50.それぞれの願いの果てに その7
全員が走り出したことに気付いた文月先輩は、黒く発光する光の札を連続であらゆる方向へと雨あられのように飛ばしてくる。
その札は着弾するごとに爆発し、その威力も一枚一枚が直撃したらただではすまないほどの呪力が込められていた。
勇馬は迫りくる札を必死に切り払い、時には横に飛んで回避を続けていた。
(攻撃が激しすぎる! 近づくことができない!)
他のみんなも、攻撃に呪力を回す余裕がなく、それぞれ回避と防御に徹しているようだった。
「天之、無理にいくな! 俺が突破口を開く!」
そう叫び声が聞こえたほうに一瞬目を向けると九條先輩が走り出していた。
九條先輩は全身に黄金の呪力をまとわせ、光の札の雨をかき分けるかのように走っていく。
時々、光の札が着弾することもあったが、意にも解さぬがごとくその全てを呪力による防御だけで無効化し、そのまま駆け抜けて文月先輩に肉薄した。
「あら! はやいじゃない!」
そう楽しそうに語り掛ける文月先輩に、九條先輩は問答無用とばかりに金色に光る木刀を振り下ろす。
その瞬間、文月先輩は手から爪を伸ばして木刀を受け止めつばぜり合いとなる。
(今のうちに! 距離を詰める!)
光の札が止んだことを確認した勇馬は前方に走り出し前線に躍り出ようとする。
しかし、3歩目を地面に着いたその瞬間、勇馬の足は地面に縫い付けられたかのごとく動かなくなってしまった。
(これは……! 東雲先輩と同じの!)
動けなくなった勇馬に気づいた文月先輩は、呪力を放出した衝撃で九條先輩を弾き飛ばし、勇馬に目掛けて光の札を放つ。
「おばかさんはさっさと退場しましょうね!」
文月先輩の歌うような声と共に札が迫りくる。
(これはまずい!)
防御のために勇馬は短剣を掲げ、呪力を高める。
しかし、札に込められた呪力を感じ取り大きなダメージを覚悟した。
だが、光の札が迫りくる瞬間、彼の目の前に蒼白い光の壁が出現して、その爆発を防いでいた。
「前にも言ったでしょ! 油断しないで落ち着いていくよ!」
「七草、すまない! 助かった!」
「天之、呪力を放出するんだ! そうすれば剥がせるよ!」
駆けつけてきた八神がアドバイスをしてくれたので従うと足が外れる。
目の前では勇馬に攻撃した隙に幸奈の雷撃と東雲先輩の呪札がダメージを与えて怯んでいた。
そこに、九條先輩が再度接近し、文月先輩と激しい近接戦闘を繰り広げていた。
勇馬のもとへ七草も走り寄ってきて説明を始める。
「天之、八神も聞いて。文月先輩は東雲先輩と同じ陰陽術の使い手だよ。だから搦手が得意だし、ちょっとでも集中する隙を与えるとすぐに大技がきちゃうよ」
「そうだね。魔人化しても使う呪術自体が変わるわけではないから特徴は同じだ。だから警戒しながら集中の隙を与えないように攻撃し続けるんだ!」
二人の説明を受けて戦闘の方針を理解した勇馬はお礼を言うと戦線に復帰する。
九條先輩が文月先輩の正面に陣取って攻撃をしかけ、その周囲を飛び回るがごとく八神が移動しながら近距離射撃を撃ち込んでいた。勇馬は慌ててそこに飛び込まず、呪力を貯めながら好機を伺う。
七草の結界で文月先輩の動きが一瞬止まったところに、八神がすかさず銃撃を撃ち込む。
脇腹を撃たれて文月先輩が怯んだ様子を見せたが体を反転させ八神を呪力波で弾き飛ばす。
しかし、ダメージを見てとった九條先輩が木刀を振るい、切り上げの斬撃が爪を伸ばした腕を払いのけて隙が生まれた。
(ここだ!)
呪力を手に集中させて勇馬は叫ぶ。
「青龍槍!」
蒼白い呪力を放つ閃光が放たれて文月先輩を貫く。
そのダメージで漆黒の呪力が弱まったところに追い打ちをかけるかの如く幸奈の電撃が全身を覆う。
「痛いじゃないの、女子をいじめちゃだめよ!」
そう言って文月先輩がひるみながら怒り狂ったところを確認した九條先輩は一度飛びのくと、木刀を脇構えの型に構えそのまま黄金の剣閃を放つ。
「草薙!!」
きらめく黄金の一撃が文月先輩を襲うが、しかし魔人としての驚異的な耐久力が攻撃を耐えのける。
お返しとばかりに九條先輩に一際黒く輝く光の札を放つ。
九條先輩は強力な呪術を放った直後の消耗で体が動かせず、回避も防御も間に合わずに直撃することは明らかだった。
(間に合え!!)
勇馬は体が動くままに九條先輩の守るために走りこんでいく。目の前にはスローモーションのように光の札が飛んでくる。
(どうする! どうすれば九條先輩を守れる!)
ずっと皆を守り続けてきてくれた九條先輩を守りたい一心で動いたが、自分の力ではどうにもできないと悔やんだその時、心の奥底から響いてくるかのような声が聞こえた。
「儂の力を使え……儂の名は……」
奥底から響く声のままに勇馬は叫んだ。
「玄武の不動!」
勇馬の目の前に正六角形を重ね合わせた緑の障壁が展開された。直後、光の札が黒い閃光を放って大爆発を起こした。
「勇馬――!!」
七草が叫んだ声も爆発音がかき消していく。
少しの静寂の後に文月先輩が楽しそうにはしゃいで語る。
「あはは、 九條くんが消えた! 目障りなやつも消えた! 次はだーれ?」
文月先輩の笑い声だけが響き渡るなか、徐々に煙が晴れていく。
そこには生存を絶望視するほどの大きなクレーターができていた。
――しかし、立ちはだかった勇馬とその背後だけは爆発がなかったかのように元のままだった。
勇馬の守りたいという願いが悪意に勝利したのだった。