31.力を求めた先に得たもの その1
第一部も後半に入るということで、少しここからはシリアス色の方が強くなります。
ご承知おきください。
初めての任務の成功から3日がたった木曜日の朝。
少し曇った天気の中、勇馬はいつも通り登校の準備をしながら、ずっと悩んでいた。
(俺はいったいどうすれば強くなれるんだ?)
みんなのために強くなると決意したものの、訓練が行き詰まっていたからだ。
勇馬が身体強化以外で唯一使える呪術、青龍の咆哮は威力こそ高いが、2発撃てば呪力が底をつき、気絶してしまうという致命的な欠点を抱えていた。
(悩んでいても仕方ない……。とにかく、やれることをやるしかないんだ)
自分を奮い立たせるように心の中で呟き、勇馬は登校の準備を終えると、曇り空の下、学校へと向かった。
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今日の授業は、1時間目が理科、2時間目が英語、3時間目は呪術に関する職種のすすめ、4時間目が異界についてだった。
異界と一言でいっても人類が確認しているだけでいくつか異界があるらしく、異界化による浸食のほぼ全ては魔界と呼ばれる異界による浸食らしい。
(この前俺たちが任務で訪れたのも、おそらく魔界由来の異界化なんだろうな……)
魔術や呪術関連の専門的な授業は相変わらず得意ではなかったが、前回の任務を経験してから、以前より真剣に学ぼうという気持ちが芽生えていた。
授業終了後、昼休みになり、勇馬は八神、七草と共に食堂へ向かった。
だが、途中で自分の教科書を忘れたことに気づき、一人で教室へ引き返す。
(……あった)
忘れ物を見つけ、食堂に向かおうと廊下を歩いていると、また考え込んでしまう。
(どうすれば、もっと呪術を使いこなせるんだ……?このままじゃ、みんなを守れない……)
そんな思考に沈んでいた時、不意に鋭い声がかけられた。
「何をそんな浮かない顔をしている?」
顔を上げると、そこには鷹野先輩が立っていた。
「なぜって……もっと強くなりたいからです」
勇馬の正直な言葉に、鷹野先輩は一瞬眉を寄せ、少しイラついたような表情を浮かべつつ、静かに言葉を続けた。
「前回の任務で仲間を助け、成功に導いた。それなのに何が不満だ?」
「もっと強くなれば……もっと、みんなを守れると思うからです」
その言葉に鷹野先輩は、驚いたように目を細め、しばらく無言で勇馬を見つめた。
「……放課後の訓練は私と行え。お前の悩みに答えが見つかるはずだ」
「えっ……?」
突然の申し出に、勇馬は目を丸くして絶句する。
「嫌ならやめておくが?」
「い、いえ! ありがとうございます! ぜひ、お願いします!」
感激した様子で答える勇馬を見て、鷹野先輩は「……そうか」と短く返し、静かにその場を去っていった。
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食堂に着いた勇馬は、ポークカレーを受け取り、すでに席に着いている七草、八神、幸奈の元へ向かった。
任務の日以来、昼食のメンバーに幸奈も加わったのだ。
「すまない、またせたな」
「だいじょぶだよ。みんなでお話してただけだよ~」
「そういうことだ。だから気にすることないけど、少し遅かったね?」
八神が問いかける。
勇馬は鷹野先輩とのやり取りを思い出し、少し照れ臭そうに説明した。
「実はさっき、鷹野先輩に午後の訓練に誘われたんだ。」
「えっ、鷹野先輩が?」
幸奈が少し驚いたように反応する。
「珍しいですね。鷹野先輩から自分から声をかけるなんて……」
「だよね~。いつもクールだし、特に最近は周りを寄せ付けない雰囲気だもん」
七草が少し苦笑しながら同意する。
すると八神が思い出したように口を開いた。
「そういえば……鷹野先輩って病休から復帰する前も、今みたいな感じだったのか?」
その言葉に七草の表情が曇る。
「……違ったよ。確かにクールで壁を作ることはあったけど、前はもう少し柔らかくて、優しい雰囲気だった……。特に文月先輩とはすごく仲が良かったんだよ……」
「文月先輩?」
「前に話したでしょ? 四年生の先輩で、すごく強くて優しい人だったの。でも……」
七草は一度言葉を詰まらせ、つばを飲み込む。
「去年の12月、クリスマスの前日にね。緊急任務が入ったの。瀬尾先生が出張で不在だったんだけど、学園長の指示で強制的に出動することになったんだけど……想定よりはるかに危険な異界で……」
七草の声が震える。
「撤退中、背後から現れた呪悪の触手が鷹野先輩を狙って……文月先輩が、とっさに庇ったんだ。あの時の鷹野先輩の叫び声と、文月先輩の最後の笑顔が今でも忘れられないよ……」
沈黙が落ちる。七草の目には涙が滲んでいた。
代わって幸奈が静かに続ける。
「兄さんから聞いた話では、その後、出張から戻った瀬尾先生が駆けつけ、何とかそれ以上の被害は防いだそうです。でも、その事件の責任を取って、当時の学園長は左遷されました。」
(だから入学の時、学園長に会えなかったのか……)
勇馬は転入の時のことを思い出し合点がいった。
話を聞き終えた八神は、反省した様子で深く頭を下げた。
「……ごめん。無神経だった。話しづらいことだったのに……」
七草は首を振り、涙を拭う。
「大丈夫……。いつか話さなきゃって思ってたから」
そうして静かに昼食を終えた4人は、少し重たい空気のまま教室へ戻っていった。
(だから、鷹野先輩は……俺の訓練を手伝ってくれるのか……?)
仲間を守れなかった後悔を抱えたまま、支えてくれる鷹野先輩に、勇馬は心から感謝するのだった。