。
そのことにちょっとだけ引っかかりを覚える。だけど別のノートに記してあるんだろうと思い、そっと閉じて元あった場所に戻した。
「どうしたの? 兄さん」
「あ、いや。何でもないよ。それよりも、秘密の通路とかないのかな?」
心配するように眉を曲げながら、弟が顔をのぞきこんでくる。
俺は平常心を装いながら、父さんの部屋の探索を再開させた。
結局、父さんの部屋にも秘密のなんちゃらはなくて……三階はこれで終了となった。俺たちはメイドや執事たちの部屋がある二階へ降りて、階段下に立つ。
いくら領主の息子だったとしても、メイドや執事たちの部屋を勝手に物色することはできなかった。それは人としての常識だからね。
俺とフリックはメイドたちを見つけては、部屋へ入る旨を伝えていった。なかには渋る者も当然いたけれど、何とか説得して了承をもらうことに成功する。
「よし! じゃあさっそく、始めますか! ……と、その前に。フリック、日記とかあってもそれは見ないこと。私物にはなるべく触らない。これ、約束な?」
「うん。わかっているよ。と言うか、僕は兄さん以外の私物に興味ないしね」
うわっ。そのセリフ、ストーカーっぽいな。
若干引いてしまう俺のことなどお構い無しに、フリックはどんどん部屋の扉を開けていった。そして俺もそれに続いて、手がかりになりそうなものを探していく。けれどやっぱり、家族以外の人たちの部屋を漁るのは心が痛むわけで……
俺たちは早々と、二階の探索を切り上げてしまった。
「うーん。やっぱり二階は、メイドたち自身にやってもらうしかないか。何よりも、秘密の部屋とかあるのは地下ばかりだしな」
「そう言えば、そうだね。僕たちが帰ってきたときも、地下の魔法陣を介してだったし」
階段を降りて一階へと到着した俺は壁に手をつける。
「……お前の、あの秘密部屋も地下だもんなぁ」
「うん……えっ!? な、何で知って……」
かなりキョドっているようだ。多分弟は、俺があの秘密部屋を知らないと思っていたのだろう。だが残念だったな。お前の後をつけたことがあって、そのときに発見したんだ。
エッヘンと鼻高々に、そう伝える。
「そ、そんな……見つからないと思っていたのに」
グラリと、体を揺らした。そして四つん這いになり、情けないままに涙をボロボロ溢している。
「いや。何であんなに堂々と隠し部屋に行ってて、見つからないと思ってたんだよ?」
「ううー。お、お願いだよ兄さん! あれは、僕の大切なグッズなんだ! だから捨てたりしないでぇー! 使わなくなった下着を、兄さん等身大ぬいぐるみに着せているだけなんだ! かわいい兄さんの顔の枕と一緒に、眠りたいだけなんだよー!」
「おまっ! 後半のやつは、初めて聞いたぞ!?」
「僕の推しグッズなんだー! 毎月、給料の半分を注ぎこんで製作された、貴重な宝物なんだよぉー!」
「給料の無駄遣いのいい例だな、おい!」
大人っぽさなど捨て去った弟の顔は、かなりぐちゃぐちゃだ。端麗で、皆の憧れる小隊長はどこにいった!?
フリックは俺の足にしがみつき、涙を鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で見上げてきた。
「……いや、もう好きにすればいいと思うけど」
あきれてものも言えない。まさか、あの地下部屋の中身が、そんなことになっていたなんて。そう言えばメイドたちに「シェリス様の捨てた下着が、ゴミ箱から消えました」なんて、報告されたことがあった。